ごつごつと、紙芝居を読んでいくような不思議なる文体・・・『青年のための読書クラブ』(桜庭一樹)

ずっと男性作家だと思っていたものが、初めて読んで、女性であることを知った。『青年のための読書クラブ』(桜庭一樹、新潮社)。

ちょっとごつごつとした、紙芝居を読んでいくような不思議なる文体だ。

舞台は、山の手に広がるミッション系女子校、聖マリアナ学園。創立者は、1899年、フランスの片田舎の聖職者の次女として生まれ、修道院での修業を経て、1818年、日本に布教に渡ったマリアナだ。彼女は40年を経て突如姿を消す。

その学園のなかに、ひときわ異端的に活動する「読書クラブ」があり、生徒会や演劇部、新聞部などに対して、独自の存在感を放つ。ここに長きに渡って語り継がれる秘密の「クラブ誌」があった。

そこに書き込まれたことがらが小説になっている。全体は5部構成。前半の3部は、過去の歴史の紐解き。これは、実にうまく構成されていて、奇想天外な事件が勃発しながらの展開で面白い。一方、後半の2部は、現在や未来について。理由はわからないけれども、筆致に冴えがなくなる。

人は過去を語るとき、たくさんの思い出や、秘められた事柄や、大切な記憶が昇華するように純化し、素晴らしい物語になる。そんなことを感じさせた小説だった。

この学園の歴史は、本の背表紙に印刷されていて、読み終わって初めて、ああそうだったのか、とわからせる。ちょっと手の込んだ構造だ。

c0193136_745388.jpg

 

青年のための読書クラブ

桜庭 一樹 / 新潮社

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2013-12-07 08:07 | | Trackback | Comments(3)

ホルンとピアノによるフランス音楽の妙なる響き・・・二人のペーター

心身が弱っているときに聴ける音楽は限られている。バッハは崇高すぎ、シューマンは心に沁み入りすぎる。困っていたところに、ふと、このあいだ買った音盤集(ペーター・レーゼル室内音楽曲集)の最後の一枚を手に取ってみた。ペーター・ダム(ホルン)とペーター・レーゼル(ピアノ)による、フランス音楽集だ。

冒頭から驚いた。優しく妙なる音魂。葦の笛でも聴いているかのようで、しかしそれは、まろやかなるフレンチホルンなのだ。自在なるその演奏は、コロコロと人が囁き、ときには笑い、ときには鼻歌を歌っているかのよう。低音から高音まで自由気ままなるまでの奔放さ。上質の羽毛のじゅうたんの上に寝そべっているかと思えば、薄く重ねられたビロードを撫でつけられるような心地だ。なんじゃこりゃ!

急に時が中学校時代にまで遡った。ブラスバンド部でこの楽器を吹いていたころのことだ。初めてこの楽器を充てがわれ、なかなか美しい音が出ず悩み続けた。一日稽古すると、翌朝には音が出なくなるほど唇が腫れていた。
 
「フレンチホルンを上手く吹く人の唇は、すこし薄くて柔らかいのだよ、ほら、フルート吹きのような」

と人がいうのを耳にして、くよくよと気にしていた。

それでも、一年ぐらい経ってヘンデルの『水上の音楽』の冒頭を吹けるようになった。嬉しくてそのパセージばかり吹いていた。そんななか、隣の中学校のブラスバンド部と合同練習する場があった。同じ楽器を受け持つ凛々しい男がそのパセージを、慣らし演奏でぶっ飛ぶほどうまく吹いていた。彼の口元を観たら、ああ・・・、たしかに唇は薄かった。僕はもう、壁の奥に隠れたいほどに遣る瀬なく、砂をかむようにその日の時間を過ごした。

そんな日々からかれこれ数十年。ホルンをこんなに美しく優しく吹く人がいるなんて。

しかしペーター・ダム。分かったよ、君の写真をnetで探して眺めて。やっぱり唇は薄いんだなあ。

■曲目
1. Francaix: Divertimento
- Introduzione
- Aria di cantabile
- Canzonetta Start
2. Saint-Saens: Romances Op. 67
3. Busser: La Chasse de Saint Hubert
4. Gounod: 2 Melodies pour le Cor a Pistons
- Nr. 5 Andante cantabile
- Nr. 3 Andante Start
5. Bozza: Sur les Cimes
6. Dukas: Villanelle
7. Damase: Pavane variee
8. Saint-Saens: Romance Op. 36
8. Poot: Legende
9. Rossini: Preludes, Theme et Variations
■演奏:Peter Damm (Horn), Peter Rosel(Pf)
■録音:1985, Lukaskirche, Dresden
■音盤:Berlin Classics 0002842CCC (Original 独Schalplatten, Berlin)

レーゼルの芸術‾室内楽曲編(8枚組) Peter Rösel : Chamber Music

Peter Schreier / Berlin Classics

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2013-12-06 00:05 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

力が落ちているときに素直に入ってきた・・・『無力』(五木寛之)

今日は休みをとって、ほぼ一日中横になっていた。昨夕、医者で処方してもらった薬によって、扁桃腺の腫れは徐々に弱まりつつある。しかし身体の力は出ない。窓から見える青空は霞んでいるわけではないのに弱々しく、とても遠いところにあるようで、『智恵子抄』の智恵子はこんなふうに空を眺めていたのかなあ、などと思いが廻ったりしていた。

そんなときに手にしたのは、五木寛之の『無力』(「むりき」と読む、新潮新書)。予ねて友人から教えてもらっていたのだけれど、そのときは中身に馴染めず、冒頭だけ読んだだけにしていたが、今日は違った。心身の力が落ちているからなのだろうか、不思議なまでに、五木さんの言葉が素直に入ってきて読了してしまった。

「むりょく」と「むりき」の違いを次のように記している。
“無力(むりょく)は、漠然として頼りないという無力感から、自殺や社会放棄をしたりする人が出てくる。動きのとまった、後ろをむくばかりの姿勢です。

無力(むりき)というのは、無力(むりょく)の状態を認識して、揺れ続ける動的な生き方を肯定し、そのなかで何かを目指そうとする。前向きで、自在な姿勢です。

無力(むりき)の世界というのは、楕円の二つの中心を、楕円のどちらかに偏らずにそのあいだを浮遊しながら往還していく感覚です。それは一定の確固たる信念を持っていないと見えるかもしれませんが、自在な生き方でもある。”
次のような言葉にも、僕の心は呼応した。
“物事を固定的にとらえず、時代とともにブレながら生きる、それが人間のあるべき姿ではないでしょうか。(中略)あるいは「方丈記」に、
「ゆく河の流れはたえずして、しかももとの水にはあらず。よどみの浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
とあるように、川の流れていることは変わりないが、水そのものは変わっている。人は誰もが大河の一滴、と考えてみるのです。”
無力(むりき)者の哲学、ブレることを非としない無力(むりき)の生き方ということについて、ようやっと分かってきた。
  

無力 MURIKI (新潮新書)

五木 寛之 / 新潮社

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2013-12-05 20:30 | | Trackback | Comments(2)

強い薬のなかで、真っ直ぐなる男たちの小説『喜嶋先生の静かな世界』(森博嗣)

先の週末に強行軍的なウォーキングで汗をかき、すこし冷えたかと思えば露天風呂で真っ赤に茹であがり、湯冷めしたかと思えば、カレー南蛮蕎麦で汗だくになり、それが冷めたあとにまたウォーキングで汗をかいた。

その無謀がきっかけで風邪をひいた。今はトラネキサム酸、イブプロフェン、クレマスチンフマル酸塩、ブロムヘキシン塩酸塩、ジヒドロコデインリン酸塩が盛りだくさんに入っているという風邪薬に頼っている。

昨晩は早めに横になり、友人が薦めてくれた『喜嶋先生の静かな世界』(森博嗣、講談社文庫)の読みかけを読了。

真実なるもの、正しいものをとことん追及してゆく喜嶋先生。対する主人公の理論工学系の学生、橋場君は、著者の森さんそのものだろう。

大学の研究室の様相や実態は実に生々しく、同じような巣に暮らしていた僕は、自分のときのことを思い出して、たびたびニヤリとしてしまう。

この小説の真髄は、冒頭のほうにしるされた次のような一節にあると思う。
“意味のわからないものに直面したとき、それを意味のわかるものに変えていくプロセス、それはとても楽しかった。考えて考えて考え抜けば、意味が通る解釈がやがて僕に訪れる。そういう体験だった。小さかった僕は、それを神様のご褒美だと考えた。つまり、考えて考えて考え抜いたことに対して、神様が褒めてくれる、そのプレゼントが「閃き」というものだと信じた。”
実に爽やかな、真摯な、ますぐな、静かな男たちを訥々と描いた自伝的物語だった。

喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima (講談社文庫)

森 博嗣 / 講談社

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2013-12-04 08:18 | | Trackback | Comments(4)

私の流行語大賞

今年の流行語大賞が昨日発表された。『じぇじぇじぇ』、『おもてなし』、『今でしょ』、『倍返し』の四語同時受賞という。

おいおいそりゃないよ、と思った。審査員による評価システムだろうから、一番を選ばなくては面白みも論議も生まれない。

拙宅では『倍返し』が主勢であるが、いやいや『じぇじぇじぇ』派もいる。しかし四つ甲乙付けがたいという裁定には、一同それこそ、じぇじぇじぇじぇじぇじじぇぃ、である。

アカデミー映画作品賞が四作受賞したり、チャイコフスキーコンクールで優勝が四人出たり、オリンピックの体操競技で四人優勝したりするようなものだ。

最近の幼稚園や小学校のなかには、運動会の徒競走で一位二位三位など、順番をつけないというから、そんな感じなのか。

この四語同時受賞を目にして、ははあん、これは、今年のはんきち私的流行語大賞として密かに準備していた言葉にあたるかもなあ、と思った。

善し悪しを判断しないこと。優柔不断にモラトリアムにもっていってしまうこと。まあいいじゃあないですか、と濁してしまうこと。

『思考停止の罪』

である。
[PR]
# by k_hankichi | 2013-12-03 07:17 | 社会 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち

プロフィールを見る

検索

お気に入りブログ

梟通信~ホンの戯言
新・クラシック音楽と本さ...
Oyo-の日々
私たちは20世紀に生まれた

最新のコメント

maruさん、そうなんで..
by k_hankichi at 17:52
ウォークマンに取り込んだ..
by maru33340 at 09:58
お、同期してますね!
by k_hankichi at 18:01
お二人のマーラーご推薦嬉..
by Oyo- at 09:24
お、まさに「今、読みかけ」。
by maru33340 at 07:14
おようさん、まさにそうで..
by k_hankichi at 18:39
バッハを弾き始める最初の..
by Oyo- at 13:21
専門家ではないけど(笑)..
by maru33340 at 07:58
maruさん、ピーター・..
by k_hankichi at 07:47
これは読まなくちゃ。 ..
by maru33340 at 07:29

記事ランキング

以前の記事

2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 02月
2009年 01月

カテゴリ

全体

クラシック音楽

映画
ポップス
テレビ番組
美術
一般
社会
食べ物
街角・風物
夢物語
未分類

外部リンク

その他のリンク

■放送局
・WQXR-New York's Classical Music Radio Station
・Arte TV ドイツ語
・Arte TVフランス語
・NPR(米国ナショナルパブリックラジオ)
・NHK Classic
・BBC Classic

■Blog
・木曽のあばら屋
・先見日記
Hankichiをフォローしましょう

■音楽関連
・ディグるYou Tube
・月刊ショパン
・HMV クラシック
・Tower Recordsクラシカル
・クラシック倶楽部
・HMV評論家エッセイ
・Public Domain classic
・Patricia Kopatchinskaja
・庄司紗矢香
・青柳いずみこオフィシャルサイト

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

■書籍、書評
・【ほんぶろ】
・朝日新聞書評
・松丸本舗
・往来堂書店
・フィクショネス
・BOOK TOWNじんぼう
・青空文庫 Aozora Bunko
・BOOK Asahi.com
にほんブログ村 本ブログへ

■酒
・酒とつまみ/酒飲み人生謳歌マガジン
・間口一就 まぐちかずなりの、ウェブサイト
・酒文化研究所
・鹿児島県酒造組合
・英国スコッチWhisky協会
・英国ジン・ウオッカ協会
・フランスワイン公式サイト
・ボルドーワイン委員会
・シャンパーニュ地方ワイン生産委員会
・シャンパーニュメゾン協会
・ブルゴーニュワイン公式サイト
・ロワールワイン公式サイト
・スペインカヴァ協会公式サイト
にほんブログ村 酒ブログへ

■TV
・不毛地帯
・のだめカンタービレ フィナーレ
・それでも、生きてゆく
・問題のあるレストラン

■映画
・蓮實重彦「あなたに映画を愛しているとは言わせない」
・Ozu-san.com
・昔の映画を見ています

■写真、技術
・ある技術者の写真アート
・リソグラフィGuru

■街角探検
・昭和毎日
・横浜都市発展記念館
・web東京荏原都市物語資料館
・世田谷文学館
・MORISHINS MEW (ARCHHITEC)
・「ハマちゃん」のがらくた箱
・ぽこぺん都電館

ブログランキング・にほんブログ村へ

最新のトラックバック

『龍宮』
from 観・読・聴・験 備忘録
蜜蜂と遠雷
from 天竺堂の本棚
『ミカドの肖像』
from 観・読・聴・験 備忘録
映画「顔のないヒトラーた..
from みなと横浜みなみ区3丁目
日本にも潜んでいそうな ..
from 梟通信~ホンの戯言

ブログパーツ