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「豆大福と珈琲」の話を読んだあとに読んだのは「月とコーヒー」だった。吉田篤弘による短篇集(徳間書店)。

どの小篇でも登場人物は哀しげだ。自分のいまの生活がこれで良いのか、と自問自答し考えあぐねていたりする。

それを救うのは食べ物。それがきっかけとなって、自分がやるべきことに気づく。

本格的な話はそこから始まっていく予感がするが、小説はそこで終わる。ちょっとあっけなかったり、もっと続きを知りたくなったりする。

いままでの吉田さんと違うのは、続きを書き続けないところ。余韻がある。

読者はみなそれぞれの続きを空想する。読み手の中で物語は続いていく。

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by k_hankichi | 2019-04-22 07:43 | | Trackback | Comments(0)
小学生のころ、毎月配本される「少年少女 世界の文学」が楽しみだった。そして「おおかみ王ロボ」というシートンの作品を読んだのもその頃たったと思う。

中身は忘れてしまったけれど、読んでいるときと読み終えたあとの、切なくて哀しい感覚を思い出させたのは、エレーヌ・グリモーのベートーヴェンのアルバムを買い求めたからだ。

マルタ・アルゲリッチが六歳のときにクラウデォ・アラウが弾くのを聴いて、髪の毛が根本から逆立つかというほど強く感動をし、それ以来この曲を断固として公開で弾こうとせず、「きっと、触れてはいけないほど神聖な何か。わたしだったら、きっと、舞台でそのまま死んでしまうだろうと思うくらい」と言った、そのベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調作品58だ。

この演奏は、もしアルゲリッチが弾いたとしたらかくあるのでは、と思うようなとっても溌剌でかつ機微に溢れたものだった。

そして聴きながらライナーノーツを読んでいると必ず狼と戯れるグリモーの写真が出てきて、なんとも不思議な気持ちに捉われる。

深淵なる世界と野生の動物への想いとが交わるところから、生きとし生けるものの宿命と儚さと、夢と自信と、そして万物に対して向ける優しい眼差しとでもいうものか。

ベートーヴェンのピアノソナタの第30番ホ長調作品109と第31番変イ長調作品110も、ゆったりとしたテンポのなかに、ああこんなに美しい旋律だったんだなあという発見がそこかしこにある。

誠に稀有な一枚だと思う。

■演奏:エレーヌ・グリモー(ピアノ)、ニューヨーク・フィルハーモニック、指揮:クルト・マズア
■録音:1999年、ニューヨーク(ライヴ=協奏曲)
■音盤:Teldec 3984-26869-2



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by k_hankichi | 2019-04-21 20:51 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
こうやって平成が終わっていくのかな、と思った。

一日一日、一時間一時間、一分一分、一篇一篇、一頁一頁、一行一行を噛み締めながら、そこに向かって進んでゆき、気づいたら、終わっている。時間や日々は必ず移ろい、過ぎ去ってゆく。

平成は特別なふうに感じたけれどもそれは特別なのではなく、昭和がそうであったように、偶然は必然と化して過ぎてゆく。

僕たち一人一人が生きてきたそれぞれの日々もまた特別なふうに思えるけれども、それは特別なのではなく必然だった。

片岡義男の『豆大福と珈琲』(朝日文庫)を読んでいたら、まさにそういうような感覚に溢れた。

偶然は特別なものではなく必然。

浮かんだ言葉がどうしてか大切に思えた。


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■平成最期の日付がついていた。
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by k_hankichi | 2019-04-20 23:09 | | Trackback | Comments(3)

川上未映子の『夏物語』

川上未映子の『夏物語』を読了した。雑誌「文學界」に2回連続で書き下ろした作品。

愛はあっても形にできない人たちの物語だ。父親が家を出て祖母とともに育った女。実の父親が誰かを知らない男。彼らはどういう形で結びついていくのか。

「21世紀の新たな世界文学が、ついにその全貌をあらわす!」という添え書き。

なるほど、もしかするとこれはカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』のような、これまでには無かった生誕と成長の世界に繋がっているかもしれない。

僕が想像したこともなかった世界がこれからやってくるかもしれないのだということが、少しずつ分かってきた。

変貌の一途の川上ワールドは目が離せない。


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by k_hankichi | 2019-04-19 07:31 | | Trackback | Comments(2)

途方に暮れた日々

海外出張から帰ってきたあと国内出張に向かった今週は、時差ぼけもあったりして散々だった。

懇親会のあと、ちょっとのつもりで立ち寄った居酒屋では深酒し、気づいたらお店は看板になっていて、馴染みの女将さんがカウンターで晩御飯を食べながら娘さんと談笑している声で目覚めた。夢かと思ったら本当で、川上弘美の小説の世界にいるような気がした。

会社では、メンバーの、本当は自分でなんとかしなさいと諭すような事象に頭を悩まして、なおさら疲労困憊したりもした。

みな其々の自分の人生だし、どこかの本にあったように「好きなようにしてください」と言いたくなるのを堪える。

気づいたら自分の名前を、ボトルに刻んでいて、この店にはいったいいつまた来れるのだろう、と家でその写真を眺めながら途方に暮れた。



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by k_hankichi | 2019-04-18 23:44 | 社会 | Trackback | Comments(2)
ドビュッシーのシランクス、ビリティス、レントより遅く、そしてフルートソナタやらが入っているアルバムを聴いている。

まるで夢の中から呼びかけてくるような心地よさで、ついつい聴いているほうも微睡んでゆく。

その先には冥界があるのかもしれない。とすら思うほど妖艶な気配に満ちていることにも気づく。

春の日の朝から昼下がりまでにかけて、まさしく相応しい、ほの暖かくて心地よい音楽だ。


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by k_hankichi | 2019-04-16 08:05 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

自然に溶け入る風景

どうして欧州を旅していると心が和むのかが、帰国してみて写真を眺めていたら分かった。

自然がそのまま今もある。境界があいまいで、そのまま草原やら山肌に溶け行っていく。

そういう簡単なことだからなのだ。

大きな街に入るとなかなか難しくはなるが、やはり可能な限り境界はあやふやで、意外に自然のままに生かされている。昔からの佇まいがそこにある。

極東の島国ではどうか。

災害防止・事故防止の掛け声でもって、なんでもかんでも人工的になってやしまいか。土手が作られたり固められたり、道が区切られたり、不恰好なガードレールが取り付けられていたりする。

「美しい国づくり」

というキャッチフレーズが空虚に響く。

欧州を見習ってみてはどうか。



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by k_hankichi | 2019-04-15 09:23 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)
正義感を盾に批判することだけを基調にした映画を出張中の機内で観てしまうと、これは如何にもやりすぎじゃね?と言いたくなった。『バイス(VICE)』。

ブッシュ大統領政権の副大統領を務めたディック・チェイニーの正体を暴いたもの。これでもかと人を貶める作風なので、観ていてあまり気持ちが良くない。

政権への憤懣は米国だけでなく、世界中であるわけで、そして僕らが住んでいる国でもあるのだけれど、試合を相手のレベルに合わせてしまっては何だか詰まらないものになるような気がする。


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by k_hankichi | 2019-04-14 00:17 | 映画 | Trackback | Comments(0)
飛行機の機内オーディオプログラムは興味をそそるものがあまりない(クラシック音楽ジャンルで)。今月もそうかと思っていたらちょっと気になる音盤が有って聴いてみた。

ラファウ・ブレハッチ(pf)とキム・ボムソリ(vn)による、ドビュッシー、フォーレ、シマノフスキのヴァイオリンソナタ集だ。

ブレハッチは2005年のショパンコンクール優勝者、キムはヴァイオリンコンクールあらしの異名を取る、とある。

フォーレはあまりにもヴァイオリンがどんどんと前に進めていく。老舗の蕎麦屋で、なめこ蕎麦をツルツルと際限なくすすっていく感じ。

ドビュッシーは小気味良い。ブレハッチのピアノが美しいということに気づく。普通の演奏者では聴こえてこない音がいくつもある。ヴァイオリンはお上手ですね、という感想が続く。

シマノフスキは格好良い曲だ。地球外に出てそこから宇宙をバックにヴァイオリンの音が放たれている感覚。孤独であるとか哀しみというものではない。宇宙船ボイジャーに載せたクレン・グールドが弾くゴルトベルク変奏曲を既に聴いている異星人はどう受け止めただろう。

21世紀のヴァイオリンはこういう方向に展開していくのだろうか、とちょっと心の奥でシュン、と音がした気がした。


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■これはロシアみやげ。
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by k_hankichi | 2019-04-13 17:48 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
むかし『ナヴァロンの要塞』という映画があって、グレゴリー・ペックやデヴィッド・ニーヴン、アンソニー・クインらによる手に汗握る攻防戦を固唾を飲んで観たことを思い出した。音楽を担当したデミトリー・ティオムキンという人の名前がかっこ良くて意味なく感銘したことが、妙に心に残っている。難攻不落だった要塞も、連合国によって見事に破壊されて、めでたしめでたしで終わるやつだ。

そうゆう難攻不落の要塞がフランスにもあったことを初めて知った。

グルノーブルという地は、フランスに属しているけれど、すぐ近くにイタリア、そしてドイツに囲まれているから、フランス人たちは戦々恐々としていた。

他国から攻めてくる際は渓谷の底の低地にあるグルノーブルを通らざるを得ない。だから彼らは有事に備えてその地にある断崖絶壁の山のうえに要塞を築き、大砲を配備したのだ。バスチーユ城塞だ。

こんな高いところから集中砲火を浴びたらひとたまりもないだろう。これがあることで、敵も攻めるのを躊躇っただろうと思う。もちろん第二次世界大戦のときにはそうならなかったわけだけれど、この要塞を築いた強い気持ちは伝わってきた。


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by k_hankichi | 2019-04-12 20:31 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

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