<   2018年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧

遥か遠く彼方から響いてくるフォーレ

ジャケ買いは往々にして想像通りのものが得られてあまり例外はない。

オディロン・ルドンの ”Le Christ en Silence”が使われたこの演奏は、まさにその絵のイメージ通りで、微睡むような瞑想のなかに遠くから響いてくる。いつまででも静かに聴いていられてこころ落ち着くものだった。

いくつも持っているフォーレのアルバムの中でも手放せない一枚になった。

ついでに書き添えておくと、これも例のチェーン店での280円シリーズの一枚で、坪内祐三さん的な音盤収集エッセイが書けるような予感さえしてきた。

合唱は次のグループによる。
1. https://choeurvittoria.fr/english/
及びおそらくhttps://www.pccb.fr/(現在の「パリ木の十字架少年合唱団」なのかは音盤の記載内容からは分からなかった。)
2. https://evmpiquemal.com/

■曲目
Fauré
1. レクィエム 作品48
2. 小ミサ曲
■演奏
1. Orchestre de Chambre Bernard Thomas, Choir Vittoria + Petit Chanteurs de Paris, 指揮: Bernard Thomas
2. Ensemble Vocal Michael Piquemal, 指揮: Michael Piquemal
■収録:
1. 1984年10月、Eglise/Church Nortre-Dame des Blancs - Manteaux, Paris
2. 1985年6月、Eglise/Church Evangelique allemande Paris
■音盤: 仏Forlane UCD16536


c0193136_23062400.jpg

■おそらく、この演奏。


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-30 06:42 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)

弾け迸るエネルギーの『英雄』

「『英雄』を聴いたことがないやつは、これから聴け」というような凄味の塊の音盤に出会った。

この人の指揮はバロックは安心だけれど、それ以外では期待外れもあるから、ちょっと躊躇しながらも値段に負けて買い求めたのだったけれど、あにはからんや、素晴らしき邂逅。

知っている人からは「当たり前やんけ」と言われそうだけれども、大学を出たあと20年くらいはクラシック音楽から遠ざかっていた唐変木だから仕方がない。バッハを演奏したときのアーノンクールがすきなファンにも尋ねたら知らないみたいだったから、直ぐに聴くことを薦めた。

印象は、ブルーノ・ワルター指揮のシンフォニー・ジ・エアによる『英雄』の音盤を聴いたときよりも更にびっくりして、椅子から転げ落ちそうになった。

ベートーヴェンの交響曲、こんなにはちゃめちゃに弾けるように演奏してよいのか!という感慨。

一言でいえば、岡本太郎の絵と人のような音楽だ。

それぞれの旋律は、ほかの指揮者やオーケストラで聴いてきたものとはログスケールで異なる(つまり桁違いの)弾力と諧謔と迸るエネルギーに満ちている。

演奏者たちもきっと、「ええ?いいのかなあ?」と思いながら弾いているだろうけれども、おっかないアーノンクールさんが「こうやれ!、お前ちゃう、こうや!」と叫んでるから、おっかなびっくりやっているうちに面白さに目覚めた、という感じだ。

いっつもCDのジャケット写真は気難しくて笑ったやつを見たことがないけれども、アーノンクールさん、これを振り終えたときには、満面の笑みだったろうなあ。

これまた某古本チェーン店の棚にあった280円盤だった。とにかくあのチェーン店に礼状でも書かねばならないと思うけれど、一方で本を売るときにいつも散々な目にあっているので止めておこう。おあいこということだね。

■演奏: ヨーロッパ室内管弦楽団、指揮: ニコラウス・アーノンクール
■収録: 1990年7月3日、シュテファニエンザール、グラーツ
■音盤: Warner (Teldec) WPCS-21001



c0193136_16575776.jpg

■Youtubeに誰方かがアップしてくれていて感謝。




[PR]
by k_hankichi | 2018-11-29 06:35 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)

ムーティを知った日

フィラデルフィア管弦楽団のお膝元の街をこのあいだ訪問して、リッカルド・ムーティへの深い賛辞を知って少し気になっていた。あの濃い顔つきからして僕には苦手のタイプで、強いて聴こうとはしてこなかったムーティ。本当はどんな男だったのだろう。

そんななか、何れの街にもあるあの古本チェーン店の棚のなかに彼とフィラデルフィア管弦楽団によるブラームスの交響曲全集(ハイドン変奏曲と祝典序曲、悲劇的序曲入り)があって、何回か躊躇ったのちに買い求めた。

第1番ハ短調作品68。

この曲は尊大荘厳過ぎて、実は僕は好きなふりをして聴きながら、気持ちの奥底では遠ざけてきたことを白状する。どうしても心が寄っていかなかったのは、名演と言われる演奏の数々は、頑迷すぎたり、あるいは甘美過ぎたりしたのだ。

そしてムーティたちの演奏を聴いて、のっけから驚いた。それらの事柄はどこにもなくて、それはそれらを排除したりしているのではなく、気持ちのなかにもとから無いのだ。

そこにあるのは透き通った純粋なる心と健康なる身体とでも言おうか。

前のめりになり過ぎない節度あるテンポと、張りと輝きのある音魂と共にある讃歌に、これまで聴いてきたブラームスの数々の演奏たちが遠く霞んでいった。

地球の丘や山々を上から俯瞰して滑空するかのように飛行する物体に乗って、僕は心を解放し、秋の蒼空に沁み込んでいった。

3枚組500円という値付けをしたお店に驚くとともに感謝したのは言うまでもない。

■収録: 1988.10 (Symp. No. 2 & 4, Overtures), 1989.4 (Symp. No. 3), 1989.9 (Symp. No. 1, Haydn Variations), Philadelphia
■音盤: Philips 470942-2


■ムーティはこのころ、こんなに優男だった。これじゃあ彼の地の市民たちが熱狂しない訳がない。(解説書から)

c0193136_12444600.jpg

c0193136_12465869.jpg

■圧巻の第4楽章。

■第1楽章も良い。



[PR]
by k_hankichi | 2018-11-28 07:19 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

ほんの序章に過ぎなかった・・・『二十五年後の読書』

これはまだほんの序章に過ぎないのだ、と読み終えて思った。そしてこのあと刊行されるという、本編となるだろうもう一冊の小説を、少しでも早く手にしたいと思った。『二十五年後の読書』(乙川優三郎、新潮社)。

小説家と書評家、そして元恋人とカクテルのバーテンダーが出てくる、一見、片岡義男か小池真理子の小説のようだけれども、その内面は内省と深耕と、その結果としての凝集がそこここに表れている。

“良くないものを良くないと言える土壌のない今、反逆する勇気がないなら、この仕事をする意味もなかった。書くべきことを短く書くしかないと思い定めて、彼女はのめりのんでいった。画家が油絵の具を塗りたくるように書き、削り、そこへまた批評の核心を塗り込めてゆく。多彩な言いまわしが可能な日本語の文章にはこれでよいということがないので、いくらでも直せる。そのうち作家自身が文章を磨いていないことに気づいて、腹が立ち、愁える。堂々巡りを繰り返し、ゆきつく先は自前の文学論だった。”

書評家の言葉だ。

この二人とそれを取り囲む人たちの物語。そしてそれが頂点に達するだろう作品を読めるのを心待ちにしている。


c0193136_22083052.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-27 00:33 | | Trackback | Comments(2)

柚子づくしが待つ冬

雲一つない快晴の日曜日は、自宅から少し北に入った隣街で行われていた農業まつりを訪れた。神奈川の西の方に住んでいたときにもこういうイベントはあったけれど、千葉でも開催されていて嬉しい。美味しそうなものを見つける楽しさだ。

農業共進会による農産物の品評会も設けられていた。腕によりをかけて作った野菜、果実の数々。

展示が終わったら、入賞したもの以外は即売会に移ると知り、急遽一緒に来ていた家人たちに連絡して、列に並んでもらう(僕は選別眼が無いから並ばない)。

両手にいっぱい、嬉しそうに持ち帰ってきた輩たちのものを並べてみてびっくり。

本柚子、檸檬、白菜、薩摩芋、長葱、人参、法蓮草などなど、彩みどり。

中でも僕は柚子が大好物。冬が近づくなか、砂糖漬け、美味い柚子ジャムやら柚子胡椒が楽しめそうだ(作るのは家人だけれども)。


■キッコーマンアリーナという施設だった。青空も美しい。
c0193136_17541271.jpg

■品評会の展示シーン。
c0193136_17541629.jpg

■購入したものの一部(コーヒークリームは縮尺見本のため)。本柚子はこんなに大きなのが沢山あって1000円也。
c0193136_17542001.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-26 00:21 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)

東山魁夷記念館を訪れる

昨日は東山魁夷記念館を訪問。そこは友人の社員寮が有った辺りで(市川の下総中山)、曾てよく訪れた場所だと分かったのは到着したころだった。

ドイツ風の建物がそこにはあって、周囲の住宅が目に入らなければ、彼の地の街角に佇んでいるかのような錯覚を覚える。

記念館のなかには魁夷の絵が常設展示されていて、画家の足跡を辿る資料やビデオ放映などもあって楽しめた。

秋の日差しが薄雲を通して柔らかく頬に当たった。


c0193136_10482668.jpg

c0193136_10482816.jpg



[PR]
by k_hankichi | 2018-11-25 10:40 | 美術 | Trackback | Comments(2)

茫洋とした気持ちにさせ寂しさなんか忘れさせてくれる曲

件の映画『さよなら、僕のマンハッタン』という邦題の訳もひどいけれど、その原題は"The Only Living Boy In New York"で、それもまた、映画の内容には関係ない題名だなあと思った。

じゃあどういう題名が良いのかよと言えばなかなか難しいけれど、"Finding a novelist"ぐらいが、どんでん返しとも繋がっていてよい。

ところで原題のThe Only Living Boy In New Yorkは、サイモンとガーファンクルによる同じ題名の曲から採られていて、だからその音楽も映画のBGMのなかに使われている。

この二人組の歌手たちによる一連の歌は、僕は苦手で、これまで真剣には耳を傾けてこなかった。というか、BGMの一種だろうとさえ思っていたのだ。

"Scarborough Fair"
"Parsley, Sage, Rosemary and Thyme"
"Wednesday Morning,3A.M."
"Sounds of Silence"
" El Condor Pasa (If I Could) "
"Mrs. Robinson"
"Bridge over Troubled Water"

ちょっと思い出してみると、意外に心に残っている歌が多い。

おい、待てよ、いいじゃないか。と思った。

どれもが、ひとりで生きていてもさみしくなんかない、というような茫洋とした気持ちにさせる歌なんだ。

二人の歌を聴き返す時が来た。


■歌詞(ポール・サイモンのHPから)
https://www.paulsimon.com/track/the-only-living-boy-in-new-york/
I get the news I need on the weather report
Oh, I can gather all the news I need on the weather report
Hey, I’ve got nothing to do today but smile
("The Only Living Boy In New York"から)

■原曲。


■2011年、おじさんになったポールの歌。


■一人でバーを飲むときにもこの歌を聴きたい。
c0193136_11421622.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-24 11:27 | ポップス | Trackback | Comments(2)

大切にしていたものをとり戻す二つの作品

久々に飯田橋のギンレイホール。二作品を連続観たのだけれど、どちらもが、主人公たちが大切にしていながら遠ざかっていたものを再び得る物語だった。

■『30年目の同窓会』(Last Flag Flying)
監督:リチャード・リンクレイター
主演:スティーヴ・カレル、ブライアン・クランストン、ローレンス・フィッシュバーン
製作:2017年、アメリカ
→ http://30years-dousoukai.jp/

ドクの大事な息子は、かつて自分が所属しそして唾棄された海兵隊に志願した。しかしまもなくイラク戦争で戦死の通知を受け、その棺を受け取りにいくことになる。

途中、ベトナム戦争で共に戦った仲間、サルとミューラーを引き連れ、かれはヴァージニア州アーリントンに向かう。海軍基地で出会ったのは息子の亡骸だけでなく、その本当の死因。ドクは愕然とし、そして自宅のあるニュー・ハンプシャー州ポーツマスの墓地に息子を埋葬することを決意する。

慌てる海兵隊の幹部たち。それを横目に3人は北に北に向かっていく。リチャード・リンクレイターが作り出す男たちの会話の楽しさといったらない。旧友というものがどんなに心温かいのかをつくづく知らされてくれる。

■『さよなら、僕のマンハッタン』(The only living boy in New York)
監督:マーク・ウッブ
主演:カラム・ターナー、ピアーズ・ブロズナン、ジェフ・ブリッジス
製作:2017年、アメリカ
→ http://www.longride.jp/olb-movie/

大学での若い青年は自分の将来をどのようにするのか悩みながら小説を書く。その内容を父親からは平凡だと言われて落ち込み自暴自棄になっている。

そんなさなか、父親の浮気現場を見てしまう。大切にしていた母のことを思った彼は、やりきれずに・・・。

作品の冒頭に予想したものとは全く異なる結末で、それはそれで安堵したとともに、ピアーズ・ブロズナン演じる父親のことをとても哀しく切なく思った。やはり彼は名優だ。





c0193136_18564200.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-23 18:54 | 映画 | Trackback | Comments(4)

マーラーによる心温まるシューベルト讃歌

マーラーが編曲したシューベルトの『死と乙女』の弦楽合奏版を聴いている。

これはおっかなさや陰鬱さとは無縁の、心温かなシューベルト讃歌だと思う。

心快活となるその旋律は、マーラーがシューベルトのどこをどう気に入ったのかが時折見え、その静かなる憧憬の念、謙虚に思いを伝えている姿勢に感銘する。

■曲目
シューベルト:
[1]「死と乙女」D.531
[2] (マーラー編) 弦楽四重奏曲第14番 D.810 (弦楽合奏版)
■ジェフリー・テイト([1]p, [2]指揮) イギリス室内o [1]アン・マリー(MS)
■収録: 1985年
■音盤: EMI 7 47354 2



c0193136_12313375.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-22 12:19 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)

日記シリーズを読了する

この間の神保町古本まつりの出版社ワゴンセール(すずらん通り)で買い求めた「本の雑誌社」の坪内祐三・日記シリーズ(サイン本)の最後を漸く読了。『三茶日記』。

結局年代を遡るようにしてシリーズを読んでいったのだが、それは結構良かった。

ああ、こういう経緯があったからそうなっていたのね、とか、その本はあとでああなったんだね、とか気づくことや分かることが続くので、種明かしみたいになっていて楽しめる。

それにしても『三茶日記』の頃は坪内さんは40歳。若い時からこんなにマニアックな毎日を過ごしていたのかと思うと、自分の過ごしてきた同じ時間の対比に愕然とする。

ああ、このころは僕はこんなことあんなことをしていたなあ、とかいう自分史との対比にもなるわけだけれど、技術開発の成果と文筆家としての成果は何の比較も出来ない。しかしそういう並行進行形の無関係な事実があるのだということを感じるだけでも、なんだかそれはそれで、この世の中に生きてきた無常的な感銘がある。


c0193136_08240753.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2018-11-21 08:11 | | Trackback | Comments(2)