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数学記号を駆使してでも続けるべきシリーズ

この本いつか読んだことがあるよなあ、と思いながら手に取ってページを繰るが何の記憶もない。仕方なく買い求めた。

読んでみたらこれは初めて読むもので、少し記憶を巡らせたら、似て非なるものと分かった。

『にょにょにょっ記』(穂村弘、フジモトマサル、文春文庫)。昔読んだのは『にょっ記』だった。ということは『にょにょっ記』という題名のものが有るのかと勘ぐって調べてみたら案の定、本当にあった。

しかし紛らわしいことこの上ない。今後さらに長い題名の似たようなものが出され続けたら、数学記号(なにの何乗というような)で表記してもらわねばなるまい。

中身はと言えば、夢見ごこちのなかでの記憶や、子供や女性の何気ない呟き、聞き違えの妙など、まあ駄洒落的なる世界のオンパレードで、フジモトマサルのイラストがまさにマッチした閑話休題の数々。

あまりにも現実の社会や政治経済が世知辛く、自己中心的な行動が目立ち、そんななかでのこれらの気づきの静かな吐露は、まさに一服の清涼剤。

数学記号を駆使してでも、ずっと継続すべきシリーズ刊行だと確信した。

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by k_hankichi | 2018-07-31 00:30 | | Trackback | Comments(2)

花火に覚醒した長い夜

絢爛豪華なる佇まいと腹の底が共鳴する大音響の一時間半に、精神が覚醒し続けたからかもしれない。またその夜に何気なく開いた冊子に、以前世話になった人の記事が出ていてそれが意外な迄に温厚かつ殊勝に読めたからかもしれない。

疲れた脚を休めたいと思って早めに床についたが、まんじりともできぬまま様々なことが頭を駆け抜け、始末に負えなかった。

この先幾度この花火を見るだろうか。人生の岐路に際して自分の選択は正しかったのか。

どうしてか太宰治の『冬の花火』を思い出し、長い夜が続いた。

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by k_hankichi | 2018-07-30 06:53 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

おかえりなさい・・・『一億円のさようなら』(白石一文)

久しぶりに切れ味の良い白石節が炸裂する作品だった。『一瞬の光』を読んだ衝撃を懐かしく思い出した。

“自らを信じられなくなった人間は、その事実に目をつぶりたくて、信頼すべき相手を裏切者と見做すようになる。忠言を拒否するだけでなく、その忠言者のせいで何もかもがうまく運ばないのだと責任転嫁を図る。そして、ついには身の内にある謙虚さを滅ぼし、どす黒い猜疑心だけを養うようになるのだ。”(第一部より)

“どんな理由があったにしても、共感や思いやり、同情や憐憫といった感情のスイッチを切った瞬間、人間は人間でなくなる。鉄平はそう考えているからだ。軍人や政治家のなかにはその種の〝感情スイッチ〟を手に握りしめ、利己心を満たすために容易く切ってしまう者が大勢いる。そして自分が決して邪悪だと疑われないように最も巧みにスイッチを切る方法を身につけた者だけが、権力者として最高の地位を獲得できるのだ。”(第三部より)

『一億円のさようなら』(白石一文、徳間書店)は、リストラされ、祖父の営む九州・福岡の化学会社に転職した男・加能鉄平の物語だ。仕事上の事件(事故)と私生活の大きな衝撃が並行して訪れた彼は、いったいどのように考え、そして行動していくのか。

妻が隠していた親族からの遺産。息子と娘の秘密。

自分だったらどうするのか。ぐいぐいと惹き込まれていく。

舞台は、金沢の街に移っていく。犀川と浅野川のほとりで、彼は新しい生活を始めていく。そこで出会う素朴で新鮮なる人々。

この生き方で良いのだと暫し安堵する鉄平の元に、祖父の会社の幹部が訪れる。どうするべきなのか悩む。

彼の途を拓くことになるのは誰か。初期の白石作品のトーンに戻ったことを知って、僕はとても安堵しまた嬉しくなった。

さようなら、ではなくて、おかえりなさい、と声を掛けたい。

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by k_hankichi | 2018-07-29 10:31 | | Trackback | Comments(4)

炎のごとくのフランス映画と昭和の満喫

昼前から観た映画は眩暈のようで、フランスとドイツが舞台なのに、そこはまるで夢のなかの場所のよう。観終えてもまだその女の美しく官能的でしかし圧倒的な我儘さに、登場人物でもないのに翻弄されている気持ちだ。

長く船に乗り続けた人の船酔いのようで、しかしこれが恋愛というものがもたらす余韻というものなのだと気づくのに間も無かった。

『突然炎のごとく』(原題: Jules et Jim ‥‥全然違うやん)

■監督: フランソワ・トリュフォー
■出演: ジャンヌ・モロー、オスカー・ウェルナー、アンリ・セール
■音楽: ジョルジュ・ドルリュー
■製作: 1962年、フランス


■物語中、ジャンヌ・モローが歌うシーン(Le tourbillon)、Serge Rezvani作曲。

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■映画館近くの喫茶店「コーヒーハウスうらら」で昼飯。ハンバーグドリア、サラダ飲み物付きで税込み560円。昭和的味わいと値段で更に満喫。
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by k_hankichi | 2018-07-28 13:28 | 映画 | Trackback | Comments(4)

ごろごろ野菜のオーブン焼きで暑さに処す

あまりの暑さに、食事も熱いものを避けたくなる。素麺が好きなので其ればかり欲していたが、それでは栄養が偏る。

というわけで、「ごろごろ野菜のオーブン焼き」が登場。

赤、青ピーマン、とうもろこし、ミニトマト、茄子、かぼちゃ、じゃがいも。ザックリと刻んでオリーブオイルを少々たらし、あとはオーブンで焼くだけ。

肉も焼いて野菜たちと交互に食べて行くだけで活力がみなぎってくる。

暑さ対策のオーブン焼き。心身に沁みる優しさだ。

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by k_hankichi | 2018-07-26 07:44 | 食べ物 | Trackback | Comments(2)

『胡蝶、カリフォルニアに舞う』の時間

「文學界」2018年7月号を漸く読み進めている。

村上春樹の三つの短編は、村上節が溢れ、シニカルとウイットが混在して成る程と思った。

そんななか面白かったのは、多和田葉子の『胡蝶、カリフォルニアに舞う』。海外へ学びに行った、或いは行こうとする者たちが必ず直面する極度の緊張とそれが生み出す眩暈が描かれている。

浦島太郎的な展開でもあるのだけれど、お伽話と違うのは、時間は未来になっていたのではなく、進まずに止まっていた、ということ。

もしかすると、僕らの日常にもあるのかもしれない。

ああでもないこうでもないと、取越し苦労をして思い倦ね続けていると、時間があっという間に経過してしまう。

しかしそれは、飛び込むべき湖や池の周りをぐるぐると歩き廻っているだけで、何も進展はしていない。

その人にとっての大切な時間は進んでいたのかもしれないが、周囲からすればそこだけは時間が経過しておらず止まっている。

いや、実は相対的には却って退行している、ということになっている。

一歩踏み出す勇気。自己投企への決意。その葛藤を示した作品だ。

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by k_hankichi | 2018-07-25 06:21 | | Trackback | Comments(3)

日本の名匠が出した初めてのバッハアルバム

名高い弾き手でもバッハアルバムを出すのは初めて、ということがあるのを知ったのはルドルフ・ブッフビンダーの音盤に出くわしたからだったのだけれど、実はこちらも同じだった。

小山実稚恵による『ゴルトベルク変奏曲』(ソニーミュージック SICC19032)。収録: 2017.2.7-10, 於 軽井沢大賀ホール。

彼女は第30変奏のことをライナーノーツで次のように書いている。

“第1変奏から始まったバッハの歩みが、第29変奏でクライマックスを迎え、最後に確固たる終和音が鳴り響く。その残響のさらに残りの香の中で、遠くから、一人の歌声が聞こえてくる。そして、それが二人の歌になり、三人になり近づいてくる。最後は民衆の大合唱が響き渡り、大きな感動となって心に迫ってくるのだ。”

なるほど、数多の楽曲に通じたピアニストにしてこれほどの気持ちとともに弾いていることに感銘した。

この変奏の「クォドリベット」(Quodlibet)は、好きなように、俗謡の重ね歌い、いう意味。

規律と秩序、幾何と構築だけが世界なのではない、どのように振舞っても良いんだよ、あなたがたの自由なんだよ、とバッハは語りかけていたのだ。

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by k_hankichi | 2018-07-24 00:09 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)

ライオンハート(Lion Heart)という名のドイツジン

最近ドイツ人からドイツジンを頂くことが続いたけれど、こちらは日本のコンビニエンスストアで売っているれっきとした商品だったから、おお、ドイツジンよ、とうとうここまで来たのね、と優しく眼差しを向けて手を差し伸べた。

Lion Heartという名のジンだ。

ジンフィズが合います、美味いですよ、と作り方まで裏のラベルに書いてあるから嬉しい。

味は少し淡白だけれど、様々な香草のかおりがして、ロンドンを憧れつつそれに負けまいという気概が感じとられる。

呑んでいるとSMAPの唄はやはり思い出す。

君を守るため そのために生まれてきたんだ
あきれるほどに そうさ そばにいてあげる
眠った横顔 震えるこの胸 Lion Heart


ドイツ人にだって美味い蒸留酒は作れるぞ、と酒造りの神が降りて来たのかしらん。

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by k_hankichi | 2018-07-23 06:37 | | Trackback | Comments(6)

音楽が記憶を呼び覚ました物語

様々な働き掛けでも絵画によっても、また医療によってでも失った記憶を呼び覚ませなかった。しかし音楽がそれをもたらした物語であることをようやく知った。題名は有名でも観たことがなかった映画『銀座の恋の物語』(日活、1962)。先週のテレビ放映。

それはしっかりとした楽曲、楽器によってではなく、オモチャのピアノで覚束なくあの有名な主題歌の旋律を弾きながら、音が出ないキーが絡んだ部分を繰り返すことで、浅丘ルリ子は裕次郎との関係を思い出す。

大切にして聴いた音楽や旋律というものは、記憶の奥底に深く深く沁み入り刻まれて、その人その人の生き様に影響を齎しているのだ。

それにしても、戦前戦後からこの頃までの日本映画の様々なシーンには、深い郷愁を覚える。

■付き合っていた時代のシーン。
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■失っていた記憶を呼び戻すシーン。その姿勢の相似形に小津映画を思い出した。
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■東京高速道路(首都高速会社線)が朝日新聞横の外堀上に既にある。
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■裕次郎は西銀座デパート横の階段から語りかける。日劇の入口が見える。
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■眼下には、オリンピアから東京までの聖火リレーの通過ゲート。
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by k_hankichi | 2018-07-22 15:27 | 映画 | Trackback | Comments(4)

ひょうたんが屋号の昭和の居酒屋にたゆたう

昭和のことを懐かしむことが多くなった。何かといえばあの時代の事柄と比較して物を言ったり考えたりする。食い飲みすることについてだってそうだ。

そんななか、東京駅の目と鼻の先にある老舗居酒屋を訪れ、その素晴らしき昭和感に度肝を抜かれることになる。まさに小津の映画に出てくるようなお店だったからだ。屋号のマークまで、ひょうたんである。

何から何まで深く安堵させられ身を任せられてよい気持ちにさせる雰囲気に、時の経つことを思わず忘れ、そのなかで、たゆたうように酒を酌み交わした。

出てくる料理の数々の旨さと昭和感といったらなくて、そして全国の銘酒が極めて手頃に楽しめる。あっという間に冷酒瓶が空いていく。

極楽浄土とはまさにああいうことを言うんだなと、酔いがさめた朝に思い返して、浦島太郎の心になった。

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by k_hankichi | 2018-07-21 10:14 | | Trackback | Comments(3)