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喧騒を離れての葛飾柴又

実は初めて葛飾柴又に行った。学生時代まで極めて近くに住んでいたのにも関わらず、なにか敬遠していて、結果的にあれから三十有余年。

柴又帝釈天の参道を経て寺院で参拝したあと、寅さん記念館、山田洋次ミュージアムへ。

寅さんの記念館は、予想以上にしっかりした構成で、これには驚いた。周辺の住宅街や、江戸川の土手は喧騒を離れた静寂があって、これも良かった。

松竹映画の裾野の広さに感銘し、お決まりの「とらや」で草団子を買い求め、久しぶりにほっとした夕方だった。

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by k_hankichi | 2017-09-30 21:18 | 街角・風物 | Trackback | Comments(5)

おかず食い

子供のときから、食事のときのごはんと味噌汁、主菜、副菜を食べる案配が良くなかった。というか、一つ一つ仕上げるたちで、まず味噌汁をあっという間に飲み干し、主菜を平らげるやいなや、副菜のいくつかを順番に仕上げてゆくことになっていた。

だから自ずとごはんが最後に残る。

「なんかない?」

訊くやいなや、

「作った人に失礼。おかずとご飯をちゃんと交互に食べなくちゃ駄目じゃない、ずーっと言ってるでしょ、ないない、ほかのおかずなんか。」

と自動的に台詞が返ってくる。

「ふりかけなんかは?」
「ないない。」
「缶詰めは?」
「ひとりじゃ食べきれないでしょ、勿体ないでしょ。」
「ん~、じゃ塩!」
「掛けすぎないのよ。」

毎度こんなやりとりになる。大人になって、所帯を持つようになっても、返ってくることばは同じだ。示し合わせているのか?

西への出張が、ようやく突破口を開いた。

「近江牛ご飯だれ」

出先の土産物コーナーの片隅に、ひっそりと佇んであった。

スプーンで一匙すくい。あつあつご飯に載せる。不安な面持ちのまま一口食べてみる。

テーブルの周り1メートル四方の空気が薔薇色に変わった。

救世主の登場。

「食べるな危険」

貼り紙を付けて冷蔵庫に仕舞いたいものができたね。

心の声が聞こえた。

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by k_hankichi | 2017-09-29 07:12 | 食べ物 | Trackback | Comments(3)

行く秋や 鶏食う男の 目は七色

古今東西あら数多
あちらと思えばまたこちら
あまねく料理に触れてゆく。

こんなそんなであれこれと
どんなあんなはモツアルト。

その日に出てきた焼き鳥は
スレート載せの逸品で
笹身せせりと卵のつくね
程よく炙られ鎮座する。

七味と塩とゆず胡椒
和辛子沿えて美しく
味わうそれは美酒の伴。

「行く秋や 鶏食う男の 目は七色」

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by k_hankichi | 2017-09-28 00:20 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)

行く着くところは分からねども、永遠に寄り添う小津の世界

『望郷の小津安二郎』(登 重樹、晧星社)は、仔細に小津の日記や手がかり読み込んだ労作だった。小津の世界の奥深さを改め実感した。とともに、たどり着けない深みがあることを知った。

軍隊時代には、同じく従軍していた佐野周二と深い交流があったことも知ったが、一方で、中国戦線における言葉には残せない尽くせない様々な苦節、死線をさ迷うほどの出来事のことも想像した。

そして思った。

いかなる史実や記録をひもとこうとも、大正から昭和(太平洋戦争が終わるまで)の小津さんの気持ちや挫折、焦燥と不安、やるせなさまでは、到達できないのだろうということを。

どのようにスタッフや俳優の言葉をたどり、それに通じたとしても、決して理解はできないのだろうということを。

それほどまでに、彼は孤独だった。

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by k_hankichi | 2017-09-27 06:54 | | Trackback | Comments(2)

林光の音楽

またまた秋津温泉で恐縮。「シューベルトとブラームスを合わせたような弦楽四重奏曲的なもので、それが渓谷の深まる秋、そして、燃え上がる春の情景ととても合っていて」というような印象だったあの音楽のことが忘れられない。

冒頭では一瞬、小津映画の曲想か、というものがかすめるが、それはすぐに異なる様相に転じて、不安と震え、そしてそこのなかから微かに光っている希望が見いだされていく感覚。

ストーリーの展開が始まる前から、その全体が予感できるほどで、ドラマのなかでの音楽の重要な位置づけが、よくわかる。

■Theme from "Akitu Springs"
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by k_hankichi | 2017-09-26 06:34 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

そういうことを知っただけで何か感銘する

映画『秋津温泉』で新子が心惹かれる周作についての思い出話が『女優 岡田茉莉子』に書いてあった。

“ これは木下さん(注:木下恵介監督)から伺ったことだが、吉田監督が木下組の助監督であったころ、佐田啓二さんと高峰秀子さんが主演する『喜びも悲しみも幾歳月』で、はじめて高峰さんが吉田喜重というひとと会ったとき、「驚いたわ、太宰治によく似ている。亡霊かと思ったわ」と、話されたという。高峰さんは戦後まもなく、太宰治原作の映画『グッドバイ』に主演し、生前の太宰治を知っておられたのである。
 このことを私が吉田監督に、「ほんとうですか」と尋ねると、それには答えないで、「私は、太宰治の小説はセンチメンタルなので、嫌いです」と強い語調でいわれた。そして、『秋津温泉』の新子が惹かれる河本周作は、太宰治をモデルに、そのパロディーとして書かれていると聞かされた。
 周作が口ずさむ、「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」という詩は、太宰治も愛唱していたという。当時、多くの文学青年は、女性と心中した太宰治に魅せられていた。『秋津温泉』における新子の死は、そうした感傷的な生き方への、吉田監督自身の批判だったことを知り、物静かに見える監督の意志の強さといったものを、私は改めて感じた。”(第十章より)

太宰に似ていると言われた吉田喜重は、東大文学部仏文科卒。文学を志していた時期があったとしても不思議ではない。そのような監督があの作家へのアンチテーゼとしての意味も込めて作品を創ったという連なりには感銘した。

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by k_hankichi | 2017-09-25 07:07 | | Trackback | Comments(2)

『秋津温泉』を観る

吉田喜重監督と岡田茉莉子が結婚するきっかけとなった作品、『秋津温泉』のことがどうしても気になって、レンタルで借りて観終えた。この女優の映画出演100本記念作品だそうで、自らも企画にたずさわったものだそう。

映画は「纏綿として連なる愛」の世界だった。

終戦直前、空襲で岡山の家を焼かれて逃れてきた学生・河本周作は、結核で心身がやつれ、やっとの思いで山間の秋津温泉の旅館にたどり着く。宿の女将の娘、新子は、素晴らしく明朗快活で、その姿を見ているだけで心が休まる。彼女の温かい介助によって彼は元気を取り戻し、そして二人は惹かれあっていくる。しかし河本は街に戻ることになり、二人の別離の17年間が始まる。

作家を志望して暮らしていた周作は、再び身体が悪くなり、三年ぶりに秋津温泉に療養で訪れる。彼は心中を請うが新子は取り合わない。新子の母は二人の行く末に不安になり、彼を街に帰してしまう。さらに二年が経て、周作は作家仲間の娘と結婚してしまう。そのことを伝えに秋津を訪れると、新子は母を亡くして女手一つで宿を取り仕切っていた。

さらに五年が経て、周作は作家を諦め、東京の出版社に勤めることになり、最後の別れを伝えに温泉宿を訪れる。ふたりは初めてここで結ばれることになる。出会いから数えて十年が過ぎていた。東京に向かう彼を駅まで送る彼女の幼気ない仕草は特に素晴らしい。

周作は、その七年後、四度目となる秋津を訪れる。新子は旅館を廃業し、身も心も荒みが出始めている。再会とともに情愛が燃え上がるが、やはり周作は東京に戻ることになる。桜が爛漫と咲く渓谷沿いの途で、新子は、周作にいっしょに死んでくれと言うが、彼は取り合わあない。遠ざかる彼を目にしながら、彼女は手首にカミソリを当て死を選ぶ。

幼い女、恋の目覚める女、嫉妬を隠そうとしつつ恋焦がれる女、そして大人の女として変化していく心の揺れ動きを、一人でここまで演じられる女優の演技力に舌を巻いたとともに、最近はこういうことができる俳優そのものが居なくなったなあ、とつくづく思った。

音楽は、林光。シューベルトとブラームスを合わせたような弦楽四重奏曲的なもので、それが渓谷の深まる秋、そして、燃え上がる春の情景ととても合っていて、とても素晴らしかった。

<作品>
■スタッフ
監督、脚本:吉田喜重
企画:岡田茉莉子
原作:藤原審爾
音楽:林光
■キャスト
新子:岡田茉莉子
河本周作:長門裕之
三上:山村聡
松宮謙吉:宇野重吉
船若寺住職:東野英治郎
■製作
松竹、1962年



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by k_hankichi | 2017-09-24 09:48 | 映画 | Trackback | Comments(2)

その夫の本

吉田喜重による『小津安二郎の反映画』(岩波書店)を読了。小津の作品『小早川家の秋』を批判し、小津さんらしくない映画であると発言した吉田さんである。そんな二人は、その直後の松竹大船監督会の新年宴会のなかで、黙って酒を酌み交わしつづけたというから、吉田さんは相当にアンチ小津なのかと思っていたら、真逆で驚いた。

遺作となった『秋刀魚の味』について次のように書いている。戦争中の部下に中華ソバ屋で偶然に会った時のシーンについて。

“われわれが”過去を思い出すとは、戯れにすぎなかったのである。それが懐かしい記憶であっても、美化された追想であっても、人間はそれを二度と生きることはできない。それでは、疑いようもなく生きているはずのこの現在がどうかといえば、それとても限りなく曖昧なものでしかなかっただろう。戦争が眼の前の現実であった時代には、それがなんであるかを知らず、逆上してただ錯乱するだけであり、それを理性的にとらえる心というものを持ちあわせていなかったのである。このように人間はいま生きている現実、この現在をついに知りえず、明確に語ることはできない。そして過去は自由気ままに思い返すことができたとしても、われわれはそれを二度と生きることはできない。過去と現在よりともに隔てたれ、断ちきられながら、ましてや道の未来をみとおすこともできずに、それでもじゅううbんに生きてゆけるのがわれわれ人間にほかならなかった。”(「反復とずれの果てに」より)

吉田監督は、自らが監督した作品については、解説や説明を一切しない人だという。小津安二郎もそうだった。しかしそれは作品だけが伝えたいことを伝えるという、映画監督であることの本領をしっかりわきまえていたからこそなのだということが、これだけの映画論を語れる吉田さんに接してみて改めて分かった。

名監督、おそるべしだ。

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by k_hankichi | 2017-09-23 22:24 | | Trackback | Comments(2)

素晴らしい出来の自叙伝・・『女優 岡田茉莉子』

自叙伝というのを読むのは久しぶりだった。そしてそれは、まあ読んでみるか、という程度で取り掛かったのだけれど、読みはじめて直ぐに、素晴らしいレベルにあることが分かった。佇まいを変えて読み込んだ。『女優 岡田茉莉子』(文藝春秋)。

この女優は、演ずるということのすべてを熟知している。その深みに圧倒された。

成瀬巳喜男監督の作品『浮雲』での演技について、次のように書いている。

“翌日、森さんがまたお風呂に行こうとするのを見て、私が「お風呂にいらっしゃる?」と訊き、一緒に行くそぶりをするのだが、私と森さんのただならぬ様子に気づいた高峰さんが、「お風呂? 私も行く」という。「あっ、そう、それじゃふたりで行ってらっしゃい」と、私がいうのだが、(中略)連れだってお風呂に行こうとする高峰さんと森さんに、私は女としての嫉妬を隠そうとしながら、そうした私の嫉妬を、あえて高峰さんと森さんに気づかせ、ふたりを苦しめたいという、その入りまじった演技が、いまの私にも読み取れた。(中略)だか、『浮雲』のなかでもっとも私らしいと思う芝居は、伊香保温泉で高峰さんと森さんが連れだってお風呂に行くのを、私が玄関から出てきて見送るシーンだっただろう。温泉街の石段を登ってゆくふたりを見送っていた私が、にわかに身をひるがえすと家に入り、力一杯に強く戸を閉める演技をする。”(第五章から)

夫の吉田喜重監督についても、俄然興味が沸いてきた。小津安二郎作品についての記載のなかで出てくる。次のようである。

“杉村春子さんが名女優であることは私にもわかっていたが、野球の四番バッターのように映画の中心人物としてホームランを打ち、観客を満足させるようには、私には思えなかった。あとになって、こうした疑問は吉田監督の著書『小津安二郎の反映画』によって、ようやく私も理解することができた。小津さんの映画に登場する人物は、聖なる人と俗なる人に区別されているという。原節子さんが演じる役は、聖なるものであり、それとは対照的に、杉村さんの演じる喜劇的とも思われる役は、俗なるものだという。そして、笠智衆さんが演じる役だけが、聖なるものと俗なるとののあいだを、自由に行き来できるのだという。さらに吉田監督は、「聖なる人間には死の影が宿り、死の匂いがする」とも述べている。それは観客によってただ見られる、受け身の役にすぎない。そして、映画に命を吹き込み、生きいきとさせるのは。むしろ俗なる喜劇的な道化の役だという。”(第九章から)

慧眼の夫婦に、ただひたすら参りました、と伝えたい。

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by k_hankichi | 2017-09-22 06:41 | | Trackback | Comments(3)

過去を反省し過ちを認めることから

件の吉野源三郎が引用していたゲーテの言葉、「誤りは真理に対して、ちょうど睡眠が目醒めに対すると、同じ関係にある。人が誤りから覚めて、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は見たことがある」を、自分の個人的な行動や思考に当てはめて考えたりしていた。

そんなときブログ知人が、核軍縮について言及されていることを読んで、これは、国と国それぞれが、万国の人々全てにも通じると思った。

知人は次の動画を紹介してくれていた。なんと沢山の実験が為されてきたことか。

そしてまた驚愕するのは、その始めから二番目と三番目は、生きている街、生きている人々に対してのものだったことだ。

其々の点滅は一見美しく、其々の発する音は線香花火が作り出す可憐な音楽のように聞こえるのだけれど、その一つ一つは、憎悪と猜疑心を元にした悪魔が乗り移った人間たちが造り出している。

我々は対話から、そしてそれはまず、過去を反省し過ちを認める懺悔から始めなければならない。

"1945-1998" BY ISAO HASHIMOTO
→http://www.ctbto.org/specials/1945-1998-by-isao-hashimoto/

The blinking light, sound and the numbers on the world map show when, where and how many experiments each country have conducted. I created this work for the means of an interface to the people who are yet to know of the extremely grave, but present problem of the world.




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by k_hankichi | 2017-09-21 06:20 | 社会 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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