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カテゴリ:映画( 280 )

正義感を盾に批判することだけを基調にした映画を出張中の機内で観てしまうと、これは如何にもやりすぎじゃね?と言いたくなった。『バイス(VICE)』。

ブッシュ大統領政権の副大統領を務めたディック・チェイニーの正体を暴いたもの。これでもかと人を貶める作風なので、観ていてあまり気持ちが良くない。

政権への憤懣は米国だけでなく、世界中であるわけで、そして僕らが住んでいる国でもあるのだけれど、試合を相手のレベルに合わせてしまっては何だか詰まらないものになるような気がする。


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by k_hankichi | 2019-04-14 00:17 | 映画 | Trackback | Comments(0)
久しぶりに凄い香港映画を観た。『無双』(英題名: Project Gutenberg)。

監督は『インファナルアフェア』シリーズ(僕が好きなアクションもの)の脚本を担当してきたフェリックス・チョンだということで、なるほどなあ、ますます成長しているなあ、と感慨。

香港のアクションものの歴史は、ブルース・リーものやジャッキー・チェンものから発展して、ヤクザの抗争もの、そして今回の知能技能犯+悪と悪の戦いものにまで幅を広げた。そこには欲しくても手に入れられないものへの愛と憧憬とが入り混じっていて、男の哀愁をくすぐる。

作中、いくつかのクラシック音楽も使われていて、珠玉はヘンデルの「私を泣かせてください」(歌劇『リナウド』から)が流れるシーン。

俳優は超二枚目俳優、チョウ・ユンファと理知的なアーロン・クォック。アーロンが恋する女優役のチャン・ジンチュウも内面から優しさが溢れ滲み出している美女。知性的な顔立ちだからすぐさまに惚れる(観ている私のはなし)。

出張の際の機内で観たのだけれど、日本では昨年秋の東京国際映画祭でのみ上映された作品らしい。国内での公開やビデオ化を強く望む。

■あらすじ(東京国際映画祭のサイトから)
造画家のレイがタイで逮捕され香港に護送されるが、高名な美術家ロアンによって保釈されるところから物語は始まる――。
舞台は1990年代のカナダへ。レイとユエンは貧しい画家同士、将来に希望を託すがなかなか認められず、暮らしは楽にならない。とうとうリーはこっそりと絵画の偽造に手を染めるが、ロアンに見つかりふたりの関係は悪化していく。
レイは「画家」と名乗る男に腕を認められ、彼が運営する偽札組織で働くことになる。やがて米ドル紙幣の偽札発見テクノロジーの進化をあざ笑うように、彼の偽札造りは世界を席巻していくが…。

■出演
チョウ・ユンファ(周潤發)、アーロン・クォック(郭富城)、チャン・ジンチュウ(張静初)、フォン・ウェンジュエン(馮文娟)
■スタッフ、製作
監督: フェリックス・チョン(荘文強)
製作: 香港、2018


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by k_hankichi | 2019-04-08 04:45 | 映画 | Trackback | Comments(0)
映画『ローマ』をみた。原題: ROMA、監督: アルフォンソ・キュアロン、製作: 2018年、メキシコ・アメリカ。2018年のベネチア映画祭の金獅子賞と今年の米アカデミー賞の外国語映画賞・監督賞・撮影賞を得ているので、すわ出陣、と意気込んだのだけれど、僕にとっては期待外れだった。

1970年代初頭のメキシコシティに住む裕福な一家と家政婦の女の日常を描いたもの。

医師である夫は浮気をして家を出て行き、家政婦も付き合っていた男の子供を宿しながら男に捨てられる。

家には男三人女一人の合わせて四人の子供たちがいて、かれらのやんちゃぶりだけは微笑ましい。あの頃の日本の子供たちと同じような遊びに興じている。

黒くて活発な犬も飼われていて、自動車の車庫のそこかしこにウンチを平気でする。それを避けながら歩く一家の面々。ウンチを片付けてよ、と家政婦は命じられ、渋々それをやって水で床を洗い直す。それでもまた犬はウンチをする。リアリズムの追求なのだろうけれどもどうにかしてくれと思う。

様々な挿話が繋げられた、思い出の絵巻は、何度か入る軍楽隊の行進で、時の移り変わりを表す。月日は流れ、家族も変化する。

観ていてどうしようもなく困った映画は『スパニッシュ・アパートメント』(流石にこれは途中で退席した)と『 パリ・テキサス』(ヴェンダース監督、スミマセン)なのだけれど、この『ローマ』はモノクロの映像が美しいからそれだけ眺めていれば何とかなる。

これはメキシコ出身の人たちにとっての『三丁目の夕日』なのだ。




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by k_hankichi | 2019-04-01 00:22 | 映画 | Trackback | Comments(2)
映画『運び屋』を観た(原題は“The Mule”、まさに麻薬や密輸の運び屋という意味)。

クリント・イーストウッド監督作品は必ず観てきたけれど、これも佳作だった。

デイ・リリーという花の栽培事業に心血注ぐアール。仲間たちから喝采をあびることに喜びを感じ、家族を顧みずに歳を重ねてゆく。娘の入学式や卒業式や、様々な家庭イベントにも出ず、そして更には結婚式にも出ることがない。

家族から愛想をつかれ、離婚し、90歳を迎えるアールは、インターネット販売の時流に負けて破産する。

金に困った彼は、悪の道に手を貸してゆくことになる。

メキシコ人たちから脅されようと舐められようと、ニヒルにドライに彼らをかわす。運び屋稼業に味をしめる。

その金を自分のこと(花の栽培場所の買い戻し)だけでなく、人々に対しても使い始める。再び周囲から喝采を浴び、彼自身が感じる生きる幸せを取り戻していく。

しかし・・・。

アールは終わりの方でこんなことを呟く。

「デイ・リリーは一日だけ咲いて終わる。それが好きだからこの花を育てるんだ。」

全てを投げ捨て胸を震わせ花を育てる。徹底的にロマンティストでストイックな、寡黙な男の生き様だった。


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by k_hankichi | 2019-03-16 21:04 | 映画 | Trackback | Comments(4)
今週も海外弾丸出張で、機内で観たのは『Can You Ever Forgive Me?』という作品。2018年アメリカ。日本未公開だそう。

曾ては話題作ともなった評伝を著した女性ジャーナリストのリー・イスラエル(メリッサ・マッカーシー演ずる)だが、酒飲みが祟って仕事が無くなる。

呆然としているなか、ひょんなことから有名作家や芸術家が書いた手紙に値打ちがあることを知る。おや、そんなものが売れるのか、それじゃあ試しにと、手紙の贋物を作ってみる。するとそれが売れてしまう。味をしめたリー。

元来の伝記作家ゆえ、芸術家の言いそうなことやウイット、そして、あれまあこんなこと裏でいっていたのね、まあ面白い、というような話まで盛り込んだモノを作り出してしまう。ノエル・カワード、マレーネ・ディートリッヒ 、そして更には・・・。

ビジネスは需要と供給の上に成り立つけれども、贋金やら贋作が出てきては本来は堪ったものではない。

ヒネクレ者だけどちょっと憎めないところがあるリー女史は、いったいどんなところまで行くのだろうか?ネタバレになるからあとの話はお楽しみに。

観終えてから思ったのは、この世のなかの商売や遣り取りには、うまい話やら胡散臭い話やら、スタートアップ企業やらモリカケ問題やらまであって、それらのなかには、実際のところ、この映画でのリーの仕業と紙一重なものがいくらでもある、ということ。確信犯的に仕組んでいる会社もある(卑近な例を知っている)。

いったい、どちらのほうが良いのか悪いのか。観終えた人にちょっと訊ねてみたくなった。



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by k_hankichi | 2019-03-15 07:06 | 映画 | Trackback | Comments(4)
少し前に韓国映画のDVDを手に入れていて、ようやっと観た。『マルチュク青春通り』(原題: 말죽거리 잔혹사、英題: Once Upon a Time in High School)。監督による自伝的体験をもとにしたものだそうだ。

時代は1978年。韓国はまだ軍事政権下だった。彼らが通う高校にも軍の指導官が常駐している。

だから風紀が正しいかといえばそんなことはなく、暴力、賭け事、密売(と言ってもエロ本だけど)は日常茶飯事。喧嘩の絶えないむちゃくちゃな学校だ。

そんななか、通学で使っている公共バスに偶然乗り合わせた女子高生(ハン・ガイン、とても可愛らしい)に、クォン・サンウとその友人イ・ジョンジンは恋する。

奥手のクォン・サンウはその心を表すことができない。それとは対照的に、イは巧みに彼女の心を掴んでしまう。

クォン・サンウの落ち込みようとやさぐれようといったらない(こういうときの彼の憂いぶりは演技というものを超えた地の上手さがある)。秘めたる恋心をラジオ番組の曲目リクエストを通じて伝える。すると彼女からもしばらくしてその番組を通じて返事がくる。

二人の気持ちが、寄り添った瞬間。

しかしそれも束の間。イが起こした喧嘩事件に伴って、彼女はイと逃避行に向かってしまう。

荒れるクォン。学校の番長と喧嘩勝負に出て憂さを晴らす。コテンパンに相手を叩きのめしたけれど、待ち受けていたのは退学。

一年が経ち、クォンは偶然にまたハンにバスの車内で遭う。クォンの優しい言葉を哀しみと少しの後悔の顔つきで受け流すハン。彼女の眼差しは荒んだ峠を越えた女の諦念を湛えていた。

結ばれるべきものが哀しみの結末になってしまった。さながら、生きて再会してしまった『ロミオとジュリエット』のような切なくほろ苦いラブストーリーだった。

それにしても、隣国の軍事政権は1987年まで続いたことを改めてしっかりと認識した。民主主義というものの歴史が築かれていく。

■出演
ヒョンス: クォン・サンウ
ウンジュ: ハン・ガイン
ウシク: イ・ジョンジン
■スタッフ
監督・脚本: ユ・ハ
音楽: キム・ジェンソク
■製作: 2004年、韓国

■『マルチュク青春通り』のなかの二人のシーンの抜粋動画。


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by k_hankichi | 2019-03-10 22:13 | 映画 | Trackback | Comments(0)
映画館の廊下を歩いていたら、このあいだのアジア出張の飛行機のなかで観た映画の宣伝が貼ってあって、そしてそれはまもなく公開と書いてあったからちょっとびっくりした。すこしググってみたらシンガポールが世界封切りの場所のようで、だから少し納得はした。

『シンプル・フェイバー』。幸せを掴みたくてそれができない二人の女の話だった。中途半端感が拭えぬままに観終えたことを思い出した。

・監督: ポール・フェイグ
・主演: アナ・ケンドリック、ブレイク・ライヴリー
・原作: ダーシー・ベル『ささやかな頼み』
・製作: 2018年、米国

高飛車でシニカルな女の役をブレイク・ライブリーが演じるのだけれど、美しいがどうも取り付く島がない。その美しさはしかしどこかには居るだろう具合でニコール・キッドマンほどの崇高さはない。

こういう女優はだんだんと荒んでいくのだろうなあと、ふと思ってしまう。『アデライン、100年目の恋』という作品での薄幸の女の役が強く印象に残っていて、それが尚更そう思わせてしまうのか。

この女に翻弄されるのはアナ・ケンドリックという小柄で頭が少し悪そうな女優で、真面目さが取り柄ゆえにだんだんと危険な目に遭いそうになる。可哀想に思うけれども同情心が湧いてこないのは、お人好しで正義感があるだけで知的なものが感じられないからかもしれない。

擦り込んでしまったこの先入観念を覆すような次作が出てくることを期待する。




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by k_hankichi | 2019-03-04 00:17 | 映画 | Trackback | Comments(2)
アカデミー作品賞を獲得した理由がわかった。『グリーンブック』。

時代は1962年。黒人への差別がいまたはびこるアメリカで、カーネギーホールの上の階に住むほど恵まれた天才ピアニスト・ドナルド・シャーリーが、わざわざアメリカ南部へと演奏ツアーに出かける。ドライバーは黒人を蔑視していたブロンクスに住むイタリア系のバレロンガ。美人妻と元気な男の子たちに囲まれた凡庸な男だ。

想定できる展開ではあるけれど、芸術家でインテリの黒人と、教養とは無縁の直情腕力派の白人の珍道中だ。そしてやがて二人は、という筋書き。

しかしその周囲の風景は濃い。ロードムービーというやつはこれまで幾多観てきたけど、アメリカ合衆国というもののなかにある蔑視の本質を、これほどまでに言い当てたものはない。

朝日新聞日曜版のおまけGrobeには、ロスアンゼルス映画批評協会長がレーティング2.5と辛口の点数を付けていたけれど、まさに白人ならではの自己欺瞞がそうさせているだけ。神様に懺悔して本音を告白したほうがいい。

55年前のアメリカ合衆国の心持ちは、今に至ってもそれほど変わることはなく、だからこの国はなあ・・・と改めて気付くことも多かった。

音楽も素晴らしく、件のロックミュージシャン映画を数段も凌駕する佳作だった。

追伸: 映画の中でシャーリーは、若くしてレニングラード音楽院に留学したと語る。クラシック音楽家として研鑽を踏んだわけで、黒人ばかりが集まるバーで弾くショパンの練習曲は圧巻。ロシアではリヒテルやギレリスにも会ったのだろうなあ、と想像するだけでそれにも何だかわくわくした。


■映画トレイラー

■米国版トレイラー


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by k_hankichi | 2019-03-03 15:51 | 映画 | Trackback | Comments(6)
オーケストラが出てくる映画は幾つか観てきたけれども、フィクションのものが殆どだった。そんななか、実話に基づいた作品、それも日本のものを観た(CS日本映画専門チャンネル)。そしてクラシック音楽界の激動の一コマを今頃になって理解した。『日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章』。
https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10008132_0001.html

僕がクラシックをホールで聴き始めたのは1975年。東京都交響楽団だとか都民交響楽団を中心に足を運んでいた。学生にとって手に届くのはそういうところだった。渡辺暁雄はそのころ都響の音楽監督で常任指揮者だったから、よく彼の指揮による演奏を聴いていた。

この作品ではその渡辺暁雄が、まさに救世主の如く現れる。話の途中で、「都響との関係もあるので・・・云々」ということを日フィル組合側に説明しているシーンのあとだから、なおさらだ。

彼の知性に溢れかつ端正なるジェントルマンの格好良さとそのドボルジャークに、ただただ浸り痺れることができる稀有な名作だった。

それにしても「日フィル労働争議」を経て不死鳥のように蘇るまでをささえたのが渡辺暁雄だったことを、僕は不覚にも今の今まで知らなかった。あのころのノンポリは今に至っても変わらない朴念仁だから、始末に置けない。

※日フィル労働争議 →https://ja.m.wikipedia.org/wiki/日本フィルハーモニー交響楽団#日フィル争議

■スタッフ
監督・脚本: 神山征二郎
音楽: 林光
■出演
指揮: 渡辺暁雄
オーケストラ: 日本フィルハーモニー交響楽団
俳優: 風間杜夫、田中裕子ほか。
■製作
1981年、日活


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by k_hankichi | 2019-02-10 23:02 | 映画 | Trackback | Comments(5)
“The Last Suit”(邦題『家へ帰ろう』)を観た(原題のままのほうがやはり良いのだけどなあ)。

片脚の病気を悪くしたアブラハムは、切断手術のため住み慣れた家を処分し老人ホームに入ることを余儀なくされている。子や孫たちも集まって彼の家での最後の日を過ごしているが、家族たちも為す術が無いだけで冷たい仕打ちをしている訳ではないだろう。

でもアブラハムはそんな状況を認めたくない。憮然としながら彼はある決意をする。

第二次世界大戦時のホロコーストから辛うじて帰ってきたときに、彼を介抱してくれた唯一無二の親友を訪ねにポーランドを目指すのだ。

頑なな老人は「ポーランド」という言葉を発したくない。「ドイツ」は発音したくもないし足を踏み入れたくもない。

しかし周囲を認めたり人を認めたり、お願いごとをしたりもしていかないと、身体も不自由な老人は旅することも出来ないことを次第次第に悟ってゆく。

ひとりの男が過去に対して目を閉ざしてきた長いあいだの呪縛から解放されてゆくロードムービーだった。

悲惨な体験はしてはいないけれども、僕もそのうちにアブラハムのような人間になっていくのだろうなあ、と思った。そしてそれを救ってくれるのはやはり古くからの友人なのだろう。


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by k_hankichi | 2019-01-20 09:04 | 映画 | Trackback | Comments(2)

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