カテゴリ:社会( 107 )

理由を求めない

理由を求める社会だと、つくづく感じる。どうして、なぜ、なにが切っ掛けで、背景は、理由は。社会のなかで、会社のなかで、政治のなかで、生活のなかで、そういう事項を常に求められていく。自分でも家庭のなかで、どうかすると、というか往々にしてそういう問いかけをしていることにも気づく。

どうして幼い子供を・・・。
何故政府のトップ案件だと・・・。
なぜ今年の春は夏日が多い・・・。
ノーベル文学賞選考委員がなにゆえ・・・。
どうして目を合わせない・・・。
反則なのに何故背後からタックルを・・・。
当社を志望する理由は・・・。
今日の電車の遅延はどうして・・・。
かつてはアイドルグループにいた男がは何が切っ掛けで・・・。
その学科を選んだ背景は・・・。
犯行の動機は・・・。

理由、訳、背景、動機、切っ掛け。。。

必然的にそうなりました。
理由無くそうしました。
訳はわからないがそうしたかった。
動機という動機はありません。
単に好きだからです。
切っ掛けはありません。

それで良いような気がしてきた。起きた事象に対して、素直に対応すればよいだけなのではないか。

悪事には罰する。
志望者は動機ではなく技量を見る。
事故についてだけは真の原因を掴み対処する。

だんだんと、カミュの世界に近づいてきたのかもしれない。

■理由なく古書街で福永の本を買い求める。
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by k_hankichi | 2018-05-17 06:48 | 社会 | Trackback | Comments(6)

先入観が為す躊躇い

仕事柄、いろいろな国の人と会い、打ち合わせやら情報交換やら交渉をする。そのたびに先入観が邪魔をする。

たとえば次のよう。訊きたくても訊けないジレンマのなか、日々は過ぎゆく。

■ムーミン好きのひとも「レミンカイネンの帰郷」聴いてますか?

■「シヴィリ」、「シヴェリ」。では「シヴォリ」も有るのでしょうか。

■二度の大戦で国土を蹂躙されたからこそ、こんなに交渉上手なのかしら。

■いまは「収容所列島」の文学者はどう読まれていますか?

■某国が大使館の場所を移したことを、お祝いしたほうが良いのかな。

■歴史問題を小中学校でどう学びましたか。極東の我々を本当にはどう見なしていますか。

■君は演歌を好きになる、好きになる。長靴の国のあなたは。

■島流しの人々の末裔。下手なことは言えないがあなたはもしかしたら・・・。

■花札とどちらを取りますか?

■鎖国時代のお付き合いの蜜月のことはどう学んでいますか。

■ジャポニズムはあなたにとって今どう影響をしていますか。

■「アン」で名字が終わるあなたは、あの国の人ですか。

■大戦で史上最悪の罪を犯したこと、尋ねて良いのだろうか(しかしこちらもこちらで・・・)。

■アラウからアルゲリッチに繋がる線に敬服します。あなたは彼らを好きですか。

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by k_hankichi | 2018-04-22 06:35 | 社会 | Trackback | Comments(3)

不機嫌な人々の時代

「不機嫌な人々」が多くなった、とブログ友人がこのあいだ書いていた。確かになあ、と思った。僕にも経験がある。知人同士の場合は大変丁寧なのだけれど、一旦その枠から外れたとたん、相手に対していかにも不機嫌に接する人たちが増えた(ように感じる)。


・家電量販店の店員に食って掛かっているひと(品質保証書の範囲内でしか対応されませんよ)。

・満員電車でぎゅうぎゅうなので、押されていると、逆に小突いてくるひと(ストレスで病気になりますよ)。

・独り言をずっと呟いて怒っているひと(確実に怖いである)。

・居酒屋で料理の出し方が遅くて「もう二度と来ないから」と、お客さんが沢山いる店内に向かって、大きな声で捨て台詞を吐いて出て行くひと(いま食べている僕らの気持ちはどうなるの)。

・交差点の右折で少しもたついていると威嚇的な運転をしてくるひと(そのうちぶつかって事故になりますよ)。

・飛行機でサービスが悪いと怒るひと(ナッツリターンという事件もあったなあ)。

・事故で遅延した鉄道で駅員に食って掛かって言い続けるひと(その時間に自分で善後策を打ったほうがよいのになあ)。


権利を主張し、苛立ちを隠さず表明し、自己の正当性を言い、他者を押し退け、相手が同じ人間なのにモノのように見做す。


一方で、その真逆の人たちも増えたようにも思う。如何なる出来事に遭遇しても無関心を装って貫く人たちも。呆れ顔やら驚いた顔はしてみせるものの、僕もそういう一人になっている。


竹中直人はそんな時代を先取りしていたかもしれない。「怒りながらも笑った顔でいる人」だ。これからは「不機嫌でも温和な顔」をすることにしていれば、次第に不機嫌さは消失して、本当に温和な人々の集まりになっていくかもしれない。祈りの世界だ。


■朝に静かに佇む男
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by k_hankichi | 2018-04-10 06:40 | 社会 | Trackback | Comments(4)

花曇りの空の下で

東に西にと桜前線沿いに動き回っている。うっすらと雲が掛かったような按配の空は、花粉なのかPM2.5なのか良く分からないけれども、間違いないのは日本中が花見に浮かれていること。証人喚問やら株価下げのあれこれはその酒の肴になること請け合いだ。

そんななか、やはりこのことは重く頭に肩にのしかかる。冷静に考えてみれば花見や証人喚問や株価どころではない訳で、薄曇りの空が隅々まで快晴になるような清々しい状態まで折り合いをつけることにこそ注力すべきと思った。

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by k_hankichi | 2018-03-27 10:08 | 社会 | Trackback | Comments(0)

世界一への希求

オリムピックのたびに、自国の選手の活躍と、それに対比しての世界最高の演技なりスピードや記録を前にして、しばし躊躇する自分に困惑する。

もちろん、世界最高の演技やスピードや記録のほうに感銘するのだけれど、報道は日本選手に極めて偏重したものばかりで、なんだか本当に味気なくなる。

世界最高のレベルを認知し尊敬し、そういうベンチマークをやって、その素晴らしさを讃えたあとで、破れた自国の選手への賛辞をするのならばよい。でも大抵は身近な自国への、手前味噌の世界に浸って嬉しがっている。

世界一、地球一、世の中一の演技、記録、滑走や飛躍を、ただただ希求する我である。

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by k_hankichi | 2018-02-11 19:22 | 社会 | Trackback | Comments(2)

夢をみていたかのようだった。そしてたしかに誰も彼もが夢を見ていた。

誰もが成功することを夢見るだけならば良いのだけれども、沢山の人が他者よりも少しでも儲かることに知恵を張り巡らし、ときには大法螺を吹いてでもやり通そうとする。

法螺は法螺として分かるのならば可愛いげがあるが、アドバイザーやら学識専門家までもかつぎ出して、その商売やら製品や、技術、システムやらまでをも賛辞して、また、「今後のトレンド、今年のブーム」やらまで捻出して、みなで一斉に囃し立てる。

一般の人や、ある程度訳知りな人までも、それに乗って投資したりしてしまい、まだの人たちも焦って同じく投資する。会社がそれをやってしまうときまでもがある。

夢は価値に変わり、価値は利潤に変わるのだけれど、値上がりしつづけた暁に何があるのかは、これまでの歴史が物語っている。だから、最後の最後にはある事が訪れる。

それが明らかになる前に上手く売り抜けた人は勝ちになり、演劇なのだと見破ることが出来なかった人たちは負けになる。そして、勝った人たちはまた勝ちたいと思い、負けた人たちは、今度は自分らは上手くやってやると考える。

知恵を良い方向に使って欲しい。平穏平静なる世の中になるように目指して欲しい。

しかしそうは問屋が卸さない。

その国から帰ってきて、ほっと一息ついていると、この母国までもが、その国に倣っているような気配が伝わってきた。

立憲民主の言葉がとても大切に響いている。静かにしかし、しっかりと響け。

■日没はどこにでも訪れる。
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by k_hankichi | 2017-10-15 16:14 | 社会 | Trackback | Comments(4)

件の吉野源三郎が引用していたゲーテの言葉、「誤りは真理に対して、ちょうど睡眠が目醒めに対すると、同じ関係にある。人が誤りから覚めて、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は見たことがある」を、自分の個人的な行動や思考に当てはめて考えたりしていた。

そんなときブログ知人が、核軍縮について言及されていることを読んで、これは、国と国それぞれが、万国の人々全てにも通じると思った。

知人は次の動画を紹介してくれていた。なんと沢山の実験が為されてきたことか。

そしてまた驚愕するのは、その始めから二番目と三番目は、生きている街、生きている人々に対してのものだったことだ。

其々の点滅は一見美しく、其々の発する音は線香花火が作り出す可憐な音楽のように聞こえるのだけれど、その一つ一つは、憎悪と猜疑心を元にした悪魔が乗り移った人間たちが造り出している。

我々は対話から、そしてそれはまず、過去を反省し過ちを認める懺悔から始めなければならない。

"1945-1998" BY ISAO HASHIMOTO
→http://www.ctbto.org/specials/1945-1998-by-isao-hashimoto/

The blinking light, sound and the numbers on the world map show when, where and how many experiments each country have conducted. I created this work for the means of an interface to the people who are yet to know of the extremely grave, but present problem of the world.




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by k_hankichi | 2017-09-21 06:20 | 社会 | Trackback | Comments(2)

人間の理解力

仕事をしているなかで、ある事柄について自分がどんなに幾度も説明しても、殆ど何も理解さまされていない、ということに気付いて暗澹たる気持ちになることが良くある。頻繁にあるといってよい。

どうしてなのか。

寄せては返す波のように何度もその疑問が出てきて、そして幾度となく到達する答えがある。

「人は聞いているだけでは理解できない。」

百聞は一見に如かず、ということだ。

それが真だとしても、説明してきた或る事柄を実際に見た人でも、まだ真の意味を汲み取ることが出来ない人々もいる。

そういう事態に遭遇すると、最早、僕らは、意志疎通する、共感と同意をするということは永遠に出来ないのではないかという諦観にたどり着く。

猿や犬猫なら、自然が与えた危機感知と忌避、生存本能で、目の前の実態を敏感に、かぎ分け対応するのにも関わらず、だ。

少しばかりある知性、個々に展開していった論理が邪魔をするのか。

「人間は、聞いても見ても分からない動物なのだ。」

そう考えたくなるときが何度もある。

それでも砂に水を撒くように、今日も物事を伝え続ける。いつか魔法のように皆がすべてを理解し共有する日を夢見て。

■霧があろうとも分かりやすい(と思う)カリフォルニアの快活な世界の入り口。
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by k_hankichi | 2017-09-15 07:39 | 社会 | Trackback | Comments(2)

社会人としての教科書は

最近、自分の近くで、自己中心でしか考えていない人による、呆気に取られる事柄にたびたび遭遇する。

仕事に就いているのに、人に迷惑を掛けることを何とも思っていない行動。やるぞと決めたことをいとも簡単に放り投げて、別のことをしたり選択する行動。

仲間を仲間と思っていないのか、幾つもある人と人の「関係」のなかの一つとしか感じていないのか。

僕にはなかなか理解が出来ない。「理不尽なる我が儘」としか受け取れない。周囲はしかしあまりそれに拘泥せずに許容していたりするから、ますます頭がこんがらがる。

「君たち、社会人なんだよね、世の中の役に立とうと思って社会に出たんだよね。」

訊ねたくなる。

そんなこと言うのはやめとけ、という声がどこからか聞こえてきて、だから躊躇のまま言葉を発しない。その気持ちの遣り場、納めどころがなくて結局、意気消沈する。

養老孟司の『バカの壁』を読み、その要旨をまとめて提出し合格しないと社会人にはなれない、という仕組みにできないか。

社会人としての教科書を、この世の中に定着させたい。

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by k_hankichi | 2017-09-14 07:07 | 社会 | Trackback | Comments(3)

曇天続く秋の日々

出張で東に西に動き回るが、雨か曇天の毎日。米や野菜の出来が云々されるが、自分も含めて人々の心の生育が不安定になっているのではと感じる。

近くの国の核武装に鈍感になり、かといえば政治家の私生活のあら探しに報道を費やし、思考回路を停止させる。友人から「心配中止」という言葉を教えてもらってまさにそうだと膝を叩く。

からりと晴れ上がった空のした、遥か遠くまで見渡した思考と視座を取り戻したい。

心の不毛作がひたひたと迫ってくる初秋である。

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by k_hankichi | 2017-09-08 08:23 | 社会 | Trackback | Comments(5)