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カテゴリ:街角・風物( 482 )

控え目で和らぐ佇まいに

これなら許容できるな、と思った。チェーン店「餃子の王将」の京都版。あの赤文字デカデカぎらんぎらんという趣きではなくて、控えめでしっとりと静かなる和らぎがある。

世のなかの街並みや佇まいが、こんなふうに改善されてゆくことを切に願う。

政治の世界もそうならないかな。


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by k_hankichi | 2019-07-10 08:22 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

新たなる啓示の朝

休みが明け、出張に向かうべく駅のホームに立った。車両が来るのを待ちながら、ふと足元に目を遣ると、星形のマークかある。

何だろうかと目を凝らすと、「新幹線起点」とある。

鳥肌が立った。

一昨日の集まりで、「ああ本当はここで歴が還るということなんだよなぁ」と感じながら、いやいやそんなことはあるまい皆まだまだ様々に活動し続けていくだろうし。と感じていたばかりだったからだ。

「そうはいってもここからまたリセットだよ、ここからまた新たな始まりだよ」

そんな囁きが聴こえてきた。



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by k_hankichi | 2019-07-08 07:30 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

昨日の同窓会から、一日が経ようとしているけれど、懐かしさとほろ苦さが混じった少し重たい感覚から逃れることができない。

卒業後三十有余年。二昔前ならば全員が赤いちゃんちゃんこでも着て壇上に並ぶことだって不思議では無いような節目。

いまさら昔のことを懐かしんでも始まらないはずなのに、妙にさまざまな事柄が走馬灯のように頭のなかを駆け巡り、フランソワ・トリュフォーの映画の題名のような感情に陥った。

「時間の変遷に着いていけない症候群」というやつかもしれない。

明日からまた社会復帰できるかどうか、とても不安な宵の口。夜が更けゆくのがちょっと怖いくらいだ。


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by k_hankichi | 2019-07-07 17:29 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

闇は気高く輝いていた

同窓生たちとの集まりの会に久々に出てみて、自分が辺境の人間であることをとことんに感じさせられた。もちろんその場にいた人たちのなかにも、僕と同じような感覚に包まれたひとも居ただろうけれど、流石に同じ学部の人と殆ど接点を持てないということはなかろう。

そういうわけで、旧知の文系(社会思想史を専攻していたからそうといってよいだろう)の友人らと会場をあとに繰り出したのは「しんみち通り」だった。

街角探検隊の任務の一つとして、銭湯にゆくべく日の明るいうちに曾てそこを訪れたことはあっても、夕闇深くなってから歩くのは初めてで、明るさと猥雑さが入り雑じったそこは、だからこそ飲み屋街なのだと瞬時にわかる佇まいだった。

日本酒を専門的に出す触れ込みのその店は、しかし暗鬱さとは無縁で、カントリー・ウェスタン調の無垢木材の机と煉瓦壁の綺麗なる内装。ミスマッチさに驚きながら、店員の快活さに心落ち着かせた。酌み交わす酒はどれもが名酒で、それはもともと美酒だったのが尚更に美酒となり、過ぎさりし日々を懐かしみながら珠玉のときが過ぎていった。

持つべきものは友。あるべきものは爽やかなる面持ち。

闇は気高く輝いていた。


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by k_hankichi | 2019-07-06 23:24 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

喧騒を楽しむ街歩き

今日は家人に付き合い、新橋やら御徒町、上野をぶらぶらと出歩いた。

烏森を散策して腹ごなしをし、ニュー新橋ビルを探検し、御徒町の中古CDショップで冷やかすつもりが想定外の音盤を見つけ、上野松坂屋で買い物のみならず屋上の靍護稲荷神社(大明神)を詣でたりもした。

アメ横やガード下の商店街では、陳列商品に思わず手が出て、家に着くころには荷物で両手にいっぱい。

やっぱり一番の収穫は佐藤錦のサクランボで、あんまり値切り過ぎないようにして買った甲斐があったなあ、と宵の口に舌鼓を打ち続けた。


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by k_hankichi | 2019-06-22 20:33 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

「焦燥と不安」という言葉に駆られるかのように、ここ数日を過ごしてきた。こうすべきだろう、と思ったかと思えば、いやいやそんなふうにしてはならないのではないか、第一そもそも・・・、とまた取って返すような考えがもたげてきたりする。徐々に前進、なら良いのだけれど、一歩進んで二歩下がる、だ。自分の優柔不断さに呆れて再び滅入る。

こういうときに愚痴のひとつも言いたくなる、と思ったら、この間読んだ本のなかの会話を思いだした。

「十年以上前、まだバーに出てた頃に、思ったことなの。いま思い出した。おふたりから、床屋談義が聞こえてこない、ということ。床屋政談、とも言うのかしら。中年の男性ふたりがいたら、ほぼかならずそのふたりは、床屋談義を始めるのよ」
「愚痴の言いっこだ」
(中略)
「愚痴を言うとは、世のなかに対して不平や不満が多くなる、ということだ。自分がいまこうなのは、すべて世のなかのせいだ、としたくなるのだろう」
「いまの自分を正当化したくなるのね」
「きっとね。俺たちは呑気なんだよ。人を呑気にはさせない世のなかに逆らって生きている」
(『この珈琲は小説になるか』片岡義男)

週末の御殿場の、人生を謳歌するかのように呑気なショッピングセンターの光景が瞼の裏に蘇った。

愚痴に転じてはいけない。



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by k_hankichi | 2019-05-29 07:25 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

タラップの怪

旅をするといつも驚くようなことに出会う。今回はスロープ仕様のタラップだった。タラップは階段だろ?という人も居るのかもしれないが、Wikipediaを調べたらちゃんと載っていた。

極東の島国だったら、「場所を食い過ぎる!」と毛嫌いされるところだろうが、横着をしたい人たちが居るところには、こんなものがちゃんとあるのだ。


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by k_hankichi | 2019-05-17 00:43 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

未来を信じる場所

すべてが自分達のためにある、と皆が信じているように感じられる土地に来た。どんなことがあろうとも、失敗や少々の屈辱があろうとも、ここにいれば未来があると皆が信じている。

眺めていると、極東の島国からきた僕などは、気恥ずかしくなってしまうのだけれど、世の中にはこういう場所があっても良いのかもしれない、とも思った。

自分には相容れないところはあるのだけれど、「トニオ・クレエゲル」のハンス・ハンゼンの世界だ。羨ましくも思った。



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by k_hankichi | 2019-05-14 01:39 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

里見公園と国府台の丘

25年間振りに、里見公園を訪れた。このすぐ近くの小学校を卒業したのに、社会人になってからは神奈川暮らしが長くて、足を運ぶ機会はそれほど多くなかった。

いつも入り口までの桜並木や公園内の桜、灯台ツツジやらを眺めて満足して帰っていたのだということが分かったのは、奥のほうまで歩いてゆくと国府台の高台から江戸川(かつての利根川)そして東京全景を一望する景色を初めて観たからだ。

これは一見に値する眺望で、なるほど安藤広重が浮世絵(これも今日知った絵)に描くほどだとようやく分かった。



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by k_hankichi | 2019-05-05 18:22 | 街角・風物 | Trackback | Comments(5)

平成最後の日の藤の花

平成の最後の日は、近所の名勝史跡での藤の花見物で締めくくった。

徳川幕府最後の将軍の弟、水戸藩第11代藩主の徳川昭武が作った別邸と庭園、戸定邸(とじょうてい)だ。

藤棚ではなくて、鉢植えの藤が散歩道に無造作に並べられているもので、歩いている人が触れられるほどだ。さりげなさと素朴さが光る。

訪れる人もまばらでちょっと拍子抜けするほどだったけれと、時代のうつろいというものを静かに感じ入るひとときを持てた。


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by k_hankichi | 2019-04-30 20:09 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)