カテゴリ:街角・風物( 460 )

赤道から北に僅か137キロメートル。昭南島という狂った眩暈に人々が取り憑かれた場所を訪れるたびに、人間の欲望の果てしなさと、それが夢だったということに気づく改悛のそれぞれを味わう。

ジェット旅客機で、7時間半も経て着くその地を、当時ならば陸路海路を何日も何日も費やして漸く辿り着いたわけで、その後にさらにその地を侵攻しようと考え出したことの無謀さを思うと、現代であろうとも唖然とする。

嗚呼、ブキ・テマ高地。そこから見下ろす小さき土地の重苦しさよ。フジタでさえ本当は分かっていただろうその狂気を彼の地の人々も未だに警戒する。その報われなき感覚。

負の十字架を背負ってこの先も僕らは彼らに接していくしかない。そのことを深く感じる。それが歴史観というもの。

夜の月はどうしてから楕円に見えて、それは我が心が捻れているからかと不思議な面持ちになる。

人々が和み楽しむ屋外プールは我を誘惑せども、何故だかどうしても近づけなかった。


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by k_hankichi | 2019-02-19 01:13 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

すみだトリフォニーホールでその指揮者とオーケストラの演奏会があることを友人情報から知ったけれどもチケットは完売。何気なくコンサートホールのホームページを眺めていたら、なんと立ち見席が、枚数限定で当日販売されるとわかり、居ても立ってもいられなくなった。

久しぶりの錦糸町の街角歩きを楽しむこともなく、ホール前の列にならぶ。立ち見が3階の最後列の後ろだとすれば、30人くらいは大丈夫だろう、これならば買えるぞ、とワクワクして待ち続ける。

そして扉が開く時間。そぞろ列が突き進むなか、あららと言う間に「本日の席は全て完売しました」のアナウンス。

僕の前にいた十四、五人は、まるで勢いを失った凧のようにふわふわと列から放たれヘナヘナとした。もちろん僕もだ。

やる気を失った人間というものはどんなものか分からないひとが居れば、この我々を眺めてみれば即座に分かるだろう。

テオドール・クルレンツィス、いつかきっと君を聴きにくるからね。

そう思いながら曇天に霞むスカイツリーを後にした。


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by k_hankichi | 2019-02-11 19:07 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

週末は、両国にあった相撲部屋がそのまま割烹になったという店で、昔の仲間たちとの遅ればせながらの新年会。地方や外国からこの機に来たメンバーもいる。

年に一度くらいしか会わないから、子供だったメンバーは大人になり、大人になったばかりだと思ったらもう婚約していたりと、みなどんどんと変化していく。変わらないのはこちらだけと思ったらいやはやおじさん度が増していることに気づかないだけだ。

若い女衆は宴席でもあまり酒を飲まず、ひたすらお喋りと昔話に花が咲いている。男衆(のなかのおじさんたち)は、ここぞとばかりお酒をどしどしと頼み、あっという間に酩酊状態。

宴もたけなわの頃、相撲甚句の見世物が設けられたというが、スマホのなかに残っている写真だけが頼りでほぼほぼ覚えていない。楽しかったという記憶だけがある。

拍子木の音だけが忘却の彼方に微かに響いていた。

お店 →http://www.kapou-yoshiba.jp/

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by k_hankichi | 2019-02-04 06:41 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

掛け替えのないものとは

一日の早い時間に都心を歩くとそこは昼間の喧騒を離れた別世界で、その景色は静謐と呼んだほうが近い気がした。たとえ世のなかが世知辛くともどんなに理不尽であろうとも、橙色の空の美しさだけは変わらずに僕らを見守ってくれる気がする。

電車が走っていてもそれは無音のうちに滑っているような気さえしてくるのは、やはりそれが一日の始まりの時間だからで、それが毎日繰り返して訪れる夜明けでも、たとえようもなく大切に思えてくる。

それが世界の繰り返し。地球というものの上に生きているものたちに、均等に与えられるもの。

掛け替えのないもの。その名前を朝という。


■今朝の日暮里
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by k_hankichi | 2019-01-28 06:59 | 街角・風物 | Trackback | Comments(6)

昨年の10月に、香港からマカオまで渡る長大な橋が初めて完成した(港珠澳大橋)そうで、当初は予定していなかったその地まで足を伸ばした。

マカオは中国側と陸続きにある半島をポルトガルが支配したものだが、近年にその先にある島々(タイパなど)カジノを誘致して産業にした。政治家やら、箍が外れた経営者が時折話題を作る場所は後者のほう。僕はそこには何の興味もないから、もとからの市街地だけを散策した。

香港と比べると雑然とした風合いで、しかし市街地を歩くと、世界遺産となっている数々の寺院や建物に直ぐにぶつかる。嘗ての栄光(それも百年以上前の)の余韻を味わう。

しかしそれらを外れると、一般市民や観光客相手の商いをする人たちの建物はひと時代からふた時代昔のままの姿のまま(隣接が世界遺産だからなのだろうか)。何か釈然としない侘しさのようなものが漂っている。

そういうことを勘案してなのか政府がカジノを誘致したくなる気持ちも分からなくはないが、だからといって、そこに生きる人々が明るい未来を描いて生活できているかは分からない。日本でもその産業を許可する法案が通ったというが、やはり順番が逆だろう。

そんななかにも嬉しかったことはひとつあって、それはあまり期待せずに入ったポルトガル料理店で、驚くほど美味い料理を堪能できたこと。ポルトガル風パエリアや、魚貝類を蒸したもの、香辛料の風味高い鷄料理など、貪るように食らいついてしまった。

ポルトガルが残した日々の記憶に少しだけ触れた。


※香港〜マカオを繋ぐ橋について: https://tabihack.jp/hkmc-bridge/


■セントポール天主堂跡(長崎を追われた日本人キリシタンたちも加わって17世紀初頭に建てられたそうだ)。
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■ポルトガルには行ったことは無いけれども、兎に角美味い料理の数々だった。
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by k_hankichi | 2019-01-06 00:22 | 街角・風物 | Trackback | Comments(6)

小さな旅にいくことを実家で話題にしていた。

「あそこは私たちが若かった頃に映画の舞台になって、そして有名になった山もあったのよ、何だったっけかなあ、なんとかパークとかかしら? お父さんとひと昔前に行ったのよ。」

親が私の家人に自慢するように訊ねて、それに答える。さらに問いがくる。

「主演の女優と男優、なんていう名前だったかしら?」

それに答えたつもりが女優のほうを間違えていたことに、いまになって気づいた。ジェニファー・ジョーンズだった。

どうしてキャサリン・ヘップバーンと間違えてしまっていたのだろうか。似ても似つかない二人なのにそうなったのは映画の邦題名がちょっと似ているからだ。『慕情』と『旅情』。どちらも1955年に封切られている。

たしかに原題は長すぎて日本人には覚えきれないし、ちゃんと伝えられないだろう。でも欧米人にとっても同じことではとも思った。

“Love Is a Many-Splendored Thing”

凄い題名だ。



■実物を前にして、なるほどこれは百万ドルの夜景だと思った。いまや10億ドルの夜景かもしれない。神戸は遠く彼方に吹き飛ぶ。
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■夜に繰り広げられるレーザービームによるショウ「シンフォニー・オブ・ライツ」は綺麗だった。
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by k_hankichi | 2019-01-05 08:22 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

昨年の元旦は亀戸天神へ出掛けたのだけれど、お参りする参道をあふれて数百メートルの長蛇の列にたまげて、途中挫折で参拝気分だけ味わって帰ってきた。

正月といえば神頼みか酒頼みしか思い浮かばない僕だから、今年はしくじってはならぬと近隣の神社に足を運び、事なく参拝をすることが出来た。

おみくじも久しぶりの大吉。猪突猛進の歳、幸先がよい。

友達(ブログ友も)、周囲の人たちのみならず、世の中に幸せが溢れますように。

今年もどうぞよろしくお願い致します。


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by k_hankichi | 2019-01-01 18:06 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

中学校時代の仲間との忘年会に出た。毎年のことながら、数十年前の繋がりがいま目の前に変わらずそのまま活き活きと存続していることに驚く。

孫も設けたという人たちもいるなかで、それでも精神年齢は15歳までの心で僕らは繋がっている。

人間、それぞれが様々な辛苦や幸せを味わって、なんとかいまこの日まで生きてきている。けれど、あのときの仲間が元気でいる、ということに触れるだけでも、これからもまあ、ようよう頑張っていかねば、という気になる。

表参道の街路は、中学校時代のそれとはまるで異次元に美しくて、もちろんそれは、中学生時代を過ごした飯田橋から九段、靖国神社の界隈とは異なるからだけれど、その息を呑むほどの輝かしい街区に心洗われて、せわしない師走が温かくなった。

■表参道のイルミネーション
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■シュラスコを食す
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by k_hankichi | 2018-12-09 00:13 | 街角・風物 | Trackback | Comments(6)

ほの青い炎がちろちろと揺れるかのような、そして嘗てそこで起きた事件に繋がっていまいそうな不安に満ちた字体に出遭った。

いつものように街角を彷徨いながら辿り着いた道端でのことだ。

一部の字は崩され繋がり、まるで悶えているかのよう。そうかと謂えば文化を示そうと力が込められた点が入ったりもしている。

この字体は何という名前なのだろう。美しさと脆さと滅びが交錯したこの文字は、必ずや後世に残さねばならない。

「字体保存運動」興こさねば。

いまにも取り潰され再建に向かいそうなビルヂングを前にして思った。



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by k_hankichi | 2018-12-06 07:22 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

遠くへの出張が終わって、普通の週日の仕事パターンに戻った。いろいろな折衝、会議、合意。はたまた摩擦や干渉、暗礁。

考えてみれば課題にぶち当たって、ごちゃごちゃあれやこれやと思案したり井戸端して、まあまあ、さっ、こうしてみまひょか、止まっていても、まあしゃあないし、と前だと皆が思うような無難な方角へ進めていくのが毎日だ。

そんなとき旅先での写真を繰っていたら、おおっ、と目がぱっちり開くようなやつのたころで手が止まった。

こいつは試したことがない。どんな按配でやってみるのだろう。どんな風合いなのだ。テイストも選べるそうだがどこに仕込むのさ。

ああしてこうしてこうやるのか。それともあんなことこんなことになってしまうのか。一人でも二人でも三人でもよいと聞いたことがあるが本当なのか。ええっ?

謎が謎を深めるショーウィンドウの記憶だった。


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by k_hankichi | 2018-11-20 20:39 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)