ジントニックと共に耳元で囁かれるような小説

トランプで言えばフルハウス、麻雀で言えば字一色のようなものを完全形で上がったような夫婦だと思っていた。直木賞作家夫婦の藤田宣永さんと小池真理子さんはその賞だけでなく、日本推理作家協会賞、島清恋愛文学賞、吉川英治文学賞も夫婦共に得ているからだ。二人で世帯を持ってから全てを受賞しているので、より高い得点となる「純正」の上がり方でもある。

その藤田さんの小説にはひと昔ほどまえに随分と嵌って読んで、そのあと暫く遠ざかっていた。先週の買い物のとき久しぶりに手にして先ほど読了。

相変わらず酸いも甘いも知った小気味良い読後感で、ジントニックを出されながら耳元で囁かれるような気がする。『怒鳴り癖』(文春文庫)。

六つの短篇それぞれが、身の回りに起きる不思議な体験を描いている。もしかすると自分もそうなることがあるのではないか、とちょっと不安になる。そしてまた自分の過去の経験の欠片がそこにあるような気がしてくるやつがあったりするから、ますますおっかなくなる。

そしてまた、人生にはこんなに複雑なこともあるのかと感嘆させられ、「いまからでも遅くはない、ちょっと脱線してみないか?」と言われているような気持ちにもなる。

そうだなチョッとやってみようか?と、まだ知らぬ果物の蜜を吸ってみたくなり、そしてそのあとに、すみませんでした思わず魔が差してしまいました、と首を項垂れる姿さえ夢にでてきそうだ。



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# by k_hankichi | 2018-10-24 00:16 | | Trackback | Comments(2)

東京ことばの成り立ち

関西への出張も増えたが、なかなか言葉に慣れなくて、それをどうしたものかものかと当惑していた。

そもそも東京ことばしか喋れないのがいけないのだけれども、そうかといって無理に真似をしても却って変で、それどころか失礼なことにもなってしまう。

そんなことを考えながらこの本を読んだ。東京ことばとは一体何なのかの探索だ。『東京語のゆくえ』(國學院大學日本文化研究所、東京堂出版)。副題は「江戸語から東京語、東京語からスタンダード日本語へ」だ。

“もともと東日本は、そんなに敬語というものがなかった地域です。そこに関西系の体系的な敬語をもったことばが行われるようになった。そうすると、周りからみると江戸のことばは、「ああ、あれ江戸もんだよ」と、自分たちとことばが違うよということになるわけです。そういうのを「江戸ことば」というわけです。「江戸ことば」ということばができたのは元禄の初め頃だろうと、(以下略)”

“「デス」「デシヤウ」なんという動詞は昔は侍の家などでは決して使わなかった。(中略)「デス」なんかが標準語の非常に大事な部分を占めたということになると、山の手ことばというのは少なくとも武士ことばの直系だとは言えないのではないかと思うのです。”(以上「東京語と標準語」田中章夫、より)

日本の言葉や方言の語源というのはとてもむつかしいらしい。

前述の「デス」は「ダ」「デアル」を丁寧に言い表すために、江戸語が武士語の影響を受けつつ作られた言い方の「デゴザリマス」を胴斬りにした形だという。不具合な言葉なのだけれども結果的に流布して使われていった。

これ意外にも事例はたくさん研究されていて、ことばというのは、科学のように面白いものなのだと、いまごろになって感心した。


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# by k_hankichi | 2018-10-23 18:02 | | Trackback | Comments(2)

そろそろ追想無断章だ

坪内祐三さんの著書を読んでいたからだろう、昨日は天気も良かったから神保町に無性に行きたくなり、古書街クルージングに挑んだ。

最初に見つけたのは、文芸路線にしておけば良かったのに不穏当記事で休刊となった『新潮45』の原節子特集のムック本「原節子のすべて」。幻の映画『七色の花』のDVDまで付録している。

値段は少し高かったが件の事件で再出版はないかもしれないから希少本だ。おおっ、と声ならぬ声を上げて隠すようにして買い求める。

数軒の店先を覗いたあと、小宮山書店のガレージセールに向かう。おっ、今日は小説の美本、それもまだ数年内のものが多いぞ。どこぞの作家さんか出版関係者が放出したのかしらん。

3冊500円のいつもの価格だから安心して9冊を買い求める。ビニール袋を二重にしてもらって運ぶことにするが、指が切れそうに重い。

そしていつもの中古レコード屋さんへ。「お久しぶりです」と互いにほぼ同時に声を発する。しばしの歓談も気をそぞろに目は棚に向きズリズリと横移動を開始。

あったあった、お目当てのメロス弦楽四重奏団の音盤。友人が惚れ込んでいるやつだ。そして土曜日に観た是枝監督の映画で掛かっていたジュリアード弦楽四重奏団を探す。おねえさんが手伝ってくれて、数枚をあっという間にレジ横に並べてくれる。懐かしのスメタナ弦楽四重奏団のやつも比較候補にしてくれて至れり尽くせりだ。

店内のBGMはベートーヴェンの序曲集。「レオノーレ第3番」は、やけに音が良い。インテンポだけれども、伸びやかでしっかりドッシリしている。金管の溌剌さと美しさはえもいえぬ。快活というのはこういうことをいうのだ。ダニエル・ハーディングなのかなあ、そういう音盤が出たのかなあ。つらつら考える。

おねえさんが教えてくれる。

「クレンペラーの英EMI盤なの。このシリーズ音が良いっていう人たちいるの。確かに良さそうだけれど、やっぱりそうかしらねえ。」
「確かにめちゃくちゃ音、いいですね。あと、普通入ってない曲が入ってる。買っちゃおうかな?」

店内に入って耳にしたときから、ああっこりゃ凄いぞと、買うのを決めていたのだけれど、裏をみたらドイツでのプレスで、ますます目が開く。言わないでさり気なく買い求める。

そんなこんなの巡回を済ませ、家に帰って自分の書棚の原節子の段を眺めていたら。あれぇ・・・?新潮45のムック本があるではないか。狐につままれた気持ち。

このほかにも米澤穂信の『追想五断章』が被っている。あららん、もうボケだ、とヤケのやん八。

それ以外は持っていない本や音盤が手に入ったから良しとしよう。無理やり自分を納得させる。

家人に言ったら、「『FUJITA』の映画もそうだったじゃない」と一蹴。

そうだった。意気揚々と観に行ったが、あれ?これどこかでもうすでに観たと、狐が出てくる終わりの頃になって気づいたことがあった。

追想無断章。だんだんと危なくなってきています。


■家の書棚にあったやつと並べて反省する(つもり)。
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■昼飯は、タレかつ丼屋で野菜タレかつ丼を食べる。ヘルシーで美味かった。これは「初めて」食べました。確かに。
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# by k_hankichi | 2018-10-22 06:41 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

『海よりもまだ深く』のもう一つの音楽

件の映画『海よりもまだ深く』のなかで、主人公の母親は、夫に死に別れているが、同じ団地の老輩が主催するクラシック音楽鑑賞の会でその寂しさを紛らわせている。

作品のなかで老輩が紹介しているのが、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲・第14番嬰ハ短調作品131。

レコードプレーヤーに載っていたのは懐かしき青空色の半円の欠片。CBSソニーのレーベルだった。

きっとこれはジュリアード弦楽四重奏団の音盤だな、と思いながらエンドロールを迎えると、まさにその通り。

これを聴いて、シューベルトが最早このあとに書く曲はない云々を呟いた例の下りまでが、映画のなかで説明されていて、もう無性に聴きたくなる。

夜の帳が下りたあとに静かに耳を傾け、そして今朝もそれを再び流す。

寒さが身に感じられるようになった晩秋にぴったりのひとときを過ごしている。

■演奏
ズスケ弦楽四重奏団
■収録
1980年1月、聖ルカ教会、ドレスデン
■音盤
プリリアントクラシックス、94672


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# by k_hankichi | 2018-10-21 10:53 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

人は別れにどう処するのか・・・パルムドールの前々作

是枝監督がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞する2年前の作品を観た。『海よりもまだ深く』(2016年)。

僕らの日常のなかにある別れのさまざまを淡々に描いたもので、それは身近にあるような親と子、夫婦のそれぞれが内包しているもの。

主人公を演じる阿部寛はかつては島尾敏雄文学賞を受賞したものの、その後の評価は芳しくなく、生活のために興信所で働いている。小説家という職業に未練を持ったままだ。

そんな状態が続く彼は、当然のごとく家庭生活を顧みることができない。妻(真木よう子演じる)からは愛想をつかれ離婚している。しかし彼は別れたことにいつまでも未練を持っている。元妻には新たな伴侶となるだろう男がいるにも拘わらずだ。

阿部の母(樹木希林演じる)も自分の別れに未練を持っている。夫と死別したものの、いまだに夫の霊がそこここにあると、分かれた実感を持てていない。

阿部はさまざまな男女の依頼を受け素行調査をしているが、別れたくない人たち、調査結果を別れの手札にしようとする人たち、それぞれの葛藤に囲まれる。それでも自分は別なのだと思い込んでいる。競輪などの賭事からも足を洗えず、養育費を払うこともままならない彼のことを、元妻はますます厭うようになる。

そんな阿部と真木とその子は、台風が訪れた夜、公園に出向いて、降り注ぐ風雨のなか、短いひと時を過ごす。

そして翌朝。青空を見上げたりしながら彼らは気付いていく。

「別れ」はそこにしがみつくものでもない。葛藤するものでもない。一人一人が心の中にずっと持ち続けていくものなのだ。胸の中に抱えながらもやりくりし、新たな明日を迎えていくものなのだ。

作品の舞台のひとつになっている阿部が育ち樹木希林が住んでいる家は、是枝監督が9歳から28歳まで住んでいたという東京都清瀬市の旭が丘団地(実名で出てくる)。そしてその映像のなかに流れるのはテレサ・テンの「別れの予感」。映画のタイトルもその歌詞から採られている。

監督は様々な出逢いと別れの記憶を、若き日に親しんできた自分の思い出と音楽に重ねて、ここに描いたのかもしれない。


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■「別れの予感」 歌詞はココ →http://lyrics.jetmute.com/viewlyrics.php?id=2221185


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# by k_hankichi | 2018-10-20 20:31 | 映画 | Trackback | Comments(2)


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