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2019年 03月 19日 ( 1 )

『夢も見ずに眠った。』(絲山秋子、河出書房新社)を読了。「恢復への旅路」というサブタイトルを付けても良いように思

た。


男、女、夫婦、それぞれが或る大切なことを抱えて生きている。しかしその大切なことは何なのかということを、しっかりと自分自身で認識しておらず、別のなにかを取り違えて大切なものだと思い込んだりもしている。


男は自身のこだわりを理解して欲しい。女は自分を分かって欲しい。互いはすれ違い、そしていつの間にか遠くから互いを眺めているだけになっている。


男がそのことに気づくときの描写が面白い。


“ゆるくカーブしたトンネルが東京都と埼玉県の境であった。トンネルの出口から坂を下っていくとき、突然かれは、内側でなにか変化が起きたのを感じた。一つのはっきりした目が開いたのだった。喉元のようでもあったし胸や額だと言われたらそうなのかもしれなかった。自分でもその目がどこにあるのかはわからないが、あるということだけは確実なのだった。高之はごく自然に「ああ俺の身体は二重の構造になっていたのだ」と思った。そして内側の素朴で強い目はこれまで、まるで痛みを抱きしめていたかのようにぎゅっと閉じていたことがわかった。”(「9 なにもかもがそこに」より)


高之が飯能市の西に位置する旧名栗村にさしかかり、穏やかな集落の間を流れる自然に近い小川を眺めてのことだ。


自分の心の奥底にあるもの。大切に大切にしてきたことがら。そのことに気づくとき、人はようやく自分にも他人にも素直になれる。頑なに、鎧のようにまとっていた物事から解放される。


絲山秋子の最新作は、男と女の心の旅路。そして白井一文が落ち込んでしまった淵のぎりぎり瀬戸際の縁から、なんとか回帰した恢復の物語だった。



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by k_hankichi | 2019-03-19 17:31 | | Trackback | Comments(4)

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