2018年 09月 23日 ( 1 )

ロバート・アルドリッチの作品を45年振りにスクリーンで観る

蓮實重彦さんの映画講義を読むと、ロバート・アルドリッチ監督が如何に新たな世界を切り拓いてきたかを知る。

しかし僕はこの監督による作品を劇場に観に行ったのは、『北国の帝王』しかない。手帳を見ると1973年12月(中学2年生のころだ)、場所は当時霞ヶ関にあった久保講堂と書いてある。このほかはテレビで『特攻大作戦』(1967年製作)を観ていたくらいだ。

ああ何と無為な数十年を過ごしてきたのか、と落胆していた。

そんななか漸く足を運ぶことができたのは、国立映画アーカイヴ(旧称・東京国立近代美術館フィルムセンター)の、ぴあフィルムフェスティバルの最終日。
http://www.nfaj.go.jp/exhibition/pff201808/#ex-23068

『突撃(原題: Attack!)』(1956年)を観ることができた。

出演はジャック・パランス(ジョー・コスタ中尉)、エディ・アルバート(クーニー大尉)、リー・マーヴィン(バートレット大佐)。

このフェスティバルのwebには次のような説明。

「無能で卑劣な上官のために犬死にしていく兵士たち。かつてない痛烈な反戦映画故に米陸軍は撮影協力を拒否し、ヴェネチア映画祭では米大使が抗議をする。兵士たちのそれぞれの決意が美しい。」

ジャック・パランスが小隊を率いて突撃していく勇気と決断は本当に素晴らしく、それに対比してエディ・アルバートは、臆病そのもののが歩いているような卑屈な人間。その上司のリー・マーヴィンは自分の出世しか鑑みない利己主義だ。

ジャックは、部下たちを見殺しにしてきたエディへの憎悪と怒りを解放することが出来ないままに死にゆくが、その顔はこれでもかというほどに歪み、こんな凄惨な顔つきは、戦争ドキュメンタリーの記録映像以外では観たことがない。

そんななか、もう一つ僕の心を突いたのは、エディの演技だった。小心さ、幼稚さ、わがままさ、地位を嵩にしたふてぶてしさと、そして小賢しさ。

『ローマの休日』でグレゴリー・ペックの相棒のカメラマンをやっていた剽軽な彼は、どうしようもなくダメで体たらくで使い物にならない人間、軍の上官などとはまったくもって正反対なまでの役を見事に演じていた。

小心さ、卑屈さ、幼稚さ。これは僕のなかにもある。自分に訴え掛けられているかのようで、観終えたあと、このことは堪えた。

白玉ぜんざいを食べたとき、喉元をその玉が落ちていくような気持ちがした。

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by k_hankichi | 2018-09-23 00:18 | 映画 | Trackback | Comments(2)