2018年 09月 15日 ( 1 )

『管見妄語 できすぎた話』に溜飲が下がる

久しぶりに溜飲が下がった。藤原正彦の『管見妄語 できすぎた話』(新潮文庫)を読んだからだ。いちいち「そうだそうだ、よく言った、その通り!」と拍手ののち諸手を上げたくなる。

“教育に関し門外漢の財界によるビジネス一辺倒の、思い付きに過ぎない浅薄な提言。それに屈従し、国家百年の計たるべき教育を性急に変えようとする政権や文科省の不見識。文科省の方針に大いなる疑念を抱きつつも、予算を握る文科省に屈従する教育界の卑屈。この構図によりここ十数年の我が国の教育は決まっている。黙れ財界と言いたい。”(「服従と卑屈の構図」より)

小学生からの英語教育(意味がない)やAO入試(知性は一芸や気合いではない)が文学部軽視(もってのほか)などなど、まさに僕もそう思ってきたことを看破し高々に言い放つ。

EUのなかでのギリシア問題、移民問題、格差問題。アメリカの拝金主義や、それにまみれた日本人たち。

日本を物真似だと蔑む欧米に対しては、全ての歴史は物真似だ、そしてそれは物真似ではなく、影響を受けたと言うべき。さもなければ、フランスの印象派を始めとするの近代絵画も、「日本からの影響」ではなく「物真似」だろう、と切り返す。

僕は自分では直球派だと思っていたが、藤原さんの直球には敵わない。

まだまだこのシリーズを読みたくなった。

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by k_hankichi | 2018-09-15 08:20 | | Trackback | Comments(2)