2018年 03月 09日 ( 1 )

終わりそうにないから楽しいのだ、と分かった。角田さんは次々と難問を自分で見つけて、それに対して仮説を自答し検証し、最後に一旦納得して収める。人間誰しもこういうことの連続だろうけれども、角田さんはその自問自答をこなす数が凄い。

エッセイと対談集『世界は終わりそうにない』(角田光代、角川文庫)では、例えば次のような一篇もある。

“ずっと前のことだが、私の前を、携帯電話で話しながら、犬の散歩をしている女の子が歩いていたことがあった。二十歳くらいの子で、恋人と話しているらしく、甘えた声で楽しげに話している。その子は、うしろを歩く私に気づかなかったのだろう、突然、リードの先の犬の脇腹を、ガッ、と蹴ったのである。にこにこと会話しながら。泣きそうになるほど、こわかった。”(「日常の他面、非日常の二面」から)

あるある、と思った。自分自身のなかにも、そういうふうな全く違う二面性の部分はあるのだとも思った。角田さんは、そういう人物の登場する小説のほうが好きだとも言う。

そうなのだ。僕らの生きている世界は二面性、多面性の世界。「そんなことをする人にはまったく見えなかった」ということ。

人だけではない。組織でも自治体でも、国であっても、いつもどこかでびっくりするような事柄が起きている。

世界はだから終わりそうにない。

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by k_hankichi | 2018-03-09 07:26 | | Trackback | Comments(2)