2018年 02月 26日 ( 1 )

オリンピックの熱気も明けて、ようやっと静かな日々に戻ろうとしている。昨晩読んだのは『宇野功芳の軌跡』(宇野功芳、音楽之友社)。これは素晴らしい一冊だった。と同時に僕のこの人に対する尊敬の念を二重にも三重にも深めるものだった。

中学から大学にかけての10年ほどは、僕は彼の音楽評論に共鳴し、呼応してブルーノ・ワルター三昧に陥ったのだけれど、それは彼のごく一面に過ぎず、合唱指揮者としての存在がまさに確たるものとしてあったということの詳細をようやく知った。

「僕の合唱指導法」という篇からは次のようにある。

“僕がKTUで一番重視したのは音色。音色は今でも言いますよ。よその合唱団を見ていると、音色の変化はほとんどない。音色というのはどういうことかと言うと、たとえば〝春〟という言葉があります。〝はかない〟という言葉があります。〝はかない〟の〝は〟と言った時に、これはなんの〝は〟なのか、わかるような声じゃなきゃいかんということです。そう言うと、わかりいいでしょ。あっ、これは〝春〟の〝は〟じゃなくて、〝はかない〟の〝は〟じゃないかって。〝愛する〟の〝あ〟、赤いの〝あ〟、甘いの〝あ〟、いろいろな〝あ〟があるわけど、〝あ〟って言った時に、これは愛するの〝あ〟じゃないかってお客さんが気づくような〝あ〟じゃなきゃいけないんだよって。それが出来るようになるまで徹底的にやらせるんです。それが出来ると凄く褒めるわけ。さびしいの〝さ〟なんて、それはもうさびしそうに歌って。それは〝さくら〟の〝さ〟とも、〝さとう〟の〝さ〟とも違うわけです。それをやると、みなものすごく上手になりましたよ。”

読みながら、うーむ、うーむと深くうなづき本当に感心した。さらにまた、ここに紹介されているKTUというのが都立小松川高校・定時制の合唱部のことだと知り、ひときわ親近感を持った。僕の母はここの全日制の合唱部だった

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by k_hankichi | 2018-02-26 07:08 | | Trackback | Comments(3)