共同幻想を打ち崩すための一歩とは

読み始めてしばらくしてから、あれっ?これはどこかで読んだことがあったような、と思いこの自分の記録を見返した。数年前ではなくて、昨年の夏に読んだばかりの本だった。『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸、文春文庫)。

幼少の頃に生き別れた二卵性の双子。その二人が偶然に出逢い、一緒に暮らし始め、それはやがて禁断の愛に転じてゆく。どのような形態であろうとも、禁じられた愛ほどいとおしく、もどかしく、じりじりとした気持ちに苛まれるものはないと思うが、この作品はさらにそこにミステリーが重なっていく。

小説の題名は、登山の途中でふと上を見やったときの木洩れ日が、あたかも魚が海の底から水面の先のそれを眺めているかのようだという幻想から採られている。

それはあまりにも美しく、そしてその儚さは、二人が決して手に入れることができない未来の暗示だった。

もう一つのストーリーとして、人と人が本当に理解しあえるにはどうしたらよいのか、という事柄も練りこまれている。どのような蜜月の二人であろうとも、互いは相手のことを自分の目線からしか見ていない。相手がどう考えてきたのか、どう考えているのかということは、まさに「忖度」の範疇で当然わかり合っているものとして互いに認識している。そのなかでは逆に、「相手はきっと分かっていない、相手は誤解している」というとまでもが包含される。

そんな二人が、禁断の果実を口にするように一歩踏み込んで互いの胸中を明かすにはどういう準備や建てつけが必要なのか。その、にじり、にじりと少しづつ胸の内底をこじ開けて行くようなかていが面白い。

再読してみて初めて理解したのは、共同幻想が作り出す世界というものの強固さだ。そこに禁断の愛の条件が重なることでそれは最早、突き進むか、それとも意思に反して遠ざけるかのどちらかで、モラトリアムは許されないということ。

共同幻想を打ち崩すためには、固定観念を根本から疑い改める勇気と、一歩踏みこんだ胸の内を明かす決意が必要。

さて、僕はどうしたらよいのだろうか。


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Commented by Oyo- at 2018-02-16 09:01 x
この表紙の手がイヤで避けてましたが読んでみようかなー^^
Commented by k_hankichi at 2018-02-16 09:13
おようさん、二回読んでも楽しめましたよ。
by k_hankichi | 2018-02-15 00:11 | | Trackback | Comments(2)