思い出の人に再会する番組と記憶について

幼少の頃の級友と20年ぶり30年ぶりに再会させる、という趣向のテレビ番組を偶然に観た。段取りは次のようだ。

・芸能人や有名人に自らの学生時代のアルバム片手に昔話を語らせる。
・そのあとしばらくしてから、その話に出てきた人物を探し当て、その人から芸能人の幼少時代の振る舞いや人柄を語らせる。芸能人がその人について語るシーンも見せる。
・そのあとに、その一連のさまをスタジオで芸能人に見せ、新たな驚きを導く。

たとえば、次のようになる。

作曲を専攻していた級友は今や女医になっていたが、何十年経ても、その知的な姿は変わらず、そしてまた芸能人が若かったころの言動や行動についても良く覚えていて、それをしっかりと披露する。そしてまた有名人が若いころに約束していた事柄の証拠品まで飛び出したりする。

芸能人は、活発な振る舞いやしゃべり上手ということで有名であったが、級友を探し当ててみると、どの人も芸能人の昔のことについての記憶が薄く、つまり彼はほとんど目立たない存在であったことが明かされる。芸能人は自分がそれほどまでに目立たなかったとは思ってもおらず、だから非常に狼狽する。

これら一連のストーリーは面白い。というのも、人が覚えている自分の過去や振る舞いというものが、どれだけ曖昧で不確かであるかということがあからさまになるからだ。そして、ハタと思い当たる。これは有名になった芸能人だからそのようになっているということではなくて、実は僕ら自身もそうなのだ、ということに。

僕らは、自分自身の過去の姿、そしてこれまで辿ってきた足跡や系譜を、「あのようにしてきて、その後にこのようにしてきたから今日の私がある」というように整理整頓して浄化美化してしまう。分かったような気分で整えてしまう。

幼いころ引っ込み思案な人間で暗い性格であったとしても、「結構な思想家で哲学的にいつも思索していた」、ぐらいにしてしまうくらいには出来てしまう。

すごいことだ。

しかし、級友に対してとてもひどいことをしていたのに、そんなことは記憶から意図せずに消え去り、もしあったとしてもそれは他人がやったことのように塗り替えてしまっている、ということもありえる。酷いことをしたとしても、朧気な忘却の彼方に片づけ、楽しかった毎日として挿げ替えるのだ。

歴史が物語っている。国家社会主義ドイツ労働者党 (NSDAP、ナチ党)や大東和共栄圏に酔いしれていた彼の地この地の時代と戦後の今も物語っている。

僕ら人間は、記憶を曲げてしまう芸当ができる。いとも自然に。いやなことをしていたとしても、それを抹消しそれは無かったと思い込んでしまう。

ふつうに生活している僕ら自身のなかにも、こういう能力が備わっている。もしかすると、いまのこの地で政権を争っている政治家の面々もそうで、そしてそれらについて言及したり批判している僕ら自身もそういうものなのだ。

自他ともに、気を付けないといけない。
 
.
[PR]
トラックバックURL : https://hankichi.exblog.jp/tb/25728542
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by maru33340 at 2016-06-24 07:11
【今日のブログ占い】
ご対面番組から随分遠くまで思考が及んでおるなあ。
今日は考えすぎに注意じゃ(>_<)
Commented by k_hankichi at 2016-06-24 19:04
【今日の懺悔】
世知辛い日々のなか、過去の事ばかりを考え、たゆたいました。御許しください。
by k_hankichi | 2016-06-23 20:07 | 社会 | Trackback | Comments(2)