理髪店には前の冬に一、二度足を運んで、その快活さに思わず頬を緩めていたのだけれど、ちょっと遠い場所にあることから、なかなか通えていなかった。
久しぶりに、そういった理髪店に足を運んだ。実は家のすぐ近くに、それはあった。どうしてそんなに見過していたのかと思えば、それは街並みのなかで余りにも控えめで、景色のなかにまるっきり溶け込んでいたからだ。
一見さんの僕だったのだけれど、マスターは暖かく迎えた。
「どのように刈りますか」
「耳に髪が触れないように」
「後ろは刈り上げますか」
「普通に」
といったやりとりが続く。
「これまではどこに行かれていたのですか」
「xxx」
「ああ、あそこはカットサロンですね」
「はい、そうです」
「剃刀は使えないでしょ」
「そういえばそうですね」
「親父さんは確か理容師上がりだったから、剃刀は本当は使えるのだけれどね」
「そうですね、そういえば初めの頃は。しかし今は若者が刈っているからなあ」
「そうでしょうねえ・・・」
いまさらながらなのだけれど、理髪店主にとって、剃刀は矜持なのだということを心底から知った。
もう今後はカットサロンには行くまい。
そう誓うまでに時間はかからなかった。