白石一文の新刊『愛なんて嘘』(新潮社)をさっそく読んだ。これは秀作短編集だ。それぞれの作品のなかには、通奏低音が流れている。それは、「人は結局のところ孤独だ。そのことを分かり合えている人と人の間に本当の愛がある。」というようなもの。
“私には義務も責任もないし、しがらみも義理も何もないの。私はただ流れているだけで、いつ死んだってぜんぜんかまわない。悲しむ人もいなければ、気にする人だっていない。私が死んでも、この世界の何一つとして変わるものなんてない。でもね、美緒ちゃん、私はこしてちゃんと生きているし、いろんなことを感じてるし、味わっているの。みんなには私がただ通り過ぎているだけのように見えるだろうけど、でもね、私は一歩一歩立ち止まって、ちゃんとこの世界を見てるの。私がみんなとちがうのは、そうやって私が感じたり味わったりしたことを何かに書いたり、誰かに喋ったりしないってことだけ。そんなことしちゃ駄目だって知ってるから。”(「夜を想う人」より)
どの短編も、主人公は、付き合っている相手から結局のところ離れていく。それはひとりだけの場合もあれば、そういった心が通じた相手のもとに還ってゆく。
嘘の愛とは、理想的な生活や理想的な夫婦や理想的な家庭といったことのなかに安住しようとした愛のこと。そこに気づいた人は、孤独ではなく還るべきところがあるのだ、ということを知る。