タイムマシーンとの遭遇・・・「レコード・アカデミー賞のすべて」
このみちのくの街には、CDショップがある。ちょっとした小都市の風情のなかに鄙びた感じが交錯するその店を訪れるとき、ちょっとわくわくする。忘れさられたような、しかし珠玉のような音盤が画されていたりするからだ。
今宵は、次の2枚を見出した。
「最後のリサイタル/ナタン・ミルシティン」(ワーナーミュージック・ジャパン)
「武満徹・ギター独奏作品集他」(福田進一、NAXOS)
そして、音盤ならぬ、雑誌1冊。「レコード・アカデミー賞のすべて」(「レコード芸術」編、音楽の友社)。アンドレ・クリュイタンス指揮のラヴェル管弦楽作品集も付いている。
何となく懐かしかっただけなのだけれども、買ってみて良かった。どのページからも、それぞれの時代の記憶で満たされている。タイムマシーンのようなもので、ページを繰っているだけで、にまにましてくる。
1963年度の第1回のレコードアカデミー賞受賞音盤、というページのなかに、僕が高校生のころよく聴いていたものがあった。
「これはいろいろな原因があってこういう後期ロマン派の長大な曲、しかも、ただ単にロマン主義の作品と片づけてしまえないような、一つの人生観をもった音楽というものが、みんなに親しまれるようになったというのは、やはり世の中があまりに断片的で、雑駁で、そして魂の憩いの場所がなくなってきたということのために、こういうものの中に、逃避じゃありませんけれども、ほんとうに落ちついた、そして自分を考える世界を求めている。」(村田武雄、対談から)
「第一楽章の出からしてすばらしいふんい気、それも情緒とか、味とか、ロマンティシズムとかいったものを超えた大きさが部屋いっぱいに立ちこめる。あらゆる音楽的なニュアンスと美しさがそこにある。カッコウの啼声一つでもそうだ。この絶妙なリズム感、そして最初の音の吹かせ方だけをとってみても、ワルターの芸がいかに深く、高いかを示している。」(宇野巧芳、音盤評から)
マーラーの交響曲第1番ニ長調、ワルター指揮、コロムビア交響楽団の音盤のことである。