『リスボンへの夜行列車』(パスカル・メルシエ)への旅
この長い小説を読み終えた。『リスボンへの夜行列車』(パスカル・メルシエ、早川書房)。“全世界400万部突破の哲学小説 この本を読み終えたとき、あなたは新しい人生を手に入れる。”と帯に書かれていて、思わず読み始めたのだった。
スイスのベルンで、いつものように教鞭をとるため学校に向かう道すがらに、端から飛び降りようとする女に謎の出会い、その女がつぶやいたポルトガル語の一言を聞くや、彼は、もう遠いその国への憧憬に取りつかれてしまう。そして、翌日、仕事もなにもなげうって、夜行列車に乗りリスボンに向かうのだ。
出発する前に、街の書店で、アマデウ・イナシオ・デ・アルメイダ・プラドの『言葉の金細工師』という哲学的な考察をしたためた一冊の本に出会っていた。その本を携え、その著者や関係する人を訪ねる旅が始まる。
小説の中では、このプラドの哲学的な書からの引用が、幾たびも現れ、作家の心を二重構造のようにあらわにしてゆく。
“人間どうしの出会いは、私にはときに、真夜中に猛スピードで突き進む列車のすれ違いのように思われる。薄暗い光のなかにぼんやりと浮かぶ窓の向こうに座る、すぐに我々の視界から消える人々に、大急ぎの表面的な視線を送っても、相手を近くする時間はほとんどない。あの灯りの灯った窓に縁取られ、幻のように素早く過ぎていったのは、本当に一組の男女だったのだろうか?”(プラドの前述の書のなかの「夜のはかない顔」から)
“我々はいま、ここに生きている。以前にあったことのすべて、別の場所でのすべては過去であり、大部分は忘れ去られ、我々の手に届くのは、思い出の無秩序なかけらとなって、断片的な偶然性のなかでまたたいてはまた消えるわずかな残滓のみだ ・・・(中略)・・・だが、自分自身の内面の視点から見れば、すべてはまったく違っている。そこでは我々の存在は「現在」に限定されず、過去までずっと広がっている。”(同、「内的な広がり」)
象牙の塔にこもった生活ではなく、人々と触れ合うことに初めてめざめた57歳の古典文献学者のライムント・グレゴリウスに、僕はしらずうちに同化していた。
この小説、ビレ・アウグスト監督による映画となったそうで、一日でも早く観て、そして、自分をそのなかに没入させたい(僕の好きなメラニー・ロランが出ている)。
ココ→
http://www.nighttrain-film.com/
『Night Train to Lisbon』(2013年スイス・ポルトガル)
監督:ビレ・アウグスト
出演:ジェレミー・アイアンズ、クリストファー・リー、メラニー・ロラン、ジャック・ハストン、レナ・オリン、シャーロット・ランプリング、ブルーノ・ガンツ