なにかが起こるかもしれないという可能性の含有・・・『カルテットという名の青春』
実家に帰省した今日の午後、偶然、テレビを点けて観たBS朝日のドキュメンタリー『カルテットという名の青春』には、感銘した。1月2日(水)午後3:00-4:55。
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http://www.bs-asahi.co.jp/quartet/
ジュピター・クァルテット・ジャパンという弦楽四重奏団のメンバーの軌跡を取材したものだが、クァルテットを構成する植村太郎(Vn),佐橘まどか(Vn), 原麻里子(Va), 宮田大(Vc)というそれぞれの演奏者の生活、苦悩、葛藤を非常に近い距離から撮影しつづけたものだ。
冒頭の部分で出てきた演奏には、なんとへたくそなクァルテットなのだろう、と思った。それぞれが自己を主張しようとしていすぎるように聞こえた。特に、第一ヴァイオリンの植村太郎。彼は2005年の日本音楽コンクールでの優勝の経歴も持っているのに、自らは音楽を「聴かせよう」と苦悩する。そして、どのようにすればよいのか分からなくなる。2009年に、第9回ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで優勝したチェロの宮田にしても、試行錯誤を繰り返す。
いろいろな人との出会い、そしてそれぞれのメンバーの師匠からの指導(ヴィオラは今井信子が指導者だ)、そしてタカーチ弦楽四重奏団の創始者であるガボール・タカーチ=ナジ(このひとの研ぎ澄まされた感性にも驚く)の指導。これらにより、このクァルテットの音は、僕らが聴いてもわかるほどに如実に変化していく。
最後のほうに、ジュネーヴ音楽院の卒業コンサートのシーンになる。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番・変ホ長調作品127だ。その冒頭の数パッセージを聴いただけで、僕は涙した。
クァルテットというもの、こんなにまで変化し醸成され、そして奥深いものになるのか。僕には、まだまだたくさんの聴かせてもらうべき音楽がある。そう思った。
追記:この番組は、2012年のATP賞テレビグランプリ・ドキュメンタリー部門の優秀賞や、放送批評懇話会の第49回(2012年)ギャラクシー賞を受賞しているそうだ。