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『火口のふたり』(白石一文)・・・過去を見過ごさずに生きようとする

相手に初めて会った瞬間、そのさきの出来事を予見できるようなことがある。そしてそれはそのとおり、展開していく。『火口のふたり』(白石一文、河出書房新社)も、そういう小説だった。

白石一文が福島原発の事故を経て、世の中が平静に戻りつつある、いまのこの現実に、途方もない違和感を感じているということも伝わってくる。描いていることは、とてもエロチックな事柄だ。しかし、そのなかに、過ぎ去った昔の気持ちを封印し、それを無かったかのように毎日を暮らしていることへの警鐘をならしている。

九州で再開した男・賢治と女・直子は、それぞれが予見していたかのように、15年前の関係に戻ってゆくが、それは過去に戻ろうとしているものではない。これから起きるあらゆる事柄を前にして、いまやりたいことをやっていこう、自分本位、エゴまるだしでもよい、倫理観ということにとらわれることなくやっていこう、という気持ちの突出だ。

世の中に跋扈している、
「いまやりたいことをやっていると、人間は未来を失い、過去に何も残せない。明日のために必死の思いで今日を犠牲にしたとき、初めて立派な昨日が生まれる。」
というような、まことしやかな倫理に反論している。

過去から通ずる未来を生きるのと、本日ただいまを思う存分生きることは常に対立する。自分をそういった境地に立たせて、どのようにすべきなのかを問うものだった。

しかしこの作品、賢治と直子の交わりというかその様態の生々しさは凄い。最近の白石は、この領域の描写に、なにか憑りつかれたような、もう本領と言ってよいようなものを発揮している。なにかおそろしいほどのものだ。

火口のふたり

白石 一文 / 河出書房新社

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by k_hankichi | 2012-11-18 16:42 | | Trackback | Comments(0)

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