小池昌代の『弦と響』という小説を読んで、無性にベートーヴェンの弦楽四重奏曲が聴きたくなった。小説のなかで楽団が解散するコンサートでの最後に演じられる曲、第14番嬰へ短調作品131だ。
何故第15番や第16番、そして大フーガではなく、これなのだろうか。聴いていて感じるのは、「希望」の存在のような気がした。それも、遣り遂げた爽快感のあとにある希望。絶望ではない希望。
シューベルトをして「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と言わしめた。
演奏家人生の最後を飾る。しかしそのあとの余韻(余生)を爽やかなる気持ちで送ることを考えると第14番なのかもしれないと思った。