夏の日差しと汗のなかから湧き出てくる焦燥・・・『大きなハードルと小さなハードル』(佐藤泰志)
焦燥と不安ふたつ我にあり、という言葉を1980年代に再生したような、そんな小説を読み始めた。『大きなハードルと小さなハードル』(佐藤泰志、河出文庫)。
連作短編集だ。一作目は『美しい夏』。そして『野栗鼠』、『大きなハードルと小さなハードル』。23歳の秀雄から始まり、だんだんと年を経ていくそのなかでの、ゆっくりとした気持ちの変化が描きだされる。その焦燥は、夏の日差しと汗のなかから湧き出てくる。大粒の汗が額や背中を流れ落ちることを気にも留めず、彼(秀雄)は、自分の不甲斐なさを向こうに押しやりながら、自棄になってゆく。その心情と周囲を見やる眼差しは濃厚で、からみつくようだ。それでいてグロテスクではなく、透明感がある。感性がある。
読み終える前に、末尾の解説を繰ってみれば、堀江敏幸が書いていて、その冒頭は次のようにあった。
“「陽の光は消えずに色を変える」
佐藤泰志の世界は、同時代の、つまり1980年代に活躍した何人かの書き手の、だれとも似ていない。これは不思議なことだ。だれとも似ていないのに、当時の空気が目に見えない内分泌液になって、あちこちに染みわたっっている。みなが前がかりになっているときに、下を向くだけでなく後ろを向かなければならない自分を、あるいは、流れに逆らった後戻りしなければならない自分を見据えていた者の焦りや怒りが、文章単位では明るく小気味のいいリズムのなかから、ふつふつとわき出してくる。”
ああ、そんな感じだ、と思った。この波は僕に合っているし、もしかすると、僕の心情と同期しているかもしれない、と思った。
今年の夏は、佐藤泰志が、マイブームになりそうだ。