『男と点と線』(山崎ナオコーラ)…放り出されあとは任される快感
山崎ナオコーラの作品を初めて読んだ。『男と点と線』(新潮文庫)。六つの短編集だ。
どの作品も軽妙快活で、突然と話が終わり、読んでいる僕は、乗っていた自転車からいきなり空中に放り出されてそのまま空間を泳いでいるようになる。しかしそれは快感である。なぜかわからないが、あとは好きにしてね、というような感じが、ぐたぐたしていなくって良い。
『慧眼』は老後マレーシアに住む夫婦のある日の生活。ゆるゆると、大きなことは何も起こらず過ぎ行く。しかしそんな一日一日が意味あるものだと感じられる一瞬を描く。隣の部屋へ水彩絵の具を取りにいくところで物語は終わる。
『邂逅』はさらに傑作だ。上海に商用で出張した伊藤製薬のヤマダさんが、五馬商城というドラッグストアチェーンの若い社長と会う。社屋の中庭が、バーネットの『秘密の花園』のようだとあり、僕は懐かしさが込み上げる。
社長は鷲を飼っているが、ヤマダさんは嘴でいきなり指先を噛み切られてしまう。夜になるとホテルの窓に空飛ぶ駱駝にまたがった社長の姉が現れ、また消えていく。
落ちていた龍のウロコを目にはめると、彼女の痕跡が見える。それを辿りながら街を彷徨うと彼女が居り、既に身籠っていて、あれよと言う間もなく赤ん坊が生まれた。それはヤマダさんの子供だという。
なんとも不可思議で、捉えどころのないけれども、なぜか心に残る。