昨晩は若い頃に世話になった他社の先輩に感謝する会に出た。現役引退をされるのだ。
三軒茶屋のその会場は熱気に包まれていて、むかし仕事を一緒にした同業者の面々が集っている。そのころの話から今の話まで、和気藹々と交歓した。引退する先輩は今度はワイン作りに挑むという。なんだか夢みたいな話だ。
帰り道は東急世田谷線を楽しみ、豪徳寺の街並みが余りにも風情があって駅のちかくを少し散策した。
そこまでは良かったのだが、洒落たビストロ風のフレンチ居酒屋を見つけて一人立ち寄り、一杯だけのはずの酒が二杯になり、そしてだんだんと朦朧となり、それではいかんと気付いたころに小田急線に乗った。
しかし目が覚めてみるとそこは渋沢駅であり、もうひとつ乗り過ごせば大井松田ということになっていた。上りの最終電車までは大分待たねばならず、待合室で人間観察をしているうちに松本清張のような気分になってきた。
「午前零時を回った。自称はんきちのその男は、目出し帽を深めにかぶりながら向かいに座っている若い男に目をやった。彼が持っている新聞の裏側にはちょうど丹沢湖で見つかった他殺体の事件のことがしるされている。ページを繰るなと祈るように睨んでいるうちに、男には霧にけぶるその静かな湖面を背景に相手と向き合ったときの騒めく心が浮かんできた。」