友人の薦めで初めてこの人のエッセイを読んだ。『全身翻訳家』(鴻巣友季子、ちくま文庫)。
目が覚めるように物事の見方が的を得ており、そしてし出会ったことやむかしの記憶のかけらのなかから、書物、文学についての深い憧憬と愛がにじみ出てくる。しかし翻訳家という仕事のことをあまりくどくどとは書かない。翻訳の妙味を書きつらねて自慢するようなことが決してないこの人のエッセイは、しかし徹頭徹尾それに打ち込むんでいるからくる「凄味」というオーラが漂う。
酒をたしなみ、しかも種類はウイスキーが好みらしい。その経験も半端ではなさそうで、それにまつわるエッセイもとても洒脱だ。吉田健一のぐいぐいと思考が巻き込まれるような感じとはちょっと違うが、しかし酒とともに記憶がひも解かれ空想とのはざまにドラマが生まれていく、ということは同じだ。
解説のところまでたどり着いてはっとした。それは穂村弘さんによるもので、ああこれは類は友を呼ぶということなのだなあと思った。穂村さんはこの書を紹介してくれた件の友人にとても似ていて、僕はいまでは穂村さんと友人の区別がつかなくなっているほどなので、それゆえになにか親しい友たちとの輪のなかに入れてもらえたような気がした。