昨晩の朝日新聞の夕刊を読んでいて、愕然とした。新組閣案についてではない。「『悪童日記』のアゴタ・クリストフ 先月死去」というコラムにである。
ああ、このこと、知らなかった。7月27日に75歳で亡くなっていた。僕の一つの時代が、いきなりきゅーんとなにか映像的に思い出されてくるような気がした。
数年前に、この人のその小説を友人から教わり、それまで読んできた小説群とは格というよりは書く姿勢という次元が異なる、ということに大きな衝撃を受けた。その読後の、身体をもみくちゃにされ突き沈みこまされるような感覚を、今でもはっきりと覚えている。胸の奥、身体の芯に、深く刻まれている。
ハンガリーで生まれ、1956年の動乱の時にスイスに亡命し移住した彼女の、実体験に根差したような地で行くような小説は、どうしてそこまで冷徹なのかと思うほどに、リアルである。
彼女の小説は、だから今でも僕の書架の重要列に鎮座し続けており、これから先も、その位置を堅持しつづけるだろう。『悪童日記』、『ふたりの証拠』、『第三の嘘』の三部作。そして、『伝染病』、『怪物』、『昨日』。
新聞記事には次のようなことが書かれていた。
「大きな目でまっすぐ見つめられると、すべて見抜かれる気がした。正直で顕示欲はなく、自己陶酔とも無縁で、およそ作家らしくなかった」
彼女の本のほとんどを翻訳している堀茂樹による印象である。この作家を紹介したその友人のまなざしが重なる。