恋文というものを昔書いたことがあるが、その時のことを思い出すと胸の奥ではやはり音がする。しゅんというか、しゅぼっというか、実際、たしかに、きゅんというとする世間の言い回しはある程度あたっているだろう。
向田邦子さんのことがなにかとても気になり、そして彼女が僕の今と同じ歳で亡くなったことも知ると、いてもたってもいられなくなり、その存在は知ってはいたものの遠巻きにしていたこの本を読んだ。『向田邦子の恋文』(向田和子、新潮社)。じんわりと涙線にくるところが何か所もあり、これはもうどうしようもない気持ちになった。
前半は、彼女とその恋人N氏との手紙のやりとりだ。ちょうど彼女が34歳のころらしい。それより数年前から付き合っていたその二人の、実に深く深く心の底からかよいあった書簡集だ。世間を避けるようにきっと通っていた向田さんの、心底尽くす気持ちを知るだけで、そして、そういう彼女のことを労わる彼の気持ちを知るだけでじんとくる。
本の半ばに挟まれる写真が何枚かある。そのいくつかはそのN氏(プロカメラマンだそうだ)が撮影したことは言うまでもなく、そしてその映像の中にある彼女の息を呑むような美しさに僕は感銘を受ける。まなざしはりりしいといってもよいほど格好よく、どうしてそんなに人の心の中や、あるいは物事の素の姿を射るようなのかと驚く。
人はこれほどまでに真摯になるべきなのだ、ということをこの書簡集を読んで僕は悟った。