その店は飲食店が詰まったごく普通のビルのなかにあり一見しただけではそれがハイボールの名店だとはわからなかった。店のなかはごく普通のバーの構造をしておりしかしウイスキーがつまった酒の瓶と瓶の間には酒に関する書籍が無造作に並んでいる。カウンターの前には豆類やおかきが硝子の容器に入って並べられており自由に食ってよいらしい。自分の家のなかにいるかのような雰囲気に不思議と心がやすまる。
欲しい酒はハイボールでありそれを告げるとバーテンダーはまたたくまに作り目の前に差し出す。その間30秒。
グラスのなかには氷はなくただ微かな泡の名残りが見え隠れする黄金がいっぱいに入っている。一口含めるだけでハッと目が開き脳髄の奥にまで突かれるような感動があふれる。柑橘類のなにかが加えられているように思うが味わったことがない種類のそれだから何だか竜宮城にいるかのようなきもちになる。
一杯は二杯に、二杯は三杯になるとそれは相当に良い気持ちになっており、そこを案内してくれた友と共に次の店に向かった。
店々をハシゴしていくうちにさらに気持ちが良くなり気付いたときには並木通りから一本隣の路の小洒落たビルのわきの地下にいた。そこもハイボールの名店らしく、これまた出されたグラスには氷はなくしかし黄金色の小さなさざ波が見えていた。泡のちからは弱くしかし酒はその主張を無言で問い掛けてくるようだった。
やがて時が過ぎたころには都合、夕べだけで七杯のハイボールと三杯の焼酎、二杯のビールを飲んだことになっていて、まさに酒に呑まれた頭が自分のなかでしなだれかかっていた。
銀座には酒の魔物が住んでいるようだ。