東京に行ったり、明けると宮城にいったり、また今日も東京に行く、あれやこれやの毎日だ。
どこに行こうとも暑い。今日はいちばん暑いかもしれない。道路のアスファルトは柔らかになりかかってはいるが、まだ最高気温を待っているように感じる。
この暑さがうらめしいと始めは思いやがて憎たらしくなり、なにくそと山手線のホームや、乗り換えの駅では駆け足して暑さに対抗した。まだ若いぞとエネルギーを見せ付ける。
その私鉄の乗り換えの駅は、いま工事の最中でやがて地下駅になってしまう。淀んだ空気と暑さの漲るホームが、爽やかな風が吹く近代建築に成り代わってしまっては、あのごちゃごちゃした駅前広場や雑居ビル、焼鳥屋や沖縄バーは、どこでどうこの駅につながるのだ。
アントニオ・ガウディのような内装のバーだとか、駅前市場、昔ながらの古本屋は、どこでどうバランスをとれば良いのか。民家の軒先をかするような路地から路地をぬけるような街並みは、ヨーロッパのそれに勝るほどなのに、いきなり絢爛な駅などできたなら、気持ちの切り替えが必要になり、精神に変調をきたす。
暑い空気はそのままに淀むことが大切で、街角の追憶を重ねて憤懣の気持ちをエネルギーに替え発散させつつあるが、それを綴る男は電車内では涼しげな顔をしている。