『東京の昔』(吉田健一)をまだ読み続けている。つぎのような風情がよい。
“それだからこれは要するに天井も高くて大きなただ一つの部屋でその天井の下に並んだ何十かの卓子を客が囲んでいる間を給仕が行き来するという店だった。何故その資生堂が銀座なのか、或は銀座と言うと資生堂が頭に浮かんだのかがどうしても片付けなければならない問題になる。”
“その時のことを思い出していると資生堂というもの全体が記憶に戻って来る。例えばそこの窓が凡て細目の長方形だったことや左右の入り口に挟まれて勘定をする所があって…(中略)…卓子に掛けてある卓子掛けがいつも真白でそれでいてそこが帝国ホテルというような他所行きの感じがしなかったことがこの店の特色だったかも知れない。”
かつてこの店を何度か訪れた。寸分違わずこのような風情だったと思う。そしてもし違ったとしてもやはりこの店は吉田さんが描くような佇まいだったと信じて疑わない。
そしてこんな歴史が近くにある人の日常がうらやましい。