白井一文の『一瞬の光』というデビュー作を、友人が紹介してくれた葉書のことを、よく覚えている。ぽつりと書かれたその字体まで。
そして、その作品を読了したときの鮮烈な衝撃。あれを再び味わいたいがために、彼の作品を読み続けているように思う。
この新作『砂の上のあなた』(新潮社)では、彼は、父と娘、男と女の輪廻を、非常な濃密さで描いた。言い表しようのない、黒々とした何ものかに強く推し動かされる気持ち。恋愛というものの、救いようもない自己中心さ。
その想いは、深海の底に静かに堆積する泥が、少しずつ層流のように動くように、じわじわと自分に迫ってくる。
人が密かに隠しもっている秘密。その気持ちの救われなさ。そういった事柄を抉りだすような小説だ。
人によっては、受け容れ入れにくいストーリーだとは思う。万人には薦められない。
自分の心の底にある、ある種のいやらしさを許容できるとするならば、読めるだろう。清涼さとは異質の小説だ。