突き放される快感に浸り、酔う・・・ポゴレリチのスカルラッティ
スカルラッティというのは、ものすごく神秘的で、でも、すこし冷徹で理論的で、どこか人を寄せ付けない四角四面なところがある音楽だな、と思っていた。なにせ、
僕のスカルラッティの始めは、ベネディッティ・ミケランジェリであったから(ハ短調K11のソナタをはじめとして)。
この刷り込みは非常に非常に強いものであるので、その対極的な演奏ともいえる
ユジャ・ワンの、きらきらと宝石が転がるような音や、ちょっとロマンティックでふくよかな美しさ(それはそれは素晴らしい)に出くわしても、実はまだ、なかなか抜けきれないでいた。
要するに、僕は、ミケランジェリの、整然とした、審美眼で見通しつくされたかのような、怜悧さのなかのスカルラッティに、嵌まっていた。
そんななか、
友人が讃えていたイーヴォ・ポゴレリチによるソナタ集を聴き始めた。おお…。これは、鋭利な刃物を傍に携えたようなところがある、醒めた脳でもって、冷たく見据えたスカルラッティだった。
15曲のソナタのかたまりは、つぎからつぎへと、僕に向かってくる。そして連れていく。そして彼はそのまま、どこかにすーっと離れて行ってしまう。「じゃあな・・・」、と言ったかどうだか。この淡白さはよい。こいつ、僕のことを突き放してくれる。
連れていかれた僕は、どこにいるのか?…漆黒の宇宙の中に放され、放置されているのだ。遠く、闇の世界のなかに浮遊している。それは快感かもしれない。
このピアニスト、相当な音の使い手だ。突き放される快感に浸り、酔う。