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仏様の誕生日

先週、訪問先の地で沢山の提灯が飾られていた。それはさながら満艦飾のようになっていて、それどころか、雲の絨毯のような装いでもある。

仏様が・・・ということを誰かが呟いていて、その小声を漠然と聞いていたら西脇順三郎の詩を思い出した。

「天気」(『Ambarvalia』から)

(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとさゝやく
それは神の生誕の日。

あとで調べたら、仏様の誕生日は旧暦の4月8日で、新暦では今年は5月8日にあたるそう。

この土地ではこういうことを静かに秘めやかにおこなうらしくて、その控えめさに何だか無性に心惹かれた。


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# by k_hankichi | 2022-05-19 07:15 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)
ウォルフガング・シュナイダーハンのヴァイオリンの音色は独特だ。それはビロードというものとは違って、粗くなめした革のようなものを感じさせる。

しかしそれは一つもささくれておらず、一定の粗度でもって人の耳にじんわりと沁み通ってゆくものだ。

美しく輝いているというよりはくすんでいる。しかしそれは所謂燻し銀というものではない。おなじ燻しでも、鹿のような大型の獣の毛皮を処理したような風合いだ。

そしてその彼によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いている。ベルリンフィルハーモニー、オイゲン・ヨッフム指揮による。

この演奏は自分の芸風をひけらかすようなところが一切なくて、ただひたすらにこの作曲家の音楽に寄り添っている。人におもねることなく、優しく包み込んでいる。

どこ吹く風、という感じでヨットの舳先でひとり弾き楽しんでいる。そのさまが格好いい。

カデンツァもいい。ピアノ協奏曲版のものだ。オーケストラや打楽器との掛け合いが面白い。対話をしているさまはどこか漫才を聞いているような気分にもなる。

シュナイダーハン、あんたええ人じゃ。

そう声を掛けたくなる。


■収録
1962.5月、イエス・キリスト教会、ベルリン
■音盤
独ポリドール 447 403-2


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# by k_hankichi | 2022-05-18 07:12 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
ヤーノシュ・シュタルケルが弾くシューベルトとフランクのチェロソナタを聴いている。

シューベルトはイ短調「アルペッジョーネ」D.821。シュタルケルが初めて録音したもの。ピアノは岩崎淑。ベーゼンドルファーを使った。

僕がこの曲を初めて聴いたのはヨー・ヨー・マによるもので、その能天気に明るい響きにいっぺんで嫌いになっていた。

しかしシュタルケルは違う。生きることの薄幸と寂寥がまさにそこにある。シュタルケルにとってアルペッジョーネを初めて収録したものだそうけれど、それまでの弾き手たちとは全く隔絶した世界(もちろん高みの)を作り、そこに聴き手を惹き入れてしまった。

ロマン的、というような言葉は似合わなくて、むしろ自己との対話だ。そこにあるのは枯淡と寂寥のリリシズムとでも言おうか。岩崎のくぐもったピアノがそこにぴったりと嵌まっている。

フランクのイ長調は、ジェルギー・シェベックかピアノを弾く。シュタルケルは壮年の男の述懐。詩情に没入しすぎず、淡々と弾き進めてゆくから気持ち良い。

■収録
シューベルト:1970.12.5、杉並公会堂
フランク:1971.1.23、ミラノ
■音盤
ビクター NCS-563~64


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# by k_hankichi | 2022-05-17 12:15 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

オタクへの道

一番好きな映画女優は誰かと尋ねられれば即座にイ・ヨンエ(이 영애, Lee Young-ae, 李英愛)と答える。

日本人に話すと、ん?チャングムのひとね、と言われて片付けられ、そのあと話が続かない。

韓国人ならもっと盛り上がるだろう、と思って改まった場でそれを伝えてみた。

・・・。空気が凍る。

「テジャングムの人ね」

同じ反応だ。韓国女優だぞ。もっと嬉しがらないのか。いや僕は不味いことを呟いてしまったのか。話が盛りがらないのはどうしたことなのか。

他の場でも同じように韓国人に伝えてみた。

「・・・。」

チャングム以外に何の作品に出ていましたっけ。などと逆に問われる。

「知らないんですか?○○○や☓☓☓にも出演してる。あれは若かったけれど良いですよね。あ、それから彼女は漢陽大学ドイツ文学科を卒業しているんですよね。大学院は中央大学で演劇・映画を専攻し、スタニスラフスキーとブレヒトの比較理論を研究し修めている。」

「・・・。」答えがない。

逆にこんなふうな切り返しがある。

「ミッチーは有名です、及川光博。追っかけもいますよ。」

「・・・。」

それこそ僕からすると、「・・・。」だ。

ミッチー???

結局、話が盛り上がらない。

教訓。

『オタクはオタクとしか通じ合えない』

肝に銘じてこれからも突き進むことにした。


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# by k_hankichi | 2022-05-14 11:46 | 映画 | Trackback | Comments(2)
司馬遼太郎の『街道をゆく』で済州島を訪れた際のもの「耽羅紀行」を読んだ。朝日文庫。これもまた素晴らしい一冊だった。

歴史、風土についての著述以外にも、韓国系の文学者について次のように書いていた。

“『火山島』という大部な作品は、昭和五十九年、第十一回大佛次郎賞をうけたため、世間ではよく知られているはずである。(中略)
『火山島』の大佛次郎賞式の日、私も出かけてみた。会場で再会した金石範氏の容貌が、かつて青年といっていいほど若々しかったのに、わずか数年見ないうちに、清らかさをのこしたまま、年相応に老けていた。それに、右眼のふちに大きくバンソウ膏を貼っていた。
「どうしたんです」
「いえ、ちょっと」
おだやかに頭をさげた。
一九八四年十月十二日発効の『週刊朝日』に、横山政男氏が、金石範氏の人と作品について温い文章を書いている。とくに、その末尾が感動的だった。

金石範さんは朝日新聞社から大佛賞の知らせを受け、埼玉県川口市の自宅から自転車に乗って西川口駅前の飲み屋にひとりで祝杯をあげに行った。飲んでいるうち、嬉しさと同時に猛烈な怒りが酔いととともに金さんの体をかけめぐった。すっかり悪酔いして、帰り道で自転車から店頭、こわれた眼鏡のふちで、右側のわきを深く切った。
「どういう怒りなのか、自分でもよくわからないのですがねえ」
金石範さんは、そういって口をつぐんだ。”

なんということだ。金さんの気持ちがこんなに伝わってくるコメントはない。

司馬さんの素晴らしい紀行文でたくさん勉強したので、次は金石範さんの著作に挑まなければならない。大作なので歳月はかかるだろうけれど、読んでいかねばならない。


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# by k_hankichi | 2022-05-13 07:24 | | Trackback | Comments(2)

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