新・はんきちのつぶやき
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俺20年ぶりに聴いたぜグレイト
同乗させて貰った車の持ち主はクラシック音楽ファンだった。車内で掛かっていた曲はグールドによるバッハの平均律。ああ良いですね、と思わず洩らしてしまう。

ではこっちは如何ですか。と掛けてくれたのはシューベルトの交響曲。ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン交響楽団だ。

ああ、なんと悠久なる音楽。天国へのいざない。探し求めていたものが、いきなり目の前に繰り広げられている。僕の焦燥と不安はこんなものを求めていたんだ、と知った。

次いで意識せずに自分の口からでた言葉を聞いて再度驚いた。自分は矢沢永吉なのかもしれない。

「俺20年ぶりに聴いたぜグレイト」

■「ファンタジー」佐藤助雄(@ホテルニュー長崎所蔵)
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# by k_hankichi | 2017-02-07 08:04 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
言葉に触れて目の覚める思いがする
週末は慶事で九州に行き、ふだんは付き合わない職種の人たちに囲まれて、酷く気後れしまた気疲れした。テレビを点ければ新大陸の首長が、相変わらずの主張を展開し、色々な軋轢が生まれている。

疲れているはずなのに、夜はなかなか寝付けず、様々な事柄が出ては消え、消えてはもたげ、意味の分からぬ覚醒が続く。ろくに睡眠もとれなかった。何かが違う、何かが気になる。そういう、ある種の遠ざけたいモヤモヤしたものがそこにあった。

だからかもしれない。読み始めた『学生との対話 小林秀雄講義』(新潮文庫)のなかで、次のようなところがあり、胸の透くような気持ちになった。

“僕もインテリというものが嫌いです。ジャーナリズムというものは、インテリの言葉しか載っていないんです。あんなところに日本の文化があると思ってはいけませんよ。左翼だとか、右翼だとか、保守だとか、革新だとか、日本を愛するのなら、どうしてあんなに徒党を組むのですか。日本を愛する会なんて、すぐこさえたがる。無意味です。何故かというと、日本というのは僕の心の中にある。諸君の心の中にみんなあるんです。会を作っても、それが育つわけはないからです。こんな古い歴史をもった国民が、自分の魂の中に日本ん持ってない筈がないのです。インテリはそれを知らない。それに気がつかない人です。自分に都合のいいことだけ考えるのがインテリというものなのです。インテリには反省がないのです。反省がないということは、信ずる心、信ずる能力を失ったということなのです。”(「講義 信ずることと知ること」より)

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学生との対話 (新潮文庫)

小林 秀雄/新潮社

★★★★★



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# by k_hankichi | 2017-02-06 07:18 | | Trackback | Comments(2)
長崎は今日も雨だった
昨日から長崎を訪れた。お祝い事も無事終わり、今朝は平和公園などを短い時間ながら歩く。

爆心地がここだったのだ、そしてその領域に何万人もの市民が暮らしていた。

相手によって恐ろしい殺戮が行われた。ゲルニカよりも遥かに遥かに惨たらしい、そして極めて冷徹なる殺戮。

丘の向こうには雨にけぶる浦上天主堂。

その冷たい雨滴は、悲しみをさらに沁み渡らせた。

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# by k_hankichi | 2017-02-05 12:59 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
学生時代を懐かしむ
『先生ったら、超弩級のロマンティストなのね。』(新潮文庫)を読んでいたら、漱石の生誕の地と終焉の地が目と鼻の先にあることを知った。なんだか凄いぞと思って地図を眺めていたら、椅子から転げ落ちそうになった。

何とその場所が、学生時代に僕の友人が住んでいた下宿屋さんのお向かいなのだ。電車が無くなると、よく泊めてもらい、夜中にマーラーだとかブラームスを聴かせてもらったことを思い出す。

さらに、漱石の『硝子戸の中』の一つのシーンも、引用されている。

「その豆腐屋について曲ると半町程先に西閑寺という寺の門が小高く見えた。赤く塗られた門の後は、深い竹藪で一面におおわれているので、中にどんなものがあるか通りからは全く見えなかったが、その奥でする朝晩の御勤の鉦の音は、今でも私の耳に残っている。ことに霧の多い秋から木枯の吹く冬へ掛けて、カンカンと鳴る西閑寺の鉦の音は何時でも私の心に悲しくて冷たい或物を叩き込むように小さい私の気分を寒くした。」

この西閑寺というのは、実は当て字で、誓閑寺が正しいらしい。地図でみてそれが友人の住んでいた正に隣にあることにも驚いた。

きっと彼も、その鐘の音を聴いたにちがいない。漱石と友人の姿が更に重なっていった。

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# by k_hankichi | 2017-02-04 14:02 | | Trackback | Comments(3)
疾走してゆく予感
二月に入った。相変わらず様々な事柄に追われている。今日は既に3日。あと25日しかないから三週間とちょっとだ。

師走も慌ただしいけれど、日数が短く、春への準備で忙しい如月も、疾走感ではひけをとらない。

中高生の頃は、春のクラス替えを前にして今の仲間たちと過ごす日々をカウントしていた。卒業を前にすれば、友人たちとの最後の遊びや旅行を名残惜しく過ごした。

学生の頃は進級できるかなということにもヤキモキしたし、社会人になってからは、「もうじき入社×年が経つなあ、じぶんは何なのかなあ・・・」と感慨したりした。

受験生を抱えていた頃は最終的な合否判定にやきもきし、「サクラサク」を期待する暗黙の重い空気が辛かった。

今月、そしてその結果の3月。

この疾走感を味わおう。そしてその結果の来月を楽しみにしよう。

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# by k_hankichi | 2017-02-03 07:46 | 一般 | Trackback | Comments(3)
吹雪く音で目が覚めて
朝、吹雪が部屋の窓を叩きつける音で目覚めた。

昨晩は二回ほど長湯して心身ともにゆったりしたことにしてから床に着いたのに、意外と眠りが浅く、厳しい状況と強い風の音に違和感がなかった。だから「これを解決しなくちゃ」という仕事のなかの或る宿題が、夢のなかの出来事だと気付くのに時間が少し掛かった。

宿を出る頃には雪も上がって、明るい日差しが射しはじめていた。

今日は安らかでありますように。

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# by k_hankichi | 2017-02-02 08:23 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
『野ブタ。をプロデュース』の雰囲気と全く違う、すっごいエッセイ
買い求めてみたら、あれ、これはどこかで見たような、という既視感に捉われた。

『野ブタ。をプロデュース』ならぬ、『野良猫を尊敬した日』(穂村弘、講談社)である。背表紙の字体が、ちょっと似ているだけなのだろうけれど、その雰囲気はとても近いように見えた。

そして内容は、というと全く異なっていて、穂村節炸裂の、つまりそれは僕の代弁者のようなエッセイが満載で、それだけで幸せ過ぎる気持ちになった。

みちのくの寒い雪降る夜が、南ヨーロッパの春の陽を浴びて歩む舗道のような気持ちになった。

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野良猫を尊敬した日

穂村 弘/講談社

★★★★★



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# by k_hankichi | 2017-02-01 20:51 | | Trackback | Comments(2)
養勇講礼なる政界ドラマの登場・・・『総理の夫』
政界ドラマというと、黒幕がいてそれが財界や建設業界と太いつながりを持ち、そこに銀座のクラブのホステスや愛人が絡み、全体として利権を巡るドロドロした筋書きが纏綿と続く、というものが多かった。ところがどうだ。ブログ友人のお薦めによって読んだこの小説は、明朗快活、全力前進といった感の、溌剌としたものだった。『総理の夫』(原田マハ、実業之日本社文庫)。

この作家がまさかここまで自由闊達かつユーモア満載な小説を書けるとは思ってもみなかったから、その力量と仕事の幅を見直してしまった。

鳥類学者である相馬日和は、妻の凛子が政界にデビューし、驚くようなスピードで内閣総理大臣に就任してしまい当惑しているところから始まる。弱小政党の長であったのだけれど、連立与党を組むことによりそれが実現したのだ。

凛子は、日本の未来を拓くべく、それまでの政界リーダーのだれもが触らずにいた「増税」を積極的に推進し、財政赤字の危機を乗り越えようとしていく。反対派も多いなか、彼女は自分が描く未来像をしっかりと国民に対して正面から自分の言葉で語り、人々の賛同を得ていく。

山場は幾つもある。そのひとつは総理のスキャンダルを狙って、政界の黒幕が刺客を送り込む場面。本来は醜聞を報じるべき立場にある政界レポーターが、逆に総理たちを応援する側に転じてしまうところには、心のなかで拍手喝采を送った。

そして総理夫妻の間に、新たな事柄が発生する。それは課題ではなく朗報と言うべきなのだけれど、政界や国民の反応はまちまちだ。賛否両論。

そこにぴしゃりと下命するのは、いったい誰なのか。おーおー、この次はどうなるんだい。というところで、ストーリーが終わる。放り出されてしまった感は拭い切れないが、この尻切れトンボ具合が、続編への期待感となって高まる。

養勇講礼。勇気を養いながら新たな一歩を踏み出し、互いに励まし合いながら未来に向かって頑張ろう。

そういう気持ちになっていく。

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総理の夫 First Gentleman (実業之日本社文庫)

原田マハ/実業之日本社

★★★






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# by k_hankichi | 2017-01-31 18:52 | | Trackback | Comments(2)
製造第1号の餃子たち
若き家人のうちの一人は料理好きだ。しかし餃子を作ったことはなかった。

今宵は初めてその調理を手掛けたそうで、早く帰宅出来たことから、製造過程含めて、それを目の当たりに垣間見ることができた。

少々ざっくりした刻みかたながら、味わい深く、具の野菜を仕込むときに少し塩加減がキツすぎたくらいの様相。

自分では料理が苦手なハンキチにとって、新たなる力強強い味方が加わった感がある。

ハンキチを陥落するには餃子とお酒に限る。

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# by k_hankichi | 2017-01-30 20:41 | 食べ物 | Trackback | Comments(3)
あんた、昔から車好きだったわよね
実家に立ち寄って話をしていたら、ひょんなことから自動車運転免許証返上のことが話題になった。

僕の父親はもう80歳代も最後半に差し掛かる年齢。最近世間を騒がしている高齢者の自動車運転ミスと加害事故のこともあって、そろそろ免許返上しないといけないんじゃない?ということだ。

しかし父親は、そんな諭しのことは全く意に介さず、昭和30年代の高度経済成長の時期に初めてスバル360を手に入れて以来60有余年の自動車運転歴を振り返りながら、昭和の自動車社会のことを語り始める。

彼は、おそらくいま生きている世界中の人たちのなかでも、トップ1%に確実に入るだろう長寿かつ凄腕ドライバーであり、そしてその車をなんでも自分で修理できてしまう世代の最後だと思う。

そんな父親に教育されての僕だから、自動車は自分で修理するものだと決めてかかってこれまた40年が過ぎており、「あんた、昔から車好きだったわよね」と母親から言われることになった。

母親の記憶披露独演会とあいなって、当の本人がまるっきり忘れている事柄を、どうしてそんなに覚えているのか、という、啞然を通り越して、脅威すら感じる次元の時間に突入。

たしかに、僕の車好きは父親譲りかもしれない。そして、それ以外の生きる指針のこまごまとした事柄のひとつひとつまでも、父親の影響を相当に受けていることを、改めて、しみじみと思い至った。

それほどまでに、僕という人間は単純素朴で、だから自分のアイデンティティなどというものは、有形無形なもの、あるいは、ほんとうに取るに足りないものだともいえる。
 
■"memory" by Olin Levi Warner (1844–1896). Photographed in 2007 by Carol Highsmith (1946–), Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4150818
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# by k_hankichi | 2017-01-29 22:56 | 一般 | Trackback | Comments(5)