音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち
12月になったので、友人から薦められていた、クレンペラー指揮・フィルハーモニーオーケストラのベートーヴェン第九を聴きはじめました。

聴きはじめた、ということには理由があります。いたるところに発見があり、一度や二度、聴いただけでは、まだまだ足りないからです。彼がいうように、凄い演奏。

ティンパニよ高らかに鳴り響け、だけでなく、どの楽器も喜びに満ちあふれた弾みを伴っています。ピチカート奏法の弦も素晴らしい。ホルンも美しく長く鳴り響く。こんな演奏ができたなら、皆さぞかし嬉しく満足なことでしょう。

これから、何度も何度もききこんでいきます。これから幾多も発見をします。
めぐりあい、という言葉、本当にふさわしい。

ベートーヴェン:交響曲第9番

クレンペラー(オットー) / EMIミュージック・ジャパン


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# by k_hankichi | 2009-12-07 19:53 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

帰国

2泊5日の出張(機中2泊ということ)も終わり、今朝、帰国した。

異郷の地に足を踏み入れるたびに感じること・・・「自分が異邦人であること」。
その感覚に浸ること、たったひとりで彷徨していると感じること、それはそれで刺激的である。脳が非常に冴える。精神も富に研ぎ澄まされ、敏感となる。ただ、そのままその感受性を維持していくと、おそらく、耐えていくのは難しいと思う。

さりながら、そういうことを通過して「帰国」するたびに、故郷に戻ったという安堵でほっとする(成田が故郷ではないにしろ)。そして日本人であることの言葉にできない嬉しさみたいなもの、も感じ、ちょっと恥ずかしい気持ちにもなる。

一方、そして更に感じる。日本人は、なんと真摯なのだろう、きめ細かく親切なのだろう、と。

空港で働く人たちからして、きびきびしていて真面目である。出入国審査の審査官(外国のようにダラダラしていない)、荷物のターンテーブルで荷物を仕分ける人(荷札に目を爛々と光らせ捌く)、税関吏(窓口まで入国者を丁寧に導いたりする)、バスのチケットを売る人(笑顔である)、荷物を積む人(先輩の大人がアルバイト風の学生に仕分けの仕方を懇々と教えている)、そしてバスの運転手(乗車時に一人一人丁寧にあいさつしている)。

こういうことがわれわれ日本人の特質なのだ。これを保つことはとても大切だ。このような姿勢・マインド、美徳という精神(清貧という思想も含まれるだろう)でもって、世界に対峙し、独自の高みを顕示主張できるのだ、と思う。

僕らは、自分たちが何者であるのか、もっとよく知らなければいけない。
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# by k_hankichi | 2009-12-06 15:09 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

鉄路フランスへ

ベルギーからフランスに向かう。途中にはナポレオンが勝ち上がったワーテルローもある。

EUとして経済力を増している当地。おおきな欧州はひとつかと思いきや、地面や道や川のどこからかが、国境になる。言葉も法律も生活も変わる。

文化や個々のアイデンティティーを尊重する。心の自治を守ることに熱意を注ぐ。

欧州の深遠さと不可思議さを感じる。
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# by k_hankichi | 2009-12-05 19:26 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

郷愁は呼んでいるか?

プリュッセル駅の広場やコンコースには、アフリカ系とおぼしき男たちが沢山行き交っている。

昔の007の映画であれば、ジェームズボンドに親切を働くけども、途中で敢えなく敵に殺されてしまう、皆、そんな感じの雰囲気と出で立ちである。

駅にこんな宣伝があった。

「アフリカが呼んでいる」

フランスがカサブランカを始め植民地を獲得したように、ベルギーもたくさんの地を持っていた。

真っ赤に燃えたつ空に、躍動する飛行機。こういったポスターに、彼らは郷愁を感じるのだろうか?それとも、失われた時代に歯噛みするのだろうか?
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# by k_hankichi | 2009-12-05 17:46 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

朝方のルーベン

朝方のルーベン。8時すこし前だが、まだ明るくならない。市庁舎と、もみの木が静かにたたずむ。

雨がしたたり、石畳が光る。

教会の鐘が鳴る。
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# by k_hankichi | 2009-12-05 16:12 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

欧州の街の匂い

「ふらんすに行きたしと思へども
 ふらんすはあまりに遠し
 せめては新しき背広をきて
 きままなる旅にいでてみん。」
・・・萩原朔太郎のこういう詩があった。(「愛隣詩編」から、”旅上”)

サルトルとか、トーマス・マンとか、辻邦生とかに憧れて、また、ひがな触発をしあっていた友たちの影響を受けて、なんとか金を工面し、”せつにふらんすに行きたし”、と欧州に足を踏み入れたのは、大学を卒業しようとする年の冬だった。もう30年近く前の話になる。

社会に身を転じる前に、ここで一度いかなくては、その息吹を肌で感じておかなくては、そうしないと社会に入ると、もう行くことはないのではないか?・・・そういう焦りもあったように思うし、足を踏み入れた友人と共通の感性レベル・精神レベルにならなければ、という、焦りもあった。ここでいっちょう格好をつけとかねば、という変な気負いもあった。

ソウル→アンカレッジ経由で、初めてパリに足を踏み入れたときの、あの街の空気のちがいの驚きは、いまも記憶に鮮やかに残っている。ちょっと湿った乾きなのだ。匂いが生きている、という感じだった。街路という街路、石畳、川、寺院、美術館、本屋、レストラン。すべてに独特の匂いがある。古くからしみついた人々の熱意と汗と息吹がふかくしみついている、という感じだった。

人の体臭からしても、かいだことのないような、なんともきつい、息苦しくなるようなものだった。男性はムスクというのだろうか、一種独特の、けもののような匂いがした。猫とか犬のような匂いもした。”じゃこう”という匂いなのだろうか?風呂に入っていないからなのか?

地下鉄に降り立ち、すぐに鼻をついたのは、クレゾールと小便が混じったような匂い。驚きだった。いまだもって、じわじわと湧き出てくるような感覚にある。

あの鮮やかな驚きから時が経た。なぜか欧州での仕事もときどき、ぽつぽつと入ることになり、社会人になっても技術者でも、この空気と匂いに触れることができることになった。しあわせ、というべきなのだろう。

欧州の街の匂い・・・・。これを文章で説明することには限界がある。なにせ、かいだことがないたぐいのものだったから。いまもその欧州の街に居るが、この匂いをどのように言い表すべきか、戸惑う。

この匂いを体の中に取り込んで、日本で開放するような装置を開発することができれば、”ああ、そういう匂いや香りなのだねえ”とわかってもらえることができるかもしれない。それでも、やはり、石畳やら、枯れた木々やら、カフェの木の机やら、そういったものが伴っていないと、わかりにくいかもしれない。

それだけ異質なもの。それが欧州の街の匂いだ。名残惜しくこの空気を味わっておかねば。まもなく帰国の途につく。
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# by k_hankichi | 2009-12-05 15:07 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

ルーベン

ブリュッセルの近郊都市、ルーベンに来ています。ここには、現存する世界最古のカソリック系大学(ルーベン・カソリック大学;1425年創設)があり、学問にかんして歴史深い街です。また、実業でも世界最大のビール会社インベブ[アンハイザー・ブッシュをも買収]の本社があったり、ベルギービールで有名なのステラ・アルトワ社などもあります。電子工業界の世界的な研究機関もあります。

昨日は、朝に到着してすぐ仕事を開始し、夜は、訪問先の方々や他社の方々と懇親会に出席。初めての相手と話題をつくるのは大変(眠くて眼もだんだん充血してくるし)。

しかし、つくづく思うのは、フランスとオランダ、ドイツの間に挟まれ、時に抑圧され、そして生き延びてきたこの国の人たちのビジネスの巧みさです。世界を相手に、自分たちのアイデンティティを有形無形のうちに主張し、退いてよいところは譲歩し、そして最終的に交渉に勝っていく。温厚な話し方のなかに、長年の苦節を通して自然に身に付いた生き残る底力を感じます。日本はこういう国にも学ぶところ、たくさんあると思いました。

ということで、一日なんとか乗り切り、どっぷりと寝入りました。

写真は、電車で到着したルーベン駅の駅前広場です。
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# by k_hankichi | 2009-12-04 15:05 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

プリュッセルへ

夜行便で未明にパリに到着し、プリュッセルに向かう新幹線に乗り換えた。

いま朝の8時。せっかくのフランス通過なので、ラベルのピアノ協奏曲を聴いてみている。何や?この曲、なんてばか騒ぎなのだ、と思っていたら、いやいや、第二楽章のアダージョは凄くよい。現代に通じる癒しの旋律。染みます。一楽章と三楽章のお祭り音楽は無くてよいな。

アルゲリッチの演奏、ほんとうに光る。バックはアバド・ベルリンフィル。

空は次第に明るくなってきた。

実吉 捷郎さん訳のトマス・マンの「トニオ・クレエゲル」の出だしのような天気である。「冬の太陽は僅かに乏しい光となって、層雲に蔽われたまま、白々と力なく、・・・・・時折、氷とも雪ともつかぬ、柔らかいみぞれのようなものが降って来た。」、のような感じ。
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ラヴェル:ピアノ協奏曲

アルゲリッチ(マルタ) / ユニバーサル ミュージック クラシック

トニオ・クレエゲル (岩波文庫)

トオマス・マン / 岩波書店


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# by k_hankichi | 2009-12-03 16:13 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
今日は朝から幕張にて仕事。いま、仕事を終えて、今度は成田に向かう。

幕張…。20年来、毎年この時期に必ず訪れているのだが、どうにも親しみが湧かない。来たところですぐに逃げ帰りたくなる。何故だろう。

おそらく、新市街(海浜幕張)だからかなあ、と思う。人工的な、ビジネスだけのための機能主義のところが、落ち着かないのかもしれない。

昔からある、幕張本郷という駅周辺の旧市街は、なんだか、¨昭和40年代初等まではアサリやハマグリをとりに来なさったのかい〜 ¨、というような、すこしほのぼのした、良く探検すればあじのある街に見える。

新市街のほうは、再開発して、台北のドヤ街のようなものも導入して、ごちゃごちゃした感じにすれば、もっと活き活きワクワクした、¨やるきのでる街¨に変貌するのではないか、と想うのである。

ぼくは混沌というものが好きだ。
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# by k_hankichi | 2009-12-02 17:16 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

ウゴルスキーのショパン

あまり、注意して聴いていなかったのですが、今日は、通勤時に、Walkmanに入れてあったショパンをふと聴き始めました。やけに心に響きました。

アナトール・ウゴルスキー。ポロネーズ#8,9,10(op. posth. 71)など。身体が固まった。なんじゃ、この力強いタッチと解放感は?どーだ、どーだ、といった感じ。これって、かなり凄い!1999年録音。ドイツグラモフォン。

調べたところ、ソ連のレニングラード音楽院教授だったが、反体制音楽(といってもブーレーズだのです)に傾注したかどで、演奏は初等教育の伴奏者のみに封じ込められていたらしい。1990年に亡命。でもって、いまは、スクリャービンやメシアンの弾き手としても有名のようである。

それにしても、このふてぶてしいばかりのショパンの弾きっぷり、欝屈していたのかなあ。

<ウゴルスキーによるショパン>
※このCDで、ウゴルスキはなぜか、ショパンの遺作ばかり弾きまくっている。
3つのポロネーズ(第8番ニ短調、第9番変ロ長調、第10番へ短調) op. posth. 71
ポロネーズ変ロ短調「アデュー」(第15番) op. posth.
ポロネーズ変ト長調(第16番) op. posth.
ポロネーズ ト短調(第11番) op. posth.
ポロネーズ変ロ長調(第12番) op. posth.
ポロネーズ変イ長調(第13番) op. posth.
ポロネーズ嬰ト短調(第14番) op. posth.
2つのブーレ op. posth.
ギャロップ・マルキ変イ長調 op. posth.
「アルバムの一葉」ホ長調 op. posth.
カンタービレ変ロ長調 op. posth.
フーガ イ短調 op. posth.
ラルゴ変ホ長調 op. posth.

ショパン:ポロネーズ全集

オムニバス(クラシック) / ユニバーサル ミュージック クラシック


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# by k_hankichi | 2009-12-01 21:49 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)