音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

「おめでとう」

仕事で今日は、千葉の大学に間もなく着くところである。

車中、文春文庫に収められた、川上弘美さんのこの短編集、読み終えた。

肩肘を張らず、自然体であらわしている。良いなあ。

たとえば「夜の子供」という小編。次の言い表わし、簡明だが、しゅん、と心に入ってくる。

¨私たちは、ゆうべのちらし寿司を朝の光の中で眺めているような気分で、互いの名を呼びあった。よく味はしみているけれど、ご飯一粒一粒のつやはすでに失われている、ゆうべのちらし寿司。¨

別れた恋人に久しぶりに会ったときの表現である。

「いまだ覚めず」の小編も上手い。久々に仲の良かった同性の友人(だが本当は恋人)に逢いにいき、昔のように会話し、気持ちの交歓をする。そういうときの心が踊るような、バタバタするような嬉しさ。

「春の虫」。互いに本当に言いたいことを口籠もりながら、だが、気持ちを通じあわせる。女の人同士というのは、はこんな素敵な会話をするのだろうか。

どれも、「蛇を踏む」のような力を込めて書かれているのではなく、おどろおどろしたところがなく、しつこくなく、軽快洒脱。でも、雑でなくしっかりと構築されている。

読んで心が安らかになる、実は悲しい話であっても、である。そして心がきれいになる。

今日の仕事も爽やかにできるだろう。

この素晴らしい作家に、まだ当分、はまり続けるだろう。

おめでとう (新潮文庫)

川上 弘美 / 新潮社


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# by k_hankichi | 2009-11-26 09:35 | | Trackback | Comments(0)
マネジメントや人材育成に関する書は、この世にあふれているが、先月に発刊されたこの書は、ひとあじ異なるところがあった。中原淳、金井壽宏著、光文社新書。副題は”一流はつねに内省する”。

著者は、両方とも企業などで働く社会人たちの、学習と成長に目を向けて、あたらしい見方考え方を展開している第一人者。本書は、専門用語もだいぶん入り込んでいて、ぱっと見、とっつきにくそうなところもあるが、そういったところは、読み飛ばしても、何ら問題ない。一読に値する。

肝に入ったところ。次の文言が本書のキーだと思う。

「内省的実践家の意味を取り違えない。・・・・・ハムレットはリフレクションばかりしている間に、友人がいなくなり、恋人も自殺し、決断もアクションも起こせなかった。ドンキホーテは、騎士道を信じて旅に出て、イマジネーション豊富でアクションの連続だが、自分のやっていることの意味についてのリフレクションが足りない。」

また、人の育つ環境として、自組織だけでなく、社内外の他組織と協業の場があり、適度にベンチマークや触発ができている人や組織が、もっとも活性度やモラルがあり育成の度合いが高い、というような記載もあった。

自分がなしとげた「良い仕事」、あるいは実は「よい仕事の仕方」、を互いに紹介し合う場の重要性も説いている。

そのような職場、風土にもっていきたいと、とみに思う。その適度さをうまくメンバーや各組織に伝え、設定していきたい。

次の言葉が身にしみる。反面教師にしていきたい。

あなたは、大人に学べという
あなたは、大人に成長せよという
あなたは、大人に変容せよという
で、そういう「あなた」はどうなのだ?
あなた自身は、学んでいるのか?
あなた自身は、成長しようとしているのか?
あなた自身は、変わろうとしているのか?

リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する (光文社新書)

中原 淳 / 光文社


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# by k_hankichi | 2009-11-25 22:20 | | Trackback | Comments(0)

充実と覚醒とのあいだ

週末を、いろいろな感性の触発の時間として費やし、その後に冷静になって、会社に向かいます。

空けた会社は、いろいろな蓄積、空白になっていた会話、言葉足らずな不一致、の披露の場のようになっています。

いろいろな難題、自らが不徳といたすところ、放置していた事柄を目の前にし、さぱさぱ片付けてはいけども、休みの間へ郷愁のようなものをかんじるのです。

でも、そうも言っていられない。仕事のアプローチ、やりかた、仕組みを変えていこう、と、みなに投げ掛け、自らも鼓舞するいまです。

そのようななかに、心、通じる人と語り合ることができ、なんとか、明日にアカルサを持つのです。

がんばろう!
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# by k_hankichi | 2009-11-24 23:53 | 一般 | Trackback | Comments(0)
昨日は、友人が都合つけてくれ、川口のリリア音楽ホールでベートーベン・ピアノソナタを聴く。ゲルハルトオピッツさん。

第8番「悲愴」
第14番「月光」
第17番「テンペスト」
第23番「熱情」

前半二曲。朴訥なタッチ。折り目正しくドイツの曲は、こういうふうに弾きなさい、という感じの無骨さ。うーむ、なんだか心には響かないなあ、と感じていた。

ところが、後半になると一変。増す積雪に喜ぶ朴訥なラッセル車のように、エネルギーが爆発。これまで聴いたことがないテンペストと熱情だった。熱情は激情と化し、うなった。

説明によると、彼は、ヴィルヘルム・ケンプの後継者として音楽的伝統を引き継いだとある。ドイツ正統派に感じ入った。こうなると、ケンプももっと聴きたくなる。

さて、そのあと。コンサートはマチネーだったので、夕方早い時間から、料理の旨い蕎麦屋で歓談。牡蠣鍋やらそばがきを食らいながら鹿児島・加世田の芋焼酎「縁」(えにし、本坊酒造)をお湯割で。旨かった。杜氏は黒瀬安信。

ほろよい気分で、早めに帰途についた。今回は電車で寝過ごさなかった。
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# by k_hankichi | 2009-11-23 10:39 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

「センセイの鞄」

友人に薦められた川上弘美さんの小説。文春文庫。

なんだか題名が媚びた感じがしていたので、手にとらずでいたが、友人が言うとおり、とても良い。染み渡る。自分の早計さに恥じる。

センセイとのいろいろな会話、飲み、交流を通して、だんだんツキコさんに変化がある。

気持ちの変化を味わうことが、それまた心地よい。

どうしてこんなに自然体なのだろう。さらにのめり込みが深く続きそうです。

その友人とは、これから一緒に音楽を聴きに行き、夕べからはお薦めの居酒屋へ向かうことにしています。無事、家にたどり着けるかな。

センセイの鞄 (文春文庫)

川上 弘美 / 文藝春秋


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# by k_hankichi | 2009-11-22 12:43 | | Trackback | Comments(0)
吉田秀和さんの本、「之を楽しむ者に如かず」に紹介されていたスヴャトスラフ・リヒテルのドキュメンタリーDVDをようやく観終えた。

実は、ひと月ほど前に購ってあって、はじめ軽い気持ちでみはめたのだが、テオ・アンゲロプロスの映画「旅芸人の記録」のような感覚のドキュメンタリーで、あら、これはきちんと観ないと分からなくなる、と仕切りなおしていた。

このあいだ観たアルゲリッチの「音楽夜話」は、彼女のパーソナリティがとてもよく分かるものだったが、こちらは、さらにさらにそうで、リヒテルの出自から家族のこと、歴史の渦、ロシアの体制、国外演奏の禁止、妻の証言、などなど、それはそれは重い。そして、おっそろしくおっそろしく長い。しかし、とてもとても面白い。

まず出だしがかっこよい。何せ、シューベルトのピアノソナタ21番から始まるのである。

それが終わるころ、笠智衆?かと思うような出で立ちで、画面にリヒテルが登場する。しぐさや表情もそういう感じなのだ。彼の語りは、詳細につけている日記ノートを基にしている。語りが進むにつれ、この人の音楽にたいしての想いがだんだんわかってくる。そして、その彼の悲哀の気持ちも分かってくる。

映像のなかには、32もの演奏映像シーン(曲の数もほぼ同じ)が含まれている。これを観るだけでも驚愕する。すごい指使いに乗って思考の塊が伝わってくる。

リヒテルとはいったい何者なのか?グレン・グールドがリヒテルを評しているシーン、が出てくる。彼のことばがリヒテルについての全てを語っている。(このグールドの喋りがまたまた、超カッコよい。映画俳優のようで、これだけでもファンになってしまう人がいるのではないだろうか。)

「演奏家は2種類に分類できると思う。楽器にこだわる者とそうでない者だ。前者の演奏家たちは、自分と楽器の関係を前面に押し出してそこに注目させようとする。一方後者は、技巧そのものより自己と楽曲の運命的な絆を重視し、聴衆を幻想世界に巻き込んでいく。重要なのは演奏ではなく音楽そのもの。現代で後者のもっとも優れた例がリヒテルだ。」
「リヒテルの演奏は、聴衆と作曲家とを彼の強烈な個性でつなぎ、つまりある種の導管(conduit)であり、作品の新たな面を発見させてくれる。これはあの曲か、と思うくらいにまったく異なるように。」

グールドは、リヒテルの演奏に初めて接したのは、リヒテルがグールドの演奏に接したのとおなじ、1957年だった、とも言っている。1曲目はシューベルトのソナタ変ロ長調。そこでグールドは、しばらくして恍惚状態に陥った。共存しないはずの特性が融合するのを聴いた。そして気づいた。現代が生んだ最大で最強の音楽伝達者の存在を、としている。

この曲が、このDVDの最初と最後に挿入されているのはこれが布石になっている、と知る。

ああ、アルゲリッチにつづき、リヒテル熱があがりそうである。

〈謎(エニグマ)〉~甦るロシアの巨人 [DVD]

ワーナーミュージック・ジャパン


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# by k_hankichi | 2009-11-21 16:22 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

世界に繋がった広場

以前、訪れて印象に残った広場があり、その画像スライドを”ネームカード”経由でブログに表示する機能があると知り、試してみます。新規なスライドに更新すると表示されなくなるようですが、当面はこれで。



ランボオはこの広場脇で嫉妬に狂うヴェルレーヌに銃で撃たれた。彼は決別し旅に出る。そして詩集『地獄の季節』が生まれたのだ。 (ブリュッセル/グラン・プラス)
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# by k_hankichi | 2009-11-21 10:53 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

鶴巻温泉

かなり強引ながら、縁を感じました。(いいえ、私的感情の強制注入?)

読んでいたエッセイ集(川上弘美さんの「此処彼処(ここかしこ)」)に、「鶴巻温泉」のことが書かれていてびっくりしました。

先週末、酔って乗り越し降りた駅なんです。ああ、僕は何かに導かれたのだろうか?

温泉宿のひなびた感じと近代マンション群が融合した街。そこに作者も七年ほど住んでいたそうです。

僕が知っている鶴巻に住んでいる(あるいは住んでいた)人たちは、なぜか、「温泉もある街なので(田舎なので…)」と、こころもち恥ずかしげに言うところがありますが、次からは「あっ、あと芥川賞作家も住んでいたんですよ」、と言えるなあ、とちょっと羨ましくなりました。いいなあ。

不思議な奇遇がいろいろなことを繋げ、連関性を築いていきます。この温泉、なんだかこの晩秋に無性に訪れたくなりました。

あっ、エッセイ集について。訪れた場所、住んだ場所、思い出の場所について、しみじみと描かれています。

たとえば、湯島(ぱっと車内の電気が消えて真っ暗になる銀座線経由)、ボストン(キリスト受難像へのひとめぼれ)、茗荷谷(駅前に出没する鳥[真っ白いおうむ]を肩に載せたおじさんの話)、北千住(彼とのおおげんか)、フィレンツェ(眠れぬときに想う天井画の蛸[タコ])、高井戸(ういろうを発見する話も電話ボックスの話も)。

それにしても、いまどき、「あまつさえ」、とか、「やさぐれる」、とかの言葉を自然に使える、この作家の感性が本当に、いい。

此処彼処 (新潮文庫)

川上 弘美 / 新潮社


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# by k_hankichi | 2009-11-21 08:30 | | Trackback | Comments(2)
昨晩は、あることがずっと気になり、なかなか寝付けなかった。何の感覚なのか、よくわからないもやもやした雲のよう。中味は、自省とともに、まぜこぜになった後悔、苛立ち、悩み、憤慨、悲しみ。

そういうとき、自分が砂山に埋もれているかのように感じたり、いろんなお面が浮かび上がってきたり、時間の流れる音のような音でないようなもの(さらさらみしみし)に聞き耳立てざるを得なかったりする。

こういう感覚を川上弘美さんは、きっちり描く。描き倒す。しかも自然に、気持ちが揺れ動くまさにその通りに。

ずっと前から読んでいるべきだった。

昨晩は眠る前にこの本を読了。「風花」、集英社刊。

ある男女が、それぞれ自分の気持ちをきちんと伝えきれずにいる。長くそれがつづく。しかもその理由にずっと気付いていない。

別れる。だがまた再会する。違った接し方になる。相手の名前の呼びかたも変わる。

関係が少しずつかわってゆく。そして最後にがさっ、という感じで大きな融解、気付き、許容が生まれる。

最後に救いがある、この人の小説が、好きだ。

風花

川上 弘美 / 集英社


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# by k_hankichi | 2009-11-20 07:19 | | Trackback | Comments(2)

ほめられサロン

仕事で疲れたときにどうぞ。少し前にこんな紹介記事があった。「ほめられサロン」

自分の職業にぴったりの選択肢があるわけではないが、何故かこれをやると、りきみが抜け、もやもやしている気持ちが吹き飛ぶ。

あれやこれやと、あまり考えすぎないようにしないと、と思い、再度軽く深呼吸して、胸の内もきれいにできるかんじになる。

癒しの空間、ほめられサロン。
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# by k_hankichi | 2009-11-19 08:14 | 一般 | Trackback | Comments(0)