先日も書いたことなのだが、「反省して次から改めよう」、などと言いつづけるは甘い、と友人から説かれたことがある。反省ばかりしているのは、きちんと都度考えて動いたり、行動したりしていないからだ、ということだ。

たしかに「反省した」と周囲にいうのは、一見、潔いようでいて、もっともずるい逃げ口上なのかもしれない。僕自身、それ以来、公私ともども、そういうことがないように、いまの気持ちはいったい何なのか? 何を決断したり選択したり行動したりすればよいのか、を考えて進めるように努めている。責任を持ち、そして悔いるようなことにならないようにすること。

またさらに、そのときに感じていた真実の気持ちとは裏腹に、上っ面の一時の気の緩みや弾みで、何かをしてしまうことも無いようにしなければ、とも思っている。つまりは、いつもきちんと判断し、選択、行動を重ねていくということだ。もちろんそれは、傲慢や自己チューと紙一重になる危険性もあることに、常に留意しながら。

いまのところ大丈夫・・・、かな。
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# by k_hankichi | 2010-02-19 07:28 | 一般 | Trackback | Comments(2)
プルックナーのミサ曲に続いて、モテット集を聴いている。

maruさんのブログに有った、かぐら川さんのコメントに、もしや良い曲?、と軽い気持ちで手にしたものだが、想像を絶する素晴らしき曲。感謝感激です。

前半の数曲は、新しく発見された中世のグレゴリアン・チャントの新編曲だと紹介されたら、十中八九、そう思い込むだろう。後半になってから、ブルックナーらしい和声が登場するが、その瞬間、中世から19世紀後半に一気にタイムトラベルしたような不思議な感覚に捉われる。

どの曲も、純粋で、透き通る。

教会の伽藍にこだまし、ステンドグラスを通して天空に放たれた歌声は、透明な羽根とともに優しく芳しく万人に降り注ぐ。

ロンドン、セント・ブライド教会合唱団。オルガン:ロバート・ジョーンズ。録音:1994年1月@同教会。
 1. 正しい者の口は知恵を語る WAB30
 2. この場所を作りたもうたのは神である WAB23
 3. 主よわれらを解き放ちたまえ(ヘ短調、 1854) WAB22
 4. アヴェ・マリアヘ長調 WAB6
 5. 見よ、大いなる司祭 WAB13
 6. 王の旗は翻る WAB51
 7. 救いたまえ御身の民を WAB40
 8. おとめたちは王の前に招かれん WAB1
 9. パンジェ・リングァ WAB33
 10. おおマリア御身はなんと美しく WAB46
 11. エサイの枝は芽を出し WAB52
 12. 私は僕ダヴィデを選び WAB19
 13. すでに明るく星は昇り WAB18
 14. タントゥム・エルゴ WAB41
 15. キリストはわれのために死につかせたもうた WAB11

追伸:
このCD、僅か1200円で新品を手にできるとは、この上なき幸せ。

※WAB=Werkverzeichnis Anton Bruckner。R.グラスベルガー(Renate Grasberger)が整理編集した作品目録番号。

ブルックナー:モテット集

ジョーンズ / Naxos

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# by k_hankichi | 2010-02-19 00:03 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

方位、方角、定位

「雪になる」、と友が予見した通り、今朝は雪。僕は、犬が雪の上を駆けまわる気持ちがよくわかる。雪が好きだ(ついでに言えば雨も好き)。

このように一面雪景色になると、だれもがその新しい、隠されていた地形の美しさに目を見張る。だが一方で、方位や方角を見失う感覚にも陥るだろう。

でも、どこに居ようとも、僕らは進んでいる方位や方角を、見失わないようにしたい。そしてまた、気持ちの方位や方角も。

先日読んだ堀江敏幸さんの本「一階でも二階でも・・・」のなかにも、次のようなことが書いてあった。

全体座標系の上でどちらを向いているかの認識(方位や方角)がなく、さながらカーナビが指し示す向き(方向)に向かうことではいけない。そしてまた、全体のバランスのなかでの左右遠近含めた位置の認知(定位)なしに、進むがままに任せていること(定向)ではいけない。

会社の中での仕事に置き換えてみても同じだろう。上がいうままに行動するようではいけない。自らの立ち位置や目指す方角を常にきちんと意識することの大切さ。

このことが指す意味は重い。
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# by k_hankichi | 2010-02-18 08:24 | 一般 | Trackback | Comments(0)
さいきん、寝起きに、布団の中でつらつらと想いをめぐらすことがある。

めぐらす、といっても、次々に浮かんでくる物事を、あたまの中で、ごろごろと好きに遊ばせている、という感じ。いろいろ人が登場したり、羊が出てきたり、場面は次々に移り変わる。時には夢の延長のような、たわいもない出来事についての挿話のようなものだったりする。

まあ、ぬるめの温泉に浸かっているときのような感覚。この朝の時間がなんだか好きだ。

考え事で、まんじりともできぬ眠られない夜があるとすれば、朝のこの時間は至福である。

論理的な帰結を必要としない、感性の世界。生きていることの何かが秘められている世界。「意味や意義」などの説明を必要としない、つらつらとしたひととき。
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# by k_hankichi | 2010-02-17 07:50 | 一般 | Trackback | Comments(0)
掘江敏幸著、中公文庫。

このひとのエッセイを読むたびに、ぼくはその洞察力と機知の併存に舌をまく。それは読み込まれた文学、哲学の深さにも支えられていると思うが、それだけでなく、まさにそれだけでは全然なく、それを自分の日常的な思考に落とし込み、きちんと咀嚼して自分のことばに構築し直して語っているからなのだと思う。

夏目漱石が文学論の中で、小説で重要なのは「F +f 」(Factとfeeling)の併存である、と記していたらしいのだが(失礼、僕はまだ読んでいません)、堀江さんのエッセイは確かにそれが成り立っていると思う。

そしてもうひとつの堀江さんの特徴は、そのfのなかに「過去の記憶」「心の奥底で震える追憶」のようなものが必ず入っている、ということだ。堀江さんはものごとの表面の美しさにひかれると同時に、その内面に存在する時の流れのようなものに思いを馳せている、そんな気がする。

美しいものが短期間に出来上がったのではなく、長い熟成をかけてそこにあることを知っている。そして、ときにそれが将来、どのような形態に変化していくのかということまでも予見する。

「回送電車」という副題がつけられているこの書は、そういう、過ぎ去った過去に、通り過ぎた経路に、思いを遣りながら、これからその線路が繋がっていく先、電車(ものごとあるいは自分)が明日走り向かう先を、目をつむりながら想像する、そういうような感じの作品だと思った。

一階でも二階でもない夜 - 回送電車II (中公文庫)

堀江 敏幸 / 中央公論新社

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# by k_hankichi | 2010-02-16 01:41 | | Trackback | Comments(0)

西に

今日は昼過ぎから名古屋へ向かっている。

昔と比べて、列車が疾走する音が、高音になり、連続的に、未来的に、機械的になったような気がするのは僕だけだろうか?

上り下りの車両がすれ違う際も、そうである。

単なるスピードアップの効果ではない、流体力学を考慮しきった、風切り音の低減の果て姿かもしれない。

本当に空を飛ぶかのような、ふわふわした感じがある。昔はもっと、どっしりしていたような。

僕は、雨降る東海道を疾走する。いや、飛翔している。
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# by k_hankichi | 2010-02-15 13:32 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
家人が「のだめカンタービレ フィナーレ」を観ているのを知っていたが、アニメでしょ・・・、とちょっと敬遠して観ることもしていなかった。ところが今朝、観ることとなった。バンクーバー・オリンピックのショートトラックで日本勢が男子、女子ともに敗退したところで時間をもてあまし、モーグルの決勝までの空隙をこれで埋めようかな、としたのである。

よかった~! これはさわやかである。のだめちゃんのピュアな感性がはじけ飛んでいる。配役もきちんとしている。ドラマしか観ていなかった僕は、正直恥じた。たしかに、これは原作はコミックなのであり、こちらのほうがオリジナルに近いわけなのだ。アニメといえば宇宙戦艦ヤマトで打ち止めだった僕は、正直、目からうろこが落ちました。

ストーリーもおもしろいが、音楽の選択もすごい。そしてそれぞれの演奏家の演奏も、技量・身の丈に合った音が吹き込まれている。うまい下手がきちんと区別されているのだ。こりゃあ参りました。ピアノの指使いまで実に忠実である。

一挙に第1話~第5話まで観てしまった。これから毎週、目が離せません。

この番組、ホームページは、http://www.nodame-anime.com/ ですが、画面左端にmenuタグがあり、ここに音楽紹介の欄がある。アニメを観た後にこれを眺めて振り返ると、さらに、「あ~、良いなあ~、この曲も、また聴きたいなあ~」という感慨に浸ります。僕のその感慨は以下です。

第1話:バッハ ピアノ協奏曲第一番 ニ短調BWV1052
第2話:スカルラッティ ピアノソナタ ニ長調Kk.96, ハ長調Kk.159
第3話:バッハ イタリア協奏曲 ヘ長調BWV971
第4話:マーラー 交響曲第2番 ハ短調 「復活」
第5話:シューマン クライスレリアーナ 作品16
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# by k_hankichi | 2010-02-14 18:25 | テレビ番組 | Trackback | Comments(0)
今朝の起きがけの夢。空港にまつわるオムニバスだった。

■兵士の想い
空港の近くの宿舎に控えているロシア原潜の若い水兵たち。水兵たちは机ひとつほどが入る大きさの個人領域が与えられている。皆、コトリとも物音立てずに、静かに机に突っ伏して寝ているか、本などを読んでいる。

兵士は静かにしていなければならない。そう指示されている。誰の机の右奥にも、上着がきちんと畳まれて置かれてあり、その上に帽子が乗せられている。僕は一番近くの領域にいる水兵に名前を問うた。「イヴァン」と答えた。「関係者以外には、みなそう答えるように命じられているのだろうな」と僕は感じた。

そのとき召集がかかった。兵士たちは無言で二列に隊列を組み、グループ長が長い廊下を導き始めた。走る。加速する。彼だけが知っている駐機場に向かっている。でも、飛行機はどこに向かうのか?そのことはグループ長も知らない。

そんななかイヴァンは必死でグループ長を追って駆け足している(彼の名は本当にイヴァンだった)。しかしなかなか追いつかない。間隔がどんどん開く。そのとき彼は思っていた。「ああ、もういっそうのこと、列を見失ってしまおうか」、と。そして「まだ見ぬ地中海の南を目指す飛行機のほうに乗ってしまおうか」、と。

■素っ気ない審査官
その空港はスペイン語圏にあった(案内標識も何もかもがそうだから)。僕はフランスに向けて出国しようとしている。出国審査のカウンター。「フランス入国に必要な書類はきちんと持っていますか?」とフランス側の審査官(女性である)ににっこりと尋ねられる。

身上書、居住予定地などの書類を出さねばならない。鞄の中でばらばらになってしまっていて、書類を出すのに手間取った。「あなた、それでもフランスに来ようというきちんとした気持ちがあるの?」と審査官の口調が厳しくなった。ぼくは、慌てながらも「ほらこの書類ですね」と差し出した。相手は、しぶしぶした顔をしながら「えー、そうかしら、なにか足りないかな・・・いえそうね、これでよいのよ」とそっけなく答えた(何が必要なのか本当のところ分かっているのだろうか?)。審査官はパスポートに印を押した。

ボンボヤージュの言葉は無かった。フランスは遠く厳しい世界なのか。

■マッチョたちの会話
空港のなかのエレベータ。入るといきなりマッチョな二人の兵士が小さめの機関銃を両手に持ちぐるぐると回しながら椅子に座っている。彼らもロシア系である。「怖がらなくてよいよ、警備だ」、という。エレベータに乗りこんできたもう一人の年配の旅行客は、明らかに委縮している。

兵士たちは会話している。「ロシア連邦で一番南西はどこだか知っているか?」、「ダカスタン共和国」、「そうだよ」。「では、一番の南東は?」、「満州かな」、「うーんそうだろうな、満州だな」。

ぼくは、ロシアのバイカル湖をさらに超えたツンドラの地の先を思った。「プリモルスキー地方」だ。

■フランスおばさんの気立て
エールフランスのラウンジはゲート2Bの隅にある。なかなかたどりつかない。ヨーロッパの空港はどうしてこうたくさん歩かせるのだろうか。通路の中央に沢山の土産物の陳列があり、どこが人の通り道がわからない先に、その入口があった。

チケットを見せると、受付の、ちょっとオシャレな年配のフランス人おばさんが、ひとかかえするほど大きな柔らかそうなパンを僕にくれようとした。「これはエールフランスからのサービスよ」。そこでちょっと何かを考えたらしく、パソコンをみながら、「あー、あなたはこういう嗜好なのね」とつぶやき、その大きなパンの塊を四分の一ほど大胆に手で割き、「あなた、ここに餡子を載せて食べるといいわ、ここにはあるの、ほら日本の餡子が。美味しいわよ、フランス風アンパン。」といって僕にウインクした。ぼくは嬉しくて、またたく間にフランスへの愛着とあこがれが元通りになった。

・・・・皆はどんな夢を見ているのだろうか?
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# by k_hankichi | 2010-02-14 09:01 | 夢物語 | Trackback | Comments(0)
辻邦生著、中公文庫。「生きて愛するために」は、1994.1月から7月までの新聞連載を本にしたものだったが、ちょうどそのころに辻さんは「小説の魅力」と題する講演を行っていたそうで、それを奥様の佐保子さんがまとめられたのがこの書である。夫人としては辻さんの遺著であるとしている。

ここでは、小説をしるす気持ちの背景をとつとつと、ときに熱く語っている。若い人たちに伝えたい思いも明らかになる。

次の一節には胸が熱くなる。
「アテネの町に入ったときに、パルテノンの神殿がアクロポリスの丘の上に建っていて、それを下から見た瞬間に、révélation(啓示)の光、ある不思議な光が神殿からぼくの胸を貫いていった。非常に美しいものを見た瞬間にだれしもが感じる喜びの感じと、輝かしい晴れやかな感じと、躍り上がるような感じを一緒にしたようなものが、僕の胸に流れてきたのです。結局、それがどういうものだったのかを考えるのが、その旅の間、それからパリに帰ってからのぼくの仕事になりました。」

そして、この言葉が突き刺さる。
「・・・心の中にしっかり入って、自分の想像力が生んだイメージによって書けるかということです。かつての思い出、かつてのたくさんの出来事、パリでの恋愛事件、雨のしぶきも全部自分の心のなかから出てきて、それが「言葉の箱」のなかに入れられていけば、必ず力強いものが生まれる。外との切断をどうやって、自分がどう無のなかに立って、自分の小説の世界の出来事の舞台を浮かべるかということです。」

さいごに辻さんは三つのことが大事だと締めくくる。「詩」を体全体に満たすこと、自分をつき動かしている目的意識=「根本観念」を大事にすること、さらに、「言葉」によって新しい世界を新しい人物をつくっていこうとすること。そして、そういう三つのものを持って、ひとつひとつのévénement(できごと)をつくることなのだと。

僕は読み終えて、深くため息をつく。最高の、貴重な考えを教えてもらった感慨とともに、素晴らしいことを知ってしまったことから始まる、ある種の躊躇いとともに。

言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)

辻 邦生 / 中央公論新社

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# by k_hankichi | 2010-02-14 01:09 | | Trackback | Comments(0)
昨夕の市ヶ谷では、昨年末に開催した或る技術シンポジウムのレビューに続いて御苦労様会。お堀端にある魚料理の店。委員の仲間と酒を肴にくだけた。

そのようななか、宴の最後で、突然、花束を渡された。今回で長を下り、委員も辞するからなのだが、胸の奥が少し熱くなった。そこからは何をしゃべったのか覚えていない。でも、とてもよく分かったことがある。人間は、自分自身のためではなく、人のために在る、ということ。人や周囲に尽くすことがいかに大切なのか、ということ。
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# by k_hankichi | 2010-02-13 23:31 | 一般 | Trackback | Comments(0)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち