音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

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落語好きな友人とブログ知人に触発されて、昨日、足を運んだのは、浅草演芸ホールの夜の部。初めてそこを訪れた。

楽しんだ。久しぶりに嬉し涙が沢山溢れて、友人の言う如く「日々に蓄積した全てのストレスが解放される」ということになった。

<構成>
落語:林家つる子・・・この人の快活さはとても気に入った。好みである。
落語:林家うん平
漫才:米粒写経・・・健康さがとてもよい。
落語:林家木久蔵・・・お父さんのことを想い出して、それだけでも楽しめた。いい男だ。
落語:柳家小団治
マジック:アサダ二世・・・脱力感が途方もない。
落語:柳家権太楼
落語:柳家さん喬
紙切り:林家正楽・・・力量を誇示しない謙虚さが心地よい。
落語:林家三平・・・がんばれー!
(中入り)
落語:林家鉄平・・・この脱力感は僕はとても好みである。
曲芸:翁家勝丸・・・肩肘張らない気さくさ。
落語:柳家三三・・・颯爽さが好みだ。
漫談:ペペ桜井・・・とても僕好みである。
落語:柳家喬太郎・・・ひょうひょうさが良いなあ。
曲ごま:三増紋之助・・・頑張り家さんの憎めない芸風。
落語:林家正蔵・・・番町皿屋敷はやっぱり楽しめる。

神奈川に住んでいたころに比べれば、めっぽうアクセスが良くなったこの下町界隈。これから、たくさんお世話になりそう。自分自身の蓋を突破しえる何かがここにある。

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by k_hankichi | 2017-08-17 07:01 | 街角・風物 | Trackback | Comments(6)
橋を渡れば大手町で、皇居ランナーたちが跋扈する混雑度が想像できて、だからずっと避けていた。今日は絶対に狙い目だと見定めて、大雨振るなか目指したのが内神田の銭湯『稲荷湯』だった。→http://www.1010.or.jp/mag-tokyosento-inariyu/

暖簾をくぐって入ってみると、やさしそうな女将さんがカウンターに座っていた。銭湯巡礼のスタンプ帳を差し出せば、ここに押すね、としっかりと押印してくれる。気さくな雰囲気に胸を躍らせ中に入ると、人っ子一人居ない。

ジェットバスもある湯船を独占し、あちらこちらと動き回り、唸り声を挙げながら42℃の湯を楽しんだ。酒を飲む前の銭湯が最高なことは言うまでもない。

そして足を延ばしたのが、鶯谷の『鍵屋』。大分前に雑誌で目にしてから、いつか訪れてみたいと思っていたのだけれど、黒板の壁と板塀が美しい外観、内装、そして大将と女将さんの職人気質な接客に、酒を飲まずとも唸り声を挙げた。

瓶ビールのあとは、辛口の燗酒(大関)を頼み続け、いつしかその場は昭和大正に戻っていく。歴史が刻んだ素朴な味に、心身にまだ残っていた疲れも雲散霧消していった。

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by k_hankichi | 2017-08-16 09:40 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

終戦記念日の朝に観た夢

10年前に、自分が長らく敬愛してきた作家が他界した(実際にではなく夢のなかの設定として)。そして今日、その未亡人だという人に街路で偶然出会う(銀座並木通りだ)。もう70歳を超えているのに凛とした佇まいで、その和装は気品に満ち溢れている。出版社の編集者とおぼしき女性と連れ添って歩いている。

僕と友人は、互いに故人の作品のあれやこれやについて、その未亡人に語り掛る。途中、友人に対して「こないだ出たあの記念書籍、良さげだよね」と言うと、「はんきち君、まだ買ってないの?僕はとうに読んだよ、良かったよ。」と返ってくる。そういうやりとり含めて彼女は黙って耳を傾け、ときおり目を閉じながら静かに息をしている。

「あなたがた、いらしゃいよ、うちへ。」

そして突然そう声を掛けてきた。ええ?良いのでしょうか、と言い乍らも僕らは胸を昂らせて彼女のあとを歩んでいく。

山の手のお屋敷町と思しき場所にその家はあった。

「主人が亡くなって10年。屋敷を改装して、その半分ほどを主人の記念館にしますの。」

中に足を踏み入れてみると、いたるところが書架になっていて、記念館として陳列対象とする書籍が並べてれている。作家の作品のみならず、彼が好んだ文学者や芸術家の書籍も並んでいる。手紙類も公開される計画になっているそう。

「ああ、この本懐かしいね。学生時代に読んだね。」
「これ、彼も好きだったのかあ、知らなかったねえ。」

書籍の前を歩きながら、そして時折手に取りながら語り合う。

すると、ひとつの廊下の先に、もう一つの書庫があるらしいことに気付いた。薄暗がりのなか、書架の端が見え、そこにも本が並んでいることが、ぼうっと浮かぶような感じながら見えてとれる。それらの大部分は麻の紐で横に束ねられているようだ。僕は一歩二歩とそちらに歩こうとする。

「そちらには、入ってはなりません。」

未亡人は、思いのほかしっかりとした響きで僕に声を掛けた。びくっとした顔で彼女を見やると、翳のある哀しい面持ちでこちらを見遣っている。

「あの書籍群は、まだ人にはお見せできません。」

僕のほうが背が高いのに、なぜか、彼女を見上げるような感じで、その顔を見た。どうしてなのか、と訊ねたくなった。

「主人のなかに、別の人が住んでいる・・・・」

僕の疑問を見越してか、独り言を呟くように言い残してその場を立ち去った。

作家のなかにある別の世界。それは何なのだろう。その間、編集者と話をしていた友人が僕の所に戻って来てぽつりと言った。

「彼の世界はまだまだ奥が深いみたいだ。僕らに見えていたものは、その一部に過ぎない。」

そこで夢から覚めた。

いつもよりも殊更に涼しい風が窓から流れ込んでいる朝だった。寒気すらした。

■写真は、この夢とは関係ありません(直接には)。
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by k_hankichi | 2017-08-15 10:56 | 夢物語 | Trackback | Comments(7)

米寿の祝いに想う

今日は父親の米寿の祝い。親族一同(といっても僕ら兄弟のそれぞれの家族一同だけれども)が久々に一人残らず集まっての楽しい場となった。

台湾で生まれ、現地人との軋轢も経験しながら若くして自分の意思で予科練を選び、一人本土に渡った彼。

軍隊予備役での厳しい生活、戦前戦後の厳しい暮らし。苦学しながら大学を終え、東へとその生活の拠点を移してきて、そうして母と出会い、僕らが生まれ、高度経済成長のなかを馬車馬のように過ごしながら家庭を支えてきた。

仕事を引退してからようやく落ち着いた暮らしを取り戻したけれど、それもつかの間、幾つかの病いも患った。

近代医学の粋は素晴らしく、何度もの危ない状態を乗り越えて現在に至っているが、流石に寄る年波には勝てず足腰だけは弱ってきた。それでも自動車運転免許の更新をし、相変わらず精神はかくしゃくとしていて僕の母や周囲を驚かしている。

数奇な運命を辿りつつ、エンジニアというものはこういうものだ、ということを暗黙に指し示し、口数がほとんどないなか、僕ら兄弟を育てていった人のことを僕は尊敬する。

生命の長い営みのなかのつらなりの一つに過ぎないのかもしれないけれど、この繋がりが僕の現在を支えていて、だから無条件に父親のこれまでのことに感謝する。

僕らの気持ちがどれほど通じたかどうかはわからないけれど、これからももっともっと長生きをしてほしいと、深く祈念した。

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by k_hankichi | 2017-08-14 20:38 | 一般 | Trackback | Comments(4)
晴れ渡った夏日に、これまで機会が無かった日本一のタワーに初めて登りにいった。上ると言ってもエレベータが350メートルまで50秒ほどで運んでくれるので、何の苦労も要らなかった。

高みの見物ができるかなと思って、ガラス床の階(フロア340)に足を運んでみれば、眼下は遥か彼方。「ぞわぞわ」、という次元を通りこして気持ちが悪くなり気が動転する。こんなにおっかないことがあるのか・・・。

その場所からまずは三歩も四歩も遠ざかりながら、視界のはずれにそれが動かぬことを見やりつつ歩き去ろうとした。

そのとき、である。

一緒に行った連れの者共は、あろうことか、そのガラス床の上に伸び伸びと足を拡げて、ポーズを取っているではないか。

「え”~。やめろ、危いぞ~!」

声をかけるが、そんなことはどこ吹く風とニタニタしている。おかしい、こいつらは頭のねじが外れとる。

と、そこに、ガラス床に人々を案内していた説明アテンダントがジャンプし、その透明なる床の上ドンっと飛び乗った。400kgまで耐えられますとか何とか言って説明している。

「何を考えているんだお前は~!」

目が飛び出るほど驚いて、心の中で叫んでその女性を睨みつける。しかし彼女は満面の笑顔。

人から聞いたような前提条件をどうしてこの人は信頼してしまえるのか。一点の曇りもなく言われたことを疑わない、という人たちがいることに驚愕する。

だから、この国民はお上の言葉に何の抵抗もなく受け入れて妄信的にさえなってしまうのだ、自分で完全に確証を得るまで仮説検証をしなさい、高等教育ではそう教わっただろう。

一切の後ろ髪も引かれずに、身も心も虐げられたイタチは、そそくさとその場から逃げ去った。

とかくこの世は怖ろしい。南無阿弥陀仏!

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by k_hankichi | 2017-08-13 19:04 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

何度も頷くコラム集

『直観はわりと正しい』(内田樹、朝日文庫)を読了。

政治の世界で起きていることは、ちょっと前と今と全く変わらないが、もしかするとそれは人類の文明や国々が発展してきた長い長い歴史のなかでも、最も変化がないものかもしれないなと悟った。

“総選挙を前に多党乱立、合併連衡の混沌が広がっている。政党名も選挙公約も、人によっては所属政党も「日替わり」というめまぐるしさである。原発、消費税、TPPが争点らしいが、どの候補者がそれぞれどういう立場を取っているのか、いつ、なぜ「前の看板」をはずして「今の看板」につけ替えたのか、ほとんどの有権者はよくわかっていないだろう。先の政権交代以来、選挙公約を次々に反故にしてきた政治家たちのの子言葉の軽さが、有権者たちの政見をまじめに聴く意欲をそいでいるのである。”(「大市民のための政治・経済論・・・「現在主義」の政治家たち」から)

骨太な政治というものが存在しなくなって久しく、海外のどこかの国とほぼほぼ類似してきたようで、なんだか遣る瀬無くなってきた涼しき夏の朝だ。

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by k_hankichi | 2017-08-12 09:12 | | Trackback | Comments(0)

ゆるゆると始める夏休み

今日は昼下がりから東京の天空に集まっての食事。曇天の下に拡がる東京の街は、休日の静けさに囲まれ、暑さから一息ついての時間が流れていた。

外に出ると、人形が列をなして並んでいて、ああ、親子で楽しむ夏休みを迎えているんだな、と分かった。

僕もこの夏休み、心身をゆるゆると休ませ癒していきたい。

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by k_hankichi | 2017-08-11 20:41 | 食べ物 | Trackback | Comments(5)

久しぶりに荻生徂徠訓

昨日は、会社でお世話になっている上のかたと懇親の場を持った。

ずっと違う部署だったから普段はあまり話すことがなかったのだけれど、予想外に打ち解けてしまい、あっという間に五時間が過ぎていた。その間かなり強い酒を相当な量飲んだことになるが、なぜか頭が痛くなるようなことはない。

思い返すと、このかたは非常に聡明で明朗、かつ経営手腕も素晴らしいのに、偉ぶるようなところが全くない。

久しぶりに荻生徂徠のことを思い出した。昨日の彼には出来ているように思った。僕もこういうような行動ができるようにならなくちゃあなあ。感慨を噛み締めた。

一、 人の長所を初めより知らんと求むべからず、人を用いて初めて長所の現わるるものなり。

二、 人はその長所のみを取らば、すなわち可なり。
短所を知るは要せず。

三、 おのれが好みに合う者のみを用うるなかれ。

四、 小過をとがむるなかれ。ただ事を大切になさば可なり。

五、 用うる上は信頼し、十分にゆだねるべし。

六、 上にある者、下にある者と才知を争う事なかれ。

七、 人材は必ず一癖あるものと知るべし。
ただし、その癖は器材なるがゆえに、癖を捨てるべからず。

八、 かくして、上手に人を用うれば事に適し、時に応ずる人物、必ずこれにあり。

九、 小事を気にせず、流れる雲のごとし。

■夏の上野のモニュメント
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by k_hankichi | 2017-08-10 06:12 | 一般 | Trackback | Comments(3)
佐藤正午の『事の次第』(小学館文庫)を読了。男女それぞれが、無意識のうちに抱えている心の声が、ふとした瞬間に明るみに出る、というような立てつけの連続短篇だった。

登場人物たちの関係が複雑に絡み合っていて、そしてそれも時系列がバラバラだから、読んだあとも何がどうなっているのか掴めずに放心状態となる。それでも楽しめるのは、著者が人生や恋愛の本質を、諦観と共に直観的に見極めているからだろう。

「起こるのはいつも心の中でいちばん恐れていることだ」

という言葉がひとつの篇「姉の悲しみ」のなかに出てきていて、ああ、そういうことはあるよなあ、と妙に納得して、それがいつまでも心に残った。

どうして人間というのはそうなのだろう。悪いことを考えていると、それが起きる。いやだなあと思っていると、それが目の前に現れる。これ面倒だなあと考えていると、その出来事に巻き込まれる。

人間、前向きに前向きに生きていかないといけないんだよ、それがどう儚いもの、無為なもの、非効率なものであろうとも。

そういうことを改めて教わった。

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by k_hankichi | 2017-08-09 00:27 | | Trackback | Comments(2)

怪談への感度:ほぼゼロ

ミステリー作品はおっかないので大抵は遠ざかっている僕が手をだしてしまったのが怪談の小説。嵐の過ぎゆく夜、読了。その名もずばり『怪談』(小池真理子、集英社文庫)。

七つの短篇からなる。どの作品も、この世から去った人が目の前にふっと現れ、いろいろとちょっかいを出したり、あるいは何もせぬまま喜怒哀楽を寄せていくというようなもの。

僕はここで漸く悟った。

怪談には耐えられる。というかちっとも怖くもなくオッカナクもない、なんじゃそれ、という感じだ。

子供の頃を思い返した。遊園地や学園祭のお化け屋敷を訪れるたびに、なんだか全然怖くないなあと常々思っていたことを。周囲の人たちが大仰に叫び声を上げたり、真に怖ろしそうにしているのを間近に眺めながら、自分はそこから取り残されて一人ぽつねんとした気持ちになっていた。

浮世離れした出来事やら、何やら脅かそうとしているものどもに対しては、まったく感受性が無いのかもしれない。

良いことなのか、悪いことなのか。わからないけれども、この歳になってようやく事態を認識し、新たな発見をした気分になった。

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by k_hankichi | 2017-08-08 08:14 | | Trackback | Comments(6)