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小林、吉田の系譜

松浦寿輝の初期の小説集『幽(かすか) 花腐し(はなくたし)』(講談社文芸文庫)は、1998年から2000年にかけて書かれたものだった。世の中はちょうどミレニアムということについて浮かれたり騒いだりしている頃合い。一方でパソコンやコンピュータシステムが2000年になると誤作動する可能性があるとされY2K問題として杞憂され、そこに向けてできる備えはするものの実際には来てみないとわからないということになって、おっかなびっくりその年を迎えたものだった。

作者はそのころ45歳。いまの僕よりもずっと若く、しかし小説の文体、形態、構成にさまざまな挑戦を企てていたことが分かる。

巻末の解説のなかで、三浦雅士が、松浦の文学は吉田健一の系譜にあるとしている。これにはなるほどと思った(おなじく古井由吉の文学は小林健一の系譜にあるとも言っている)。

次のように書かれていた。

“吉田と松浦のこの呼応は鮮やかというほかない。李白まで応援に駆け付けている。むろん本歌取りは本歌そのものではありえない。松浦にあって吉田にないものがある。悲哀である。松浦の文体から漂う悲哀は、吉田にはない。吉田はそういった悲哀は近代の感傷として嫌っていたと思える。だが、私には松浦の文体に底流する悲哀、すなわちその時間論の悲哀は、生命そのものの悲哀であるように思える。(中略)人間の探究、言語の探究、時間の探究において、この二組は同じようなかたちで、それこそ平行四辺形を描いて呼応しているのであり、このような呼応こそ文学史が訪ねなければならないほとんど唯一の水脈ではないかと私は思う。そしてその呼応にいて、古井は小林から一歩進め、松浦は吉田から一歩を進めているのである。私にとってこれは素晴らしい眺めである。”

そぞろ、嬉しい気持ちで満たされた。

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by k_hankichi | 2017-05-31 00:27 | | Trackback | Comments(2)

BBPPも独自だった

ピコ太郎のPPAPが流行っていた昨年の作品だということで二番煎じ物かと少々焦ったが、本の奥付をみたら2016年5月の文芸誌に初出。あちらよりも3ヶ月は早い上梓で、だからアルファベット四文字作品としてはこちらが老舗だ。そしてそれは、まるっきりぶっ飛んで超越していた。『BB/PP』(松浦寿輝、講談社)。

星新一の未来小説のようなトーンで始まり、人間の(男の)願望が叶えられていく陶酔の世界になっていく。ギヨーム・アポリネールの『一万一千本の鞭』の世界になるのだね、と思うのもつかの間で、すこしづつシニカルなトーンが混じり始め、そうだったのかと気づいた時には、そこはもう仮初めなのだ。男の願望ロマンは悪夢のように崩れ去り、イカロスは失墜して終末を迎える。

それにしてもこの短篇集、読ませてくれ楽しませてくれるものが散りばめられる。教鞭をとるのを辞め、しがらみから解き放たれた芥川賞作家の真骨頂だった。

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by k_hankichi | 2017-05-30 06:37 | | Trackback | Comments(0)

煽られると弱いさがの露呈

日曜日は居ても立ってもいられなくなり、神田・岩本町の「ファミリー・バザール」に足を運んだ。前日のテレビ「出没!アド街ック天国」(テレビ東京)で取り上げられていたからだ。
http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/backnumber/20170527/

番組で煽られただけで出かけてしまうのは、やはりこういう国に住んでいるからなのかなあと、読み終えた本の余韻があたまをかすめた。

訪れてみれば、押すな押すなの人の波で、ここはアキバの電気街・オタク街・新人類街なのかと思うほど。僕と同じきっかけと思考でここに来た人たちがたくさんいることは、零れ落ちる会話の数々から手に取るようにわかる。扇動されると従ってしまうということだ。

結局、訪れた家人と二人で、衣類やら革製品の小物を抱えて帰還していて、延髄反応的に行動する自分の単純さを改めて思い知った。

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by k_hankichi | 2017-05-29 00:24 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

双方を、官軍民すべてを、如何に異常にさせてしまうか

丸谷才一の『星のあひびき』(集英社文庫)を読んでいて、どうしても手に取りたくなったものがあった。『昭和史の大河を往く ~第七集・本土決戦幻想・オリムピック作戦編、第八集・同・コロネット作戦編~』(保阪正康、毎日新聞社)。

僕の父親は曾て海軍飛行予科習生で、もちろん自ら志願してそこに所属し訓練に明け暮れていた。もしあの戦争が長引けば、僕自身が生まれることもなかったし、もちろんここにこのような事柄を書いていることもない。

だから、あのころの人たちがどういうふうにあのように突き進んだのかは、すこしでも理解したかった。

日本が無条件降伏をしなければ、連合軍は、11月1日に九州に上陸し(オリムピック作戦)、そして1946年3月1日には関東に上陸して(コロネット作戦)、欧州戦線さながらの地上戦を繰り広げ、殺戮と破壊を総力を挙げて突き進んでいたという。その準備の周到さを知るだけでも戦慄するが、それを迎え撃とうとしていた軍部や大本営の異常さにも、震撼する。

コロネット作戦編には以下のように書かれている。

“こうしてアメリカのジャーナリストたちの残したルポを読んでいくと、本土決戦は軍事指導者たちが民間人を脅迫し、強制的に参加させようとした戦いだったことがわかり、玉音放送を聴くとあっさりと敗戦を受けいれていった経緯が浮かび上がる。ゲインもブラインズも日本国内を自由に歩き回って取材をつづけているが、日本人の開放的なところや、あの戦争下ではわれわれは少々異常だったとの言い訳に何度も接していたことがわかる。本土決戦はもともと行える状態でなかったといえるのだが、しかし、もし日本が降伏しなかったとするならば、その異常な心理状態のままで本土決戦がつづいたのだろうか。”

僕は、続いていたのだろうと思う。

と同時に、いまの世の中でも、こういった事柄は、どこの国でも相も変わらず起こり得るのだということに突き当たる。

これ以上先のこと、深いことを考えるのが、恐ろしくなった。

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by k_hankichi | 2017-05-28 10:00 | | Trackback | Comments(0)

人生の通奏低音の邂逅

学生時代に薫陶を受けたまま、その後の会社勤めの生活のなかで忘れ去ってしまっていた世界が、いきなり蘇ってきた。柴田翔の30年ぶりの長編小説である。『地蔵千年、花百年』(鳥影社)。

小説の主人公、加見直行は戦前に東京で生まれ小学生で終戦を迎え、大きな迷いもなく工学系の大学院を卒業しようとしていた。しかし峡谷の温泉郷で出会った男に誘われ、中南米と思しき国に赴いて日本との貿易事業に携わることになってしまう。初めての地に途迷いながら、間もなくアシスタントを務めていた混血の女と暮らすことになる。しかし二人は已む無い事情で離ればなれになり、加味は日本に戻ってくる。

貿易の仕事を立ち上げて東京の西の郊外とおぼしき町(吉祥寺から武蔵小金井にかけての何れかの街に思える)に新たな家庭を築いた加見は、その後に順風満帆な生活を営んでゆく。高度成長の波の中で街の大きな変化を観察しながら、商店街に生きる人々とそれぞれの過去の記憶を交錯させる。人々の幸せと死も垣間見る。戦争に駆り出された苦い思い出が語られ、それに比べて若かった自分自身の幸運を対比したりもする。

加見の人生のなかで、最も大切だったことは何だったのか。

毎日の仕事や家庭の雑事に追われて忘れ去っていたものは、実はいつも傍らに通奏低音のように流れていて、しかし改めて気付くことはなかった。気付こうともしていなかった。

主人公がようやっとそれに気づくとき、輪廻転生のようなことがらがそこには流れていた。

人が生きるということのなかにある幾つもの邂逅。それは無邪気なる幸せであったり、つかの間の儚い愛であったり、骨太な順風な生活であったりに繋がっていく。悲しい別れになることもある。

小説の主人公が気付いた最も大切なこと最も大切な人を通じて、自分自身にとってのそれは何なのかを思念させた作品だった。素晴らしいの一言に尽きる。


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by k_hankichi | 2017-05-27 07:31 | | Trackback | Comments(4)

1 on 1 という言葉

「1 on 1」という言葉が経営のなかのひとつのアプローチとして流行っているらしい。人が人にのし掛かるみたいでおっかない響きだが、怖いものみたさで読んでみた。『ヤフーの1 on 1』(本間浩輔、ダイヤモンド社)。

意外にもそこで示唆される事柄は自分の弱点そのもので、想定外に呼応した。

■1 on 1では、相手に十分に話をしてもらうことが大切である。きちんと相手と向き合って話す。言葉を先取りしたり、途中で遮って自分の考えを話さない。それでは相手の学びは深まらない。1 on 1は相手のために行うものであり、自分が状況把握をするためのものではない。次の行動=問題への対処法について、相手より先に示してはならない。

■人間は、耳の痛いことばかり言われても変われない。相手本位の立場で、相手がどのようなものを目指すのかを、折にふれて思い出させたり、振り返らせたり、新たな計画をつくったりする手伝いをすること。見えたとおりに伝える、ということもフィードバックのひとつ(相手の癖、あいてのしぐさも伝えて良い)。

なかなかこの世は生き辛い。

■買い求めた「津軽びいどろ」の1 on 1。
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by k_hankichi | 2017-05-26 06:48 | | Trackback | Comments(2)

不安定な心が快方に向かう小説

窪美澄さんの小説は、僕にとってはいつも、少しだけ得体の知れない部分があって、その本質は何なのかが掴めぬまま薄絹を隔てて読み進める、というような状態にあった。そしてまた、その中身が分からないだけに、そこには健全なる人を妬んだり、欺こうとする気持ちが隠されてはいまいか、と疑っていた。

『やめるときも、すこやかなるときも』(集英社)は、そんな気持ちを払拭させてくれるものだった。

東京に住む家具製作人の壱晴は、とあるきっかけから桜子という広告製作会社のOLと出会う。彼らは互いに惹きあうのだけれど、深い躊躇いが双方にある。年に一度、或る時期に壱晴は声が出なくなるが、その原因の事象が二人を近づけることを阻んでいる。

惹きあう力と斥力の拮抗は、どのようにして破られるのか。

それは大切な記憶を消し去るということではなく、共に寄り添って見つめ直していく、ということのなかにあった。

読みながら考えた。これは僕らの生活のなかでも、これに近いことが公私共々にある、ということを。ふたりの人、あるいは二つの集団が向き合っているときに、一歩踏み出して相容れる関係になれないとき、どのようにして互いに融和できるようになるかということを。

この作品で初めて、僕にとっての薄絹が音もなく消え去った。そしてその中にあったものに触れることができた。それは猥雑でも猜疑でもなく、とても繊細な、砂糖菓子よりも遥かに儚く壊れやすい、横に並んで寄り添って人を愛おしむという気持ちなのだ。

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by k_hankichi | 2017-05-25 06:27 | | Trackback | Comments(0)

合唱雑誌に興味津々

うたと合唱とオペラの雑誌「ハンナ」を知って、そのバックナンバーのひとつを取り寄せてみた(2014年11月号)。特集「いま、バッハを歌う意味」という、ちょっと誘われる見出しがあったからだ。

特集の内容は、古楽器、ピリオド奏法の意味合いなどのほか、合唱は発音をしっかり、という記載がある。生半可な取り組みではバッハを歌っていることにはならない、本腰をいれて厳しく対峙するのだということが伝わってくる。

そうやって背筋を正していたら、第九愛好家座談会というコラムがあり、題して「第九そこまで言って委員会!」。その破天荒さに頬が緩んで、ああ、そういう下世話さがあってもいいんかい?と思わず口走ってしまった。

硬軟織り交ぜた、実にマニアックな雑誌だ。


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by k_hankichi | 2017-05-24 06:22 | | Trackback | Comments(2)

熱帯雨林のなかの遠い記憶を呼び起こす

今年の太宰治賞の小説は熱帯雨林のなかに咲く月下美人、ウィジャヤクスマにまつわるものだった。『楽園』(夜釣十六、筑摩書房)。

主人公は青年であり、亡くなった彼の祖父(戦時中に憲兵をしていた)であるが、青年は祖父に遇おうとして九州の炭鉱廃村に導き寄せられる。そこは擂り鉢の底に落ち込むような地形で彼はそこから逃れられなくなる。

「砂の女」の幻影が一瞬垣間見られるそこでは、戦時中の出来事が語られてゆく。青年自身のなかにその記憶があるのだぞと諭されているうちに、自分のなかに流れる血がジャワを記憶しているように思えてくる。

摩訶不思議な世界から逃れようとすれども、なかなか戻ることができない。ようやく街に戻っても、いつのまにかすり鉢状の廃村炭鉱に足が引き寄せられている。

やがて青年は、大切に育てられているウィジャヤクスマが開花することを夢見て心惹かれてゆく。

話を読み進めていくうちに、僕自身のなかにも彼と同じ血が流れているのだということにいつの間にか気付いていく。

追憶が呼び起こす甘美のなかにほろ苦い内省が重ねられる佳作だった。

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by k_hankichi | 2017-05-23 07:22 | | Trackback | Comments(0)

読むところは少ないものの故なく魅惑される雑誌

雑誌はあまり買わない。しかし知人の店が紹介されたということで、思わず買い求めた。

『ハンナ』(株式会社ハンナ刊)。歌・合唱・オペラの雑誌だ。

ページを繰っていく。ひとつひとつに驚愕する。濃いのである。歌の世界は広い。世界のどこまでも繋がる感がする。

記事は全てがこれについてのものだ。こんにゃく座のことも出ている。ちょっとおっかない。

アナログ時代の名歌手の特集もある。イタオペファンだったら堪らない。

羽生結弦のエキシビション「Notte Stella(The Swan)」の演技、音楽表現を読み解く、というコーナーもある。イル・ヴォーロというグループの歌唱らしい。各競技会でのスケーティングを比較して彼の成熟を解析する。

山田和樹が6月に振るマーラーの「千人の交響曲」についても書かれているが、交響曲についてではなく、出演する二つの合唱団の対談であるところがこの雑誌ならではのもの。お互いに真剣にライバル視している。やはりプロはちがう。

ほほえみを誘う連載記事もある。「歌い手のためのかんたんセルフケア」。歌い手が共通に悩んでいるらしい肩凝りの治し方が出ている。体操服姿の写真が妙に場違いで愉快になる。

この雑誌、今月号から月刊になるそうで、余暇がますます長くなり広がってゆく日本ならではのことか。

小学生時代に入っていた合唱団のことを思いだした。再開したい誘惑に駆られている。

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by k_hankichi | 2017-05-22 07:09 | | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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