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『若き芸術家たちへ』(佐藤忠良、安野光雅)

彫刻家の佐藤忠良と画家の安野光雅との対談集『若き芸術家たちへ』(中公文庫)は自然体のものだった。そしてその佐藤さんが語ったという次の言葉がとても凛としていて良かった。

“あのとき、わたしはバスの中で寝ていましたが、佐藤さんはロシアのテレビ局の人からインタビューを受けていました。その話を聞いていたひとが飛んで来て言いました。「安野さんね、佐藤さんがすごいことを言っていますよ。ロシアのテレビ局の人が、「シベリアに抑留されていたと聞きましたが、さぞ大変だったのではないでしょうか」と言うと、佐藤さんは「彫刻家になる苦労を思えば、あんなことはなんでもないですよ」と答えているのです。」わたしは起き上がって襟を正しました。”(「バイカル湖 シベリアの湖を行く船の上で」から)

佐藤忠良は、終戦の時から三年間、シベリアに抑留されたそうで、そこを四十四年ぶりに訪れ、二人が対談をした際のものだった。

若き芸術家たちへ - ねがいは「普通」 (中公文庫)

安野 光雅:佐藤 忠良 / 中央公論新社

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by k_hankichi | 2016-06-30 07:15 | | Trackback | Comments(4)

梅雨を歓ぶ

昨日から雨。降り終えたかと思えば霧のような小さな粒が再び降りはじめ、その踏ん切りの悪いさまは、まさに梅雨という感じである。梅雨満載ということ。

そんな雨を慶ぶのは木々や草花たち。田の稲もすくすくと育つ。

九州の豪雨に比べれば、おしめり程でしかないのかもしれないが、1994年の渇水の再来ということもあり得るそうで、やはり水瓶を並々と潤すくらいにはなって欲しい。

暑さをしのぐ梅雨を歓ぶ朝である。

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by k_hankichi | 2016-06-29 07:55 | | Trackback | Comments(2)

巻物を手繰り手繰り流れつつあるマタイ

久しぶりに、我がオットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団によるマタイ受難曲を聴いている。

梅雨の晴れ間が途切れた朝、雨が激しく降るなかに、纏緬と拡がるこの音楽は、年月であるとか日々、あるいは季節という概念までを消し去った、至高の極みにある。

音楽はまだるこしい日々を融和し、その毎日の猥雑さを消去してゆく。

僕は巻物を手繰り手繰りながら、遥か昔の、しかしその地の人々の意識がしっかりしていた(少なくとも離脱やらなにやら世知辛いことのなかった)時代の息遣いを味わう。

あのとき彼の地に流れた旋律のことを想うと、「震撼」という言葉の具現を確信する。

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by k_hankichi | 2016-06-28 06:23 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

夏至すぎて寝不足しきり乗り過ごし

寝苦しさのなかに目覚めた。ぼうっとした面持ちで家を出て、通勤電車のなかで座りながら寝入って見たのは明け方のオムニバス形式の夢の続きだった。

しめた、結末が分かって得をした、と思っていたらば、結局かようなことになっていた。

「夏至すぎて寝不足しきり乗り過ごし」

不甲斐ない気持ちで仕事を始めようとする朝である。

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by k_hankichi | 2016-06-27 07:46 | 一般 | Trackback | Comments(2)

空中盆栽という芸

NHKニュースを観ていたら、盆栽について報じられていた。国内での愛好家は高齢化でその数は減少の一途。いっぽうで、海外からの注目が集まっているということ。

この和の調和の世界は、宇宙にも繋がっている、というような考え方なのか。人工的に作り上げた植物でありながら、自然を想う気持ちが呼び起こされていく。身近にこれを愛でることで、輪廻転生的なるものに思いを馳せてゆく。

神秘性が更に増すのが「空中盆栽」だそう。その駆動原理は僕には分かるのだけれど、摩訶不思議なまま説明を省くことが却って存在感を増す。

■Floating Bonsai Trees Are Now A Reality
https://youtu.be/jssXjtYoDl0


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by k_hankichi | 2016-06-26 07:59 | 美術 | Trackback | Comments(4)

『夜を乗り越える』に感心する

又吉直樹の『夜を乗り越える』(小学館よしもと新書)を読んで感心した。又吉さんは実に深く小説を読んでいる。同じ作品でも何度も何度も読み直し、そのたびに新しい面白さや驚きを見つけている。

やはり太宰治についての章が一番印象的だった。僕も太宰が好きだったけれど、それは高校大学の頃だけで、社会人になったあとは殆ど読めていなかった。読みたい気持ちが失せていた。

それがどうだ。又吉さんは今も読み続けている。そしてそのたびに触発されている。

『夜を乗り越える』で一番に感心したのは、そんなふうな又吉さんの渇望する力についてだ。

僕には渇望が欠落しつつあるかもしれない。

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

又吉 直樹 / 小学館

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by k_hankichi | 2016-06-25 09:06 | | Trackback | Comments(5)

セリオーソの朝

いろいろ煩雑な事柄が公私ともに起き、今朝は通勤電車のなかでずっとベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴いている。第15番、第16番とズスケ弦楽四重奏団で聴いたあと、ぼうっとしていたら、いきなり第11番『セリオーソ』が掛かり始めた。

なになに?この歯切れの良さは!

と驚いたら、それは室内オケ版の演奏だった。マーラー編曲、カール・フィリップ・エマニュエル・バッハ室内管弦楽団。

歯切れの良さはピカいちで、萎えた気持ちも、セロリを快活に刻んで行くことによりもたらされる爽快感と盛り上がるエネルギーに満たされる。

今日一日中、頭のなかで響け、セリオーソ!


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by k_hankichi | 2016-06-24 08:08 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)

思い出の人に再会する番組と記憶について

幼少の頃の級友と20年ぶり30年ぶりに再会させる、という趣向のテレビ番組を偶然に観た。段取りは次のようだ。

・芸能人や有名人に自らの学生時代のアルバム片手に昔話を語らせる。
・そのあとしばらくしてから、その話に出てきた人物を探し当て、その人から芸能人の幼少時代の振る舞いや人柄を語らせる。芸能人がその人について語るシーンも見せる。
・そのあとに、その一連のさまをスタジオで芸能人に見せ、新たな驚きを導く。

たとえば、次のようになる。

作曲を専攻していた級友は今や女医になっていたが、何十年経ても、その知的な姿は変わらず、そしてまた芸能人が若かったころの言動や行動についても良く覚えていて、それをしっかりと披露する。そしてまた有名人が若いころに約束していた事柄の証拠品まで飛び出したりする。

芸能人は、活発な振る舞いやしゃべり上手ということで有名であったが、級友を探し当ててみると、どの人も芸能人の昔のことについての記憶が薄く、つまり彼はほとんど目立たない存在であったことが明かされる。芸能人は自分がそれほどまでに目立たなかったとは思ってもおらず、だから非常に狼狽する。

これら一連のストーリーは面白い。というのも、人が覚えている自分の過去や振る舞いというものが、どれだけ曖昧で不確かであるかということがあからさまになるからだ。そして、ハタと思い当たる。これは有名になった芸能人だからそのようになっているということではなくて、実は僕ら自身もそうなのだ、ということに。

僕らは、自分自身の過去の姿、そしてこれまで辿ってきた足跡や系譜を、「あのようにしてきて、その後にこのようにしてきたから今日の私がある」というように整理整頓して浄化美化してしまう。分かったような気分で整えてしまう。

幼いころ引っ込み思案な人間で暗い性格であったとしても、「結構な思想家で哲学的にいつも思索していた」、ぐらいにしてしまうくらいには出来てしまう。

すごいことだ。

しかし、級友に対してとてもひどいことをしていたのに、そんなことは記憶から意図せずに消え去り、もしあったとしてもそれは他人がやったことのように塗り替えてしまっている、ということもありえる。酷いことをしたとしても、朧気な忘却の彼方に片づけ、楽しかった毎日として挿げ替えるのだ。

歴史が物語っている。国家社会主義ドイツ労働者党 (NSDAP、ナチ党)や大東和共栄圏に酔いしれていた彼の地この地の時代と戦後の今も物語っている。

僕ら人間は、記憶を曲げてしまう芸当ができる。いとも自然に。いやなことをしていたとしても、それを抹消しそれは無かったと思い込んでしまう。

ふつうに生活している僕ら自身のなかにも、こういう能力が備わっている。もしかすると、いまのこの地で政権を争っている政治家の面々もそうで、そしてそれらについて言及したり批判している僕ら自身もそういうものなのだ。

自他ともに、気を付けないといけない。
 
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by k_hankichi | 2016-06-23 20:07 | 社会 | Trackback | Comments(2)

静かに心を癒す、絵についてのエッセイ集

いろいろな些末事に追われる日常だ。毎日毎日が駆け巡るように訪れてまた去っていく。

そんななかに手を取って読み始めたのが『会いたかった画家』だった。安野光雅、山川出版社。

どの章もしみじみとした筆致で満たされていて、安野さんの記憶の端々と、それに励起されてさらに思い出が呼び起こされていくような、行きつ戻りつある流れが心地よい。

“わたしの見た、映画「赤い風車」では、みるみるうちにたくさんの見覚えのあるロートレックの絵が現れるのにも驚く。画家は誰か代役が演じていたはずなのに、それをロートレックだと言い張っていてもおかしくなかった。「赤い風車」の監督はジョン・ヒューストンで、この映画によりヴェネチア国際映画祭のサン・マルコ銀獅子賞をもらった。”(「人間は醜い、しかし人生は美しい - トゥールーズ=ロートレック」より)

ロートレックを演じていた俳優は、ホセ・ファラー。彼はイングリッド・バーグマン主演の映画『ジャンヌ・ダルク』に助演していたり、私生活では歌手のローズマリー・クルーニーとも結婚した。

画家がまさにロートレックそのものに見えたというその映画のことを無性に観たくなった。エッセイ集を読みながら、自分がいつしかエコール・ド・パリの最後の時間にいるような気持ちになって癒されていった。

■Moulin Rouge Official Trailer #1 - JosÉ Ferrer Movie (1952) HD
https://youtu.be/CKyh4zKkths

 

会いたかった画家

安野 光雅 / 山川出版社

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by k_hankichi | 2016-06-22 21:31 | | Trackback | Comments(4)

どうしてあなたは、私を知っているの

いろいろな記事を眺めていると、あなたは、その上下や左右に、私がちょっと気になっているような広告を示されます。自動的に、そしてまた、さまざまに切り替わりながら。

まさにいま、この記事を記入しているときにも、そしてまたほかの方々の記事を眺めているときにも、その下側に、あなたは、まさに気がかりな事柄について、広告を流してくださいます。

どうしてあなたは、私を知ってるの。過去の私の興味を消し去っても、そのことにまつわる事柄が広告となってそこにある。

どうしてあなたは、私を知ってるの。もう過ぎ去った昔の私の記憶の欠片から、忘れようとしている事柄を呼び覚ましてくる。

私は、自由でいたい。

私は、無記名な自分でいたい。

私は、どこのだれでもない、自分だけの存在でいたい。

でもあなたは、そういう醒めた、ちょっと疲れた人を前にして、私を弄ぼうとする。

私は、自由でいたい。

私は、無記名な自分でいたい。

私は、どこのだれでもない、つまらない存在でいたい。

でも、つまらない存在でいようとする人を、刺激しようとする。

どうしてあなたは、私を知っているの。私はただの私でいたいだけなのに。

私が、あなたに同じことをしたら、どんな気持ちになりますか。ブラウザさん、教えてくれるとありがたい。

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by k_hankichi | 2016-06-21 22:12 | 一般 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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