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バッハのパッサカリアと「コル・ニドライ」、そして「白骨の御文章」

横田庄一郎による『ゴーシュ余聞 チェロと宮沢賢治』(岩波現代文庫)を読んだ。『「草枕」変奏曲 夏目漱石とグレン・グールド』→http://hankichi.exblog.jp/18880542/も感嘆したけれど、こちらはさらに音楽と文学を繋ぐ世界が深まる。

評論そのものは、賢治がいかにしてチェロと親しむようになったのかということを詳細な記録をもとに辿って行ったものだのだけれど、そのなかで著者は、賢治が浄土真宗の「白骨の御文章」を幼い時から家で唱えていたから、マックス・ブルッフの「コル・ニドライ」を知ってとても気に入っていたようだというくだりを紹介している。

なになに、どういうものなのか?と思って、そのお経を調べてみると、なるほどとても似ている。こりゃブルッフは仏教徒だったのかいと思ったほど。

更に読み進めていると、賢治が羅須地人境界の生活に踏み切ったころの「告別」という詩からは、バッハの「パッサカリアとフーガ ニ短調」(BWV582)の響きが聞こえてくると横田さんが記している。

あれ、良く聞いていくと、これも「白骨の御文章」ではないのか。

ブルッフ、蓮如、バッハと賢治が繋がった。

■Max Bruch: "Kol Nidrei", Op. 47 →https://youtu.be/cKp_mVii-dk

■蓮如「白骨の御文章」→https://youtu.be/Ubdz8AmYOUw

■J. S. Bach: Passacaglia and Fugue in C minor BWV 582 →https://youtu.be/F51uHpH3yQk

チェロと宮沢賢治――ゴーシュ余聞 (岩波現代文庫)

横田 庄一郎 / 岩波書店

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by k_hankichi | 2016-04-30 19:29 | | Trackback | Comments(4)

引き続く凡庸

アイヒマンについての作品を観た映画館の受付では、その思想にまつわる書籍も売っていて思わず買い求めていた。『<凡庸>という悪魔』(藤井聡、晶文社)。副題に「21世紀の全体主義」とある。

“いわば全体主義とは、人類が人類である限り逃れ得ることができない宿命なのです。この全体主義という宿命を避けるためには、我々は常に「考え」続けなければなりません。もしも我々が「考える」という十字架から逃れようとすれば、我々はすぐさま、自らの誇りや尊厳、さらには全ての人格を溶解させ、どろどろのまっ黒な辺泥のような液体と化し、互いに溶け合い混ざり合い、あらゆるおぞましき化学反応を起こしつつ、「全体主義」という巨大な悪魔をつくりあげてしまうのです。つまり人畜無害に見える凡庸な人々こそが、意図せざる内に巨大なる「悪魔」そのものとなるのです。”(「第3章 "凡庸"という大罪」より)

「考える」という重い十字架を背負うこと。それが本当にしっかりとした「個々の人」となるための必須なこと。

もしその十字架を下してしまったらば、その先は、自分は知らないけれども・・・と空吹きながら殺戮と破壊を繰り返す世界に加担していく危うい存在となってしまう。

第二次世界大戦の少し前から大きく広がっていった全体主義は、戦争が終わったから無くなったわけではなく、ますます加速して拡張し続けている。

自分もその渦中に知らず内に巻き込まれていく、あるいは、巻き込まれている。早く十字架を背負いなおさねばならない。

〈凡庸〉という悪魔 (犀の教室)

藤井聡 / 晶文社

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by k_hankichi | 2016-04-29 16:23 | | Trackback | Comments(5)

厚木の今昔、原宿の今昔

これまた友人から薦められた『黄色いマンション 黒い猫』という小泉今日子のエッセイ集を読了。スイッチ・パブリッシング。

厚木市生まれのキョンキョンゆえに地元ネタに溢れている。小中学校、高校生時代の話題が多いけれども今の話も時折混じる。一方で現在?住んでいる原宿の今昔についても盛りだくさんだ。

「スクーターズとチープ・トリック」という章では、本厚木駅北口にある彫像のことが話題にされる。キョンキョンは、モッコリおじさん(私なりの表現)と言う。その躊躇いの程度がよい。

実物は、重いハンマーのようなものを地面から引き上げようと頑張っている男だったように思うが、毎日その横を通っていてもあまり記憶に残らない姿なのだ。

しかしキョンキョンとその同級生たちは、彫像をつぶさに眺め観察していると知る。こんなことも驚きだ。

キョンキョンが小さかったころからの男友達が突然この世から消えたことで締め括られる章「リッチくんのバレンタイン」も心痛む。父親の墓参りをすることが書かれている別の章で、リッチくんの墓もかならず訪れていることを知る(明確には指し示されてはいないが)。キョンキョンの深い優しさが伝わってくる。

四ッ谷のビルから身を投げた後輩の章(「彼女はどうだったんだろう?」)にもじんとする。今でもとても深く思っていることが伝わってくる。

彼女は相手との会話や時間を、普通の人たちよりも数段も深く咀嚼し思いを重ねていることを知る。そしてそれは記憶としても軌跡としても大切にしまわれている。

それが小泉今日子の素晴らしさだと思った。

黄色いマンション 黒い猫【特典付き】 (Switch library)

小泉今日子 / スイッチパブリッシング

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by k_hankichi | 2016-04-28 07:57 | | Trackback | Comments(2)

ハッとしてドキドキするシーンの数々に驚く・・・『虹いくたび』

ブログ友人が読んでいて、思わず購入。『虹いくたび』(川端康成、新潮文庫)。

川端という作家は、こういう描写をするのだ、こんなちょっとした仕草に美を感じていたのだということを、極めて遅まきながらようやっと勘づき、どきどきしながら読み進めた。

主人公たちは著名な建築家を父にもつ異母姉妹を描いている。百子、麻子、若子。

百子は婚約者を戦争で無くし、虚しさの余りか美少年を次々にたぶらかしてゆく女となっている。麻子は自分の無垢さを作りあげ、その装いから逃れられずにいる。若子は殆ど出番はないのだけれど、デビューしたての頃の若尾文子的な初々しさと妖艶さを兼ね備えた少女として描かれる。

解説で田中慎弥が書いていたが、ハッとしてドキドキするようなシーンが幾つもあり驚く。僕の勘所は田中氏とはちょっと異なるが、川端の文章に反応するのはやはり美的感覚の鋭敏さの部分だ。

たとえば百子と少年は、互いにうなじに接吻することが書かれる。接吻しやすいように後ろ髪を掻き上げておくとある。うなじの描写は微に入る。

“麻子は姉のうなじを見るのがめずらしかった。いかにも襟足は短いが、かえって新しい感じで、首は前からよりも細く見え、長めに思えた。うなじの真中の窪みが、人なみより深いらしく、この姉の弱い影のように通っていた。”(「冬の虹」より)

そしてその麻子は父親と一緒に風呂に入っている。その何の躊躇いもない様相に驚く。自分に置き換えてみてドキドキする。

“「お背なかお流ししましょうか。お父さまのお流しするの、なん年ぶりかしら……。」と、麻子が言った。自分の胸を洗っていた。(中略)自分の娘と犬をいっしょにするのは悪いが、生きもののからだは美しい。無論、娘の美しさは秋田犬の比ではなかった。”(同前)

無関係とは思いながら、映画『晩春』のことまで思い出す。不思議な感性が掻き立てられ、「触れもみで」的な感覚に包まれてしまう作品だった。

虹いくたび (新潮文庫)

川端 康成 / 新潮社

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by k_hankichi | 2016-04-27 07:40 | | Trackback | Comments(3)

『朝の気分』がサハラ砂漠と知って仰天した

グリーグの劇付随音楽『ペール・ギュント』作品23を聴いた。ミハイル・プレトニョフ指揮、東京フィルハーモニー。

イプセンの劇詩を基にしたという曲の幾つかは、中学の音楽の授業で学ぶ曲に入っているから誰でも知っているだろう。しかし僕はそのあとは、組曲ぐらいでしか聴いてこなかった。イプセンの物語そのものを読み込んでもいなかったし、劇そのものをもっと知ろうとしてこなかったから、これは衝撃だった。

なんと、『朝の気分』は、モロッコのサハラ砂漠の朝の明澄さを描いたものだったのだ。ペール・ギュントが世界を又にかけた冒険の旅に出て、その途中での光景だったのだ。

北欧のフィヨルドの朝をずっと頭の中に思い描き、黎明とはこういうことなのだと、勝手に思い込んできた自分の浅はかさに呆然とした。

音楽そのものが素晴らしいことには変わりがなく、サハラ砂漠の朝を見に行かねばと思ったと同時に、こんなに雄大な交響的な曲を生んだフィヨルドの大地も訪れたいという気持ちがさらに深まった。

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by k_hankichi | 2016-04-26 06:33 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

『アイヒマン・ショー』の壮絶

日曜日は恵比寿まで出かけて映画『アイヒマン・ショー(原題:The Eichman Show)』を観た。→http://eichmann-show.jp/

映画『ハンナ・アーレント』の衝撃は、まだまだ生々しいのだけれど、そのテレビ放映現場を創り、そして虐殺された人々の側の、そのままの証言も交えての映像は、同じように生々しく、観終わってからもしばらく言葉を失った。

エルサレムでこの裁判が行われたとき、既に僕もこの世に生を受けていて、だから他人ごとではない感覚に捉われる。しかし、東洋が岩戸景気に湧いていたそのころ、日本ではどれだけの人たちが映像を見つめていたのだろうか。

その答えは自明だった。

全体主義で動いていく国家というものは、過去を振り返るということを、いつの時代もできないのだということを思い知った。

■スタッフ
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
製作:ローレンス・ボーウェン、ケン・マーシャル
脚本:サイモン・ブロック
音楽:ローラ・ロッシ
■出演
マーティン・フリーマン:ミルトン・フルックマン
アンソニー・ラパリア:レオ・フルビッツ
レベッカ・フロント:ミセス・ランドー
■製作
2015年、英国

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■映画トレイラー →https://youtu.be/qILEXFh_WiE

 
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by k_hankichi | 2016-04-25 00:57 | 映画 | Trackback | Comments(4)

秀逸なる写真エッセイ『アジェのパリ』(大島洋)

こんなに美しく静かに沁み入るような文章を書くフォトグラファーが居たのか、と思った。『アジェのパリ』(大島洋、みすず書房)。

“そして私の視線はアジェの視線と渾然一体となり、その奇妙なアイデンティファイがされるなかで、私自身とアジェの境界さえも曖昧になっていくような気がした。「私が見ている」というときの主体は、当然、私にあると思っているのだが、ほんとうなのだろうか。「私が見ている」その私的視線は、歴史の重層性がその瞬間に与えてくれる、歴史と私の現在とこ一回限りの夢のようなものかもしれない。”(「パリ I」より)

たくさんの美しさに出会って、雨上がりの空をながめながら、少し心が落ち着いた。

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アジェのパリ

大島 洋 / みすず書房

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by k_hankichi | 2016-04-24 12:22 | | Trackback | Comments(2)

ペテロに惹かれて読んで落胆する

レンブラントの「聖ペテロの否認」(1660年、アムステルダム国立美術館蔵)が巻頭に入っていて、おもわず買い求め、出張中の車内で読了。『ペテロの葬列(上、下)』(宮部みゆき、文春文庫)。中身が全く違っていて、見掛け倒しとは、こういうことをいうのだと思った。

“ペテロがもっと臆病な人だったなら、嘘をつかずに済んだのよね。勇気と信念があったばっかりに、恥に苦しむことになった。正しい人だったからこそ、罪を負った。それが悲しい、といった。嘘が人の心を損なうのは、遅かれ早かれいつかは終わるからだ。嘘は永遠ではない。人はそれほど強くなれない。できれば正しく生きたい、善く生きたいと思う人間であれば、どれほどのっぴきならない理由でついた嘘であっても、その重荷に堪えきれなくなって、いつかは真実を語ることになる。それならば、己の嘘を嘘と感じず、嘘の重荷を背負わない者の方が、いっそ幸せではないか。どんなペテロにも、振り返って彼を見つめるイエスがいる。だから我々は嘘に堪えられない。だが、自分にはイエスなどいない。イエスなど必要ないと思うものには、怖いものは何もないだろう。”(下巻から)

宮部みゆきにはこれからは近寄るまい、と思った。

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ペテロの葬列 上 (文春文庫)

宮部 みゆき / 文藝春秋

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ペテロの葬列 下 (文春文庫)

宮部 みゆき / 文藝春秋

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by k_hankichi | 2016-04-23 11:56 | | Trackback | Comments(0)

行きつ戻りつする忘れ物

僕の忘れ物はどうやら電車に乗って遥か彼方に行ってしまった。今ごろは温泉街にまで足を伸ばしているかもしれないし、いやいや菖蒲の里近くを疾走しているかもしれない。

それにしても失ったものであろうとも、その居場所を調べてくれる日本の捜索システムというものは凄い。というか恐れ入る。

自分が大切にしているものであれば肌身離さずにしていなくちゃ、という声が聞こえるが、そうしていてもいつの間にかするりと自分の許から離れていってしまうものなのだと改めて思い知る。もしかすると人間もそうかもしれない。

いつか離れていってしまうものだと互いに悟りながら、小さく震えるように暖かな心を通わせていく。

生きとしいけるものたちの宿命に気付く。
  
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by k_hankichi | 2016-04-22 06:46 | 一般 | Trackback | Comments(3)

忘れものを重ねて

みちのくへ向かう道すがら、忘れ物をしたことに気づいた。それも電車のなかに忘れてきた、と曖昧ながらも記憶を繰り出していくとそういうことに行き着いた。

行き着いたのだけれども、しかしどうもしっくりしない。それは車窓に広がる景色が、どんどん過ぎ去っていって、先ほどまで見ていたものは既に過去のものになっているような案配であることに似ている。ついさきほどの事なのに、記憶を遡ると途切れ途切れなのだ。

外はいつの間にか水が張られている水田になっていて、あれ、もう田植えの季節なのだろうか、神奈川のほうはどうだったろう、やはり東北のほうが早いのだなあ、といつしか忘れ物を辿る思考から離れてしまっているのに気付く。

あの忘れ物はいったいどこにあるのだろう。いやさて、ぼくはこれまでどんだけ沢山の忘れ物をしてきたろうか。

忘れてはならないものを忘れて、忘れて良いものごとを忘れていないのではないのか。

だんだん分からなくなってきました。
  
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by k_hankichi | 2016-04-21 09:24 | 一般 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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