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年度の納めに

年度の納めだなあ、と思った。会社勤めをし始めて、早くも34年が経ってしまった。

hankichi君がこんなに長く会社員をやっていられるとは、と大学時代の友人に言われたこともある。入社して三月も経ないうちに辞めたいと騒いでいたからだ。

あの頃、同じ年代の人たちの全てが優秀に見えた。事実、学問的にも優秀だった。

こんな人たちが沢山居る会社では、やっていけない、文系転向しなければいけない、だから職探しから始めよう、親元からは出ていたから倹しい生活を覚悟で東京に住むにはどうすれば良いか。

そんなことばかり考えていた。

暦を調べてみると、ありとあらゆる始まりと終わりが3月31日に起きていることも知る。

社会人としての区切りとしての年度末は、そんな始まりと終わりのことをグルグルと頭を巡らせながら思い返すための日でもあるのかもしれない。

■学生時代のクラブの友人が大好きなハイドンの命日だった。
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by k_hankichi | 2016-03-31 08:07 | | Trackback | Comments(5)
昭和50年代初頭であれば、フォークソングになっていたのかもしれない。

「その駅に来るたびに食べたくなるのがリゾットでした♪」

全国のJRの原点にある駅の、喧騒の改札口前の通路横にあるのがその店リーゾ・カノビエッタで、来るたびにいつも立ち寄りたくなり、そして結局必ず食べるようになっている(その始めは1年半ほど前だった)。
→ http://hankichi.exblog.jp/23071650/

いまや選ぶべきベストメニューが定まってしまっている。「三種のチーズのリゾット」か、「トマトリゾットのメンチカツ載せ」であり、特に後者は、値段的にもお得感満載である。

仕事で大概につかれて、週も半ばが過ぎるころは、カロリーを考えて律する心の箍ははずれ、然してやはり、店に入るなりにこのメニューを口走ってしまっていた。


■トマトソースリゾットのメンチカツ載せ。サラダを付けて健康に気遣ったつもりになる。
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by k_hankichi | 2016-03-30 20:51 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)
ブログ知人が暫くまえに読まれていて、深刻そうに思えて少し躊躇していたのだけれど、読んで良かった。『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』(エマニュエル・トッド、文春新書)。

僕はこれまで、西欧の政治、思想や人々の思考・行動について、やっかいで難しいものだから、と遠ざけてきた。そして音楽や文学の世界に安穏とした栖を求めるべく甘えていた。そのことを痛切に感じた。

初めてゾンビ・カトリシズムという言葉を知り、その生い立ちについて理解した。著者はフランスではカトリシズムが死んだとも明言する。サブカルチャーとしては残存するものの。

“マーストリヒト条約(注:1992年)に先立つ30年間、フランスの政治的・右翼のカトリック系有権者が左翼へと地滑りしていくという現象であった。(中略)フランス・キリスト教労働者同盟(CFTC)が宗教色を払拭してフランス民主労働同盟(CFDT)になったし、いわゆる「第二の左翼」が、旧いタイプの世俗主義や儀式化した社会主義に忠実であることにとどまっていた「第一の左翼」よりも優勢になった。”

読み進めるほどに、この事件が、ナチズムに通じる民族差別を、いとも平静に一般市民が、それも自己の正当化をしながら、おこなってしまえる、ということに気付く。

翻って見ると、日本に住む我々自身も、そのようなことをしてはしまいか。スキームや対象は異なれども。

そのように変貌してしまいかねないのが、どこにでもいるだろう我々一人一人なのだ。

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シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 (文春新書)

エマニュエル トッド / 文藝春秋

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by k_hankichi | 2016-03-29 00:13 | | Trackback | Comments(6)
今年の復活祭は早いのだと言うことを知らずにいて、ブログ友人から教わった。聴き始めたのは『イースター・オラトリオ』。この音盤には『マニフィカト』が一緒に入っている。

出だしは『クリスマス・オラトリオ』のような歓喜に包まれるシンフォニアだ。復活したよ!素晴らしき主よ!という、どんちゃん騒ぎとでもいって良い。

しかし次にくるアダージョで聴衆は、磔にされていた主の御心に戻る。静かに澄みゆくような旋律だ。

内省する我々と主キリストとの対話のよう。ここでもオーボエが大活躍する。

嘆き悲しむ使徒や一般民衆の気持ちや言葉を代弁するかのようだ。

『イースター・オラトリオ』。ここにも、結論から先に言ってくれ、の手法が生きていた。

■曲目
1.『イースター・オラトリオ』BWV249
2.『マニフィカト』BWV243
■演奏
1. ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団
2. レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルハーモニック
■収録
1. 1963. 4.17, Philadelphia Athletic Club, Philadelphia, PA
2. 1959.12.18, CBS 30th Street Studio, New York City, NY
■音盤:米ソニークラシカル SBK60261

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Easter Oratorio / Magnificat

J.S. Bach / Sony

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by k_hankichi | 2016-03-28 07:58 | | Trackback | Comments(2)
昨晩の級友たちとの歓談のなかで、学生時代にピアノを専攻していた友人(今はピアノ教師である)が告白をし始めた。若いころ、ラフマニノフのヴォカリースで挫折をした・・・というのだ。

ディヌ・リパッティの弾くバッハの「主よ、人の望みの喜びよ(教会カンタータ 第147番より)」や、ショパンのワルツを目指すところとしていたその人にとって、ヴォカリースを羽毛に触れるか触れないかのような柔らかさで弾けるようになることが夢だった。彼のバッハに近づくために。

ディヌがラフマニノフを弾いたのかどうかは知らないのだけれど、ピアニストとして目指したい境地がどのようなものだったのかがわかるような気がした。

僕も彼の音楽を聴くとき、何かとても貴重なものに触れているような気持ちになることを思い出した。「生きていることの喜びと哀しみ」とでも言おうか。

また静かに、じっくりと聴いてみたい。

■Yuja Wang plays Rachmaninoff : Vocalise →https://youtu.be/1yTyYpWqsZU

■こちらも素晴らしい・・・ピアニスト近藤由貴/ Rachmaninov(Arr.Earl Wild) →https://youtu.be/BhMhqHXq4g8

 
◼こちらも四ッ谷の夜桜
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by k_hankichi | 2016-03-27 09:52 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
今日は千葉に向かったり、それから東京に戻り、幼きときの仲間たちとのお花見同窓会に出向いたり、あちこちに顔を出した。

そんななか話をしているうちに、旧友のなかにも音楽が好きな人がいると分かり、その人が薦めるのが、ベートーヴェンやモーツァルトの音楽を替え歌化した曲だった。

たとえば夜のしじまに車を走らせて、交差点に差し掛かり赤信号で止まっていると・・・と始まる「月光ソナタ」である。

理由なく楽しめるものだとわかり、欧米人たちの懐の広さをつくづくと知った。

■四ッ谷の夜のしじまの桜
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■Beep Beep Beep (Moonlight Sonata) →https://youtu.be/3PcXl5OxLvE

■ ベートーヴェンの鬘(カツラ) Beethoven's Wig (Symphony No. 5) →https://youtu.be/TdRZl9g_5tw

 
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by k_hankichi | 2016-03-26 22:42 | | Trackback | Comments(3)
学生時代に出会った辻邦生の『モンマルトル日記』は、西欧の美と哲学に出会った男が自己が採るべき生きざまを問い詰めていく、苦悩と恍惚の軌跡だった。あのころの僕は自分の姿をそこに重ねて、辻の思考を追体験した。究極の日記だったと思う。

その心の衝撃を大切にしたかったから、安易には人の日記本には近づかないようにしていた。そんななか、ふと手に取って買い求めてしまったのが常盤新平の『銀座旅日記』(ちくま文庫)だ。

読み始めたら片時も離したくなくなるほど面白く、触発され啓発されていく。本をよく読み(作家で翻訳家でもあるから当然なのだろうけれども)、人とたくさん会い、飲み、食べ、旅をする。葉巻まで燻らせる。血圧と血糖値を気にしているのに美食家でもある。競馬も賭けるし、将棋もする。なんと多趣味なのだ。いつ、執筆活動をしているのだ。これに比べれば、僕などは子供のようなものだ。

しばらくするうちに、ふと既視感に捉われた。どこかでこのトーンの者を読んだことがある。ああ、と思い当たったのは、いつも楽しみにしているブログ知人(saheiziさん)の毎日だ。

さまざまな事柄に触れ、刺激を受け、思考し、そして楽しむ。一日一日を噛みしめる。毎日が、いぶし銀のようになる。

まだまだ僕にはできることがある。そしてまた、やっていけることが沢山ある。そういうことを考えながら、みちのくからの帰途に就いた。

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銀座旅日記 (ちくま文庫)

常盤 新平 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2016-03-25 20:46 | | Trackback | Comments(4)
事実は小説より奇なり、ということをしみじみと知った。『希望のヴァイオリン ホロコーストを生きぬいた演奏家たち』(ジェイムズ・グライムズ、白水社刊)。

「ドイツから(注:イスラエルに)渡ってきてパレスチナ管弦楽団の礎を築いた名演奏家たちは、値段に差がないにもかかわらず、ほかのどの土地で製作されたものよりドイツ製のヴァイオリンを好んで使っていたのだ ― 少なくとも、ホロコースト以前は。では、なぜイタリア製およびフランス製のヴァイオリンは、二十世紀の後半に名声、価格ともにドイツ製をはるかに凌駕したのか。答えは単純だ。」(「第Ⅰ章「ワーグナー」のヴァイオリン」より)

ユダヤ人たちによるイスラエル初のオーケストラ立上げ話で終わるかと思ったら、このように締めくくられる。なに?次にどうなるのだ?・・・そう口に出そうになる。

続くどの章も、或るユダヤ人と、彼が持っていたヴァイオリンにまつわるストーリーがまとめられている。どの楽器にも苦しみとそれを超えた幸せが待っているだろう。そう希望しながら読み進めることになった。

壮絶なる差別と糾弾、アンチユダヤというイデオロギーの蔓延がもたらす暴虐と悲惨なる虐めの連続。

普通に暮らしている我々のような小市民たちが、いともかんたんに強奪と殺人をするようになってしまう怖さ。明日の自分も、こうなってしまいかねない恐れの実感。

民族差別、人種差別の世界の惨さ、酷さということの繰り返しを知るとともに、そののなかにでも、楽器と音楽に微かなる命運を委ねた人たちがいたことを伝える、類い希なるドラマだった。

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希望のヴァイオリン:ホロコーストを生きぬいた演奏家たち

ジェイムズ・A・グライムズ / 白水社

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by k_hankichi | 2016-03-24 07:04 | | Trackback | Comments(2)
そういえば確かにそうだよなあ、と深く頷きながら読み進めたのは、またしても『マタイ受難曲』。友人が名著でバイブルであると言っていた、磯山雅によるものである(東京書籍刊)。
“しかし<マタイ受難曲>において、バッハはさらに先をゆく。ここでは、十字架を背負ったイエスを先頭にしての、刑場ゴルゴダへの行進の情景があらわれる。われわれはそれによって、受難のクライマックスをなす、息詰まるような場面へと、いきなり投げ込まれてしまう。90小節という規模は<ヨハネ>のそれの153小節には及ばないが、イメージが具体的なだけに、その迫力はいちだんと優って感じられる。ほぼ同時期にハンブルクで書かれたテレマンの<マタイ受難曲>(1730年)が簡素なコラールで導入されることを考え合わせても、バッハの構想の大きさは、きわ立っている。行進の情景は、出来事を間近に見る、「シオンの娘」(第1グループ)と、その報告を受ける「信じる者たち」(第2グループ)との、緊迫した応答を通じて描き出されていく。そしてそれを、第3の演奏者たちによるコラールが、高く響きわたって意味づける。時間を超え、レベルを異にする多様な視点がこのように交錯し、一体となって機能する手法は、バロックの究極に位置するものであり、同時に20世紀をさえ先取りするものである。バッハの卓越した知性のみが、その音楽化に成功した。”(「第I章 花婿が、子羊のように -冒頭合唱曲の世界」から)
なるほど、これは「結論から先に言ってくれ」を、地で行っているのだなあ。そんな曲はそれまでなかったのだよなあ。

そのあとに世の中に出てきた幾多の作曲家たちのことを思い出してみても、やはり、そういう構成になっている曲は、あまり思い出せない。

ページを繰るたびに、含蓄のある解釈の数々が現れてきて、ここにもまた新たなる「マタイ受難曲」の世界が文字によって繰り広げられていく。

いつまでも飽くことのないこの音楽。完全に自分の世界として把握しつくすまでには、まだ相当の長い時間がかかりそうだけれど、ずっとずっと離れずに沿っていきたいと思う。

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マタイ受難曲

礒山 雅 / 東京書籍

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by k_hankichi | 2016-03-23 06:45 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
曇りと小雨が続いたこの三連休を締めくくったのは、先日に川崎で聴いたマタイ受難曲のコンサートの際に買い求めた同曲のDVDだった。

これは、予想を桁で超えるほどの素晴らしい演奏と映像。CD版の演奏よりも、ソリストたちは冴え渡り、合唱の切れ味は優れ、そして指揮をしながら子供たちに向かって歌いつづけるゲオルグ・クリストフ・ビラーが見る側にぐいぐいと迫ってくる。

オーケストラはもちろんのこと、ソプラノのChristina Landshamerも容姿ともども美しく魅入られる。アルトは女性ではなく、聖トーマス教会男声合唱団を卒業した男声(Stefan Kahle)。心に沁み入る純朴さでこれも素晴らしい。

さらに驚くのは、ピラト役は、先日のコンサートで指揮をしていたゴットホルト・シュヴァルツ(Gotthold Schwarz)で、その朗々とした声にも聴きほれる。このほか、合唱団の卒業生たちが福音史家やアリア(テノール)を担当していて手作り感が満載だ。

三つ目の驚きは、教会での演奏のあとには拍手は無いのだということ。この最後の静謐の時間は、神と繋がるために必要な余韻なのだと悟った。

DVDの表紙絵は、キリストの顔が隠された、"Abentmahl (最後の晩餐)"と題するMichael Triegelの油絵(1994年, ヴュルツブルク[Wurzburg]のMuseum am Dom所蔵)。使徒たちはすべて不在で、食卓からはすべての食べ物が棚上げされている。この暗喩も深い。

快晴ではない空の下が却ってマタイにそぐわしく、ふたたび先日の感動が蘇った。

■演奏
ライプツィヒ聖トーマス教会男声合唱団、ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団、ゲオルグ・クリストフ・ビラー指揮
Christina Landshamer (Soprano)
Stefan Kahle (Alto)*
Wolfram Lattke (Tenor) [Evangelist]*
Martin Lattke (Tenor) [Arias]*
Klaus Mertens (Bass) [Jesus]
Gotthold Schwarz (Bass) [Pilatus]
 *聖トーマス教会男声合唱団の卒業生
■収録:2012.4.5~6、製トーマス教会、ライプツィヒ
■音盤:Accentus ACC20256

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■St Matthew Passion - Thomanerchor, the Gewandhausorchester Leipzig & Georg Christoph Biller →https://youtu.be/UxNQlgsNa3A


Matthaus-Passion [DVD] [Import]

St Thomas Choir / Accentus

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by k_hankichi | 2016-03-22 00:31 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(5)

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by はんきち