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<   2016年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧
『偉大なるマルグリット』の秘密
出張中の機内で観た映画は『偉大なるマルグリット』(原題:Marguerite)。これはとても面白い作品だった。→http://www.grandemarguerite.com/

1920年代のパリ。オペラファンのマルグリット(カトリーヌ・フロ演じる)は、夫と暮らす豪邸で日がな音楽サロンを開いていた。第一次世界大戦の戦争孤児を支援する募金集めという意図ではあるが、その実、彼女自身が音楽を愛し、それが嵩じて彼女自身の歌声をも聴かせたいという気持ちが発露したものだった。

彼女が自らその歌を聴かせたかった究極の理由とは?

それが分かるのは最後のほうなのだけれど、その気持ちが最高に達したとき、そこには天に上るような至福の世界があらわれる。音楽は、「愛の心」を表す最高の形態なのだ、ということがしみじみと伝わってくる佳作だった。

主演のカトリーヌ・フロのことは、ずいぶん前に友人から教わっていた。控えめながら芯のある、心の美しい人。『地上5センチの恋心 ( Odette Toulemonde)』(2006)。そして『大統領の料理人(Les Saveurs du palais)』(2012)などと同じように、女心の細やかな襞が零れ落ちて、またもどきどきした。

ところでこの映画は、実際に居た音痴の声楽家にヒントを得たところがあるそうで、その名はフローレンス・フォスター・ジェンキンス(米国のフィラデルフィアで活躍した)。Wikipediaによると、次のように書かれていた。「ジェンキンスは音程とリズムに関する感性がほとんどなく、極めて限られた声域しか持たず、一音たりとも持続的に発声できないこと、伴奏者が彼女の歌うテンポの変化と拍節の間違いを補って追随しているのがわかる。」実際にYoutubeでもこの声を聴くことができて、映画と同じく驚いた。→https://en.wikipedia.org/wiki/Florence_Foster_Jenkins

■スタッフ
監督・脚色・脚本: グザヴィエ・ジャノリ
美術監督: マルタン・クレル
■出演
マルグリット: カトリーヌ・フロ Catherine Frot
ジョルジュ・デュモン: アンドレ・マルコン Andre Marcon
アトス・ペッジーニ: ミシェル・フォー Michel Fau
■製作:2015年、フランス

■『偉大なるマルグリット』トレイラー →https://youtu.be/z_LXZlcopS8

■フローレンス・フォスター・ジェンキンスによる「夜の女王のアリア」 →https://youtu.be/V6ubiUIxbWE
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by k_hankichi | 2016-01-31 00:32 | 映画 | Trackback | Comments(3)
そこが、ブキ・テマ高地の麓だった
例によっての弾丸出張をしたのだけれど、今回の訪問先は、なんとブキ・ティマ高地の麓だった。藤田嗣治が戦時中に描いた『シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)』 を年末に観たばかりだったから、それはビックリし、そして非常な縁を感じた。

ブキッ・ティマ(Bukit Timah)はマレー語で「スズの採れる丘」(英語では"tin hill" )という意味の土地だそうで、シンガポール島のほぼ中心部に位置する丘陵。藤田が描いたのは、ここを拠点に攻略していたその風景だった(昭和17 年)。

Wikipediaによると、次のように記載されていた。

“シンガポールの戦い(Battle of Singapore)は、第二次世界大戦の東南アジア戦域で、1942年2月7日から2月15日にかけて行われた戦闘である。2倍を超える兵力差を覆して、当時難攻不落と謳われたシンガポール要塞を日本が10日足らずで攻略した結果、英国が率いる軍としては歴史上最大規模の将兵が降参した。ウィンストン・チャーチル英国首相は自書で「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と評している。”

そこまでして攻め込んだ上の結果は問うまでもなく、この地で、僕の目の前に広がっていたものを眺めれば明らかだった。素晴らしきまでの独立自尊と、相互協調の精神の昇華としての隆盛、そして繋げてきた努力のあかし。

その土地土地というものは、そこに根差す人たちの心の絆によって営まれ、未来につなげていくべきもの。そういうことを歴史は証明している。

■ブキ・ティマ:標高163.63メートルで、シンガポール最高地点。以下が、そこにある標高碑。→https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=406218
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■シンガポールの春節飾り。この地も中国社会である。
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by k_hankichi | 2016-01-30 07:15 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
小さいことを比べる本
出張中の機内で、『23区格差』(池田利通、中公新書ラクレ)を読了。新聞で紹介されていて、あまり考えもせずに買ってしまったのだが、題名通り、東京都23区のさまざまな差異を比べる本で、その視点は、統計学的なものの比較でもって、人々の興味の優越感、劣等感、というような関心に帰着させる。

情緒というものが醸し出されてこないのが何とも物足りない。歴史的な展望であるとか、街角探検隊的な深い興味の視点があると良い。

東京の街は、パリの20区に匹敵するほど、ダイナミックな違いがあると思っているので、さらに別の視点で、それも、諸外国の人たちにアピールできるレベルで叙述していく書が出てくることを期待している。

夜遅くにマレー半島の突端にある島に到着した僕は、ものすごいスピードで変革されゆくこの街のダイナミズムと、東京のそれとを比べてみたくなった。

◼シンガポールの朝
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23区格差 (中公新書ラクレ 542)

池田 利道 / 中央公論新社

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by k_hankichi | 2016-01-29 02:32 | | Trackback | Comments(4)
西島隆弘のふわりとしていながらの存在感
フジテレビ系月9ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』を観始めた。→http://www.fujitv.co.jp/itsu_koi/index.html
脚本は坂元裕二だが、第二話まで観ただけでは、彼の過去の水準と比肩できるかどうかの確信は未だない。手嶌葵が歌う主題歌「明日への手紙」も、15年から20年ぐらいドラマの雰囲気を感じてしまう。

しかしそれでも、見続けようと思うのは、有村架純(杉原音を演じる)の素朴さと弱さと太さと愛らしさの存在があることと、そして、まだそれほど目立たないがらも、西島隆弘(井吹朝陽を演じる)が一種独特の強いオーラを放っているからだ。

有村のことは誰もが思い入れと期待を持っているからここでは書かない。その代わりに、西島のことについて少しだけ書き留めておく。

彼のことを初めて知ったのは、園子温監督による映画『愛のむきだし』だった。真面目で実直ながら、翳のある太い執着心を持つ男(少年)というものを演じていた。その気合は度を越していて、勿論その時の共演者・満島ひかりも同じようだったのだけれど、二人が共にあの若さで大作を牽引していることに酷く感銘した。(そして映画界の玄人たちもそのように評価していた。2009年度キネマ旬報ベスト・テンで、主演の西島隆弘が「新人男優賞」、助演の満島ひかりが「助演女優賞」を受賞。)→http://hankichi.exblog.jp/16748826/

本テレビドラマでも、西島は、主演の高良健吾(曽田練を演じる)とはまた別の哀しみを抱えた男を演じる。

坂元裕二が主題歌に乗せて必ず見せてくれるだろう、思いもかけぬストーリーの展開に賭けて、彼らのことを静かに見据えていきたいと思う。

「元気でいますか。
大事な人はできましたか。
いつか夢は叶いますか。
この道の先で

明日を描こうともがきながら
今夢の中へ
形ないものの輝きを
そっとそっと抱きしめて
進むの・・・」

■第2話予告から →https://youtu.be/h2sGteh4Q-o

 
■主題歌『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(別の方が歌ったもの)→https://youtu.be/r1HVp3GfyBY
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by k_hankichi | 2016-01-28 00:31 | テレビ番組 | Trackback | Comments(0)
心身の不具合からの復帰
先週から、五月雨式に中村文則さんの小説を読んでいるうちに、心身がちょっと周囲環境と合わない、と気づき始めた。と同時に、このままいくと、なにか自分ではないものになってしまうのではないか、と思って、友人に相談事を投げかけたりしていた。

ちょっと調べると、それは108の煩悩のなかで最も救いがたい領域のもののようで、だからとても自分でもその取扱いに困った。

煩悩はWikipediaによると、次のようにある。

“伝統的に煩悩(随眠)を「九十八随眠」として表現することもある。これは、「貪・瞋・痴・慢・疑・見」の「六随眠」を起点とし、三界の内の「欲界」に32、「色界」「無色界」にそれぞれ28、計88の「見惑」(見道所断によって断たれる煩悩)を配置し、更に10の「修惑」(修道所断によって断たれる煩悩)を加えて、九十八随眠としたものである。これに「十纏」とよばれる10の煩悩を付け加えたものが、俗に108つの煩悩と呼ばれているものである。”

このままこの領域の小説を読み続けることは出来ない。そう思って、ちまたに沢山ある小説の途の一つを、とりあえず工事中ということにした。

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教団X

中村 文則 / 集英社

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何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

中村 文則 / 集英社

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王国 (河出文庫 な)

中村 文則 / 河出書房新社

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by k_hankichi | 2016-01-27 21:34 | | Trackback | Comments(4)
極寒の大陸
日曜日の午後から中国大陸に渡った。上海、そしてそこから移動しての内陸部は1985年以来の大寒波が襲っていてマイナス10度。昼間でも0℃より上がることがない。

屋外に出ると、グッとするような圧迫があった。そのとき息と共に飲み込んだものが、冷たく縮んだ見えない空気の粒子なのだと気付く。顔であるとか手であるとか表に出ている皮膚にも執拗に差し込んでくる。

凍てつく空気は震撼するほどで、これが昔に観たドラマ『大地の子』(山崎豊子原作)の世界だったのだと気付くのは直ぐだ。陸一心 (ルーイーシン)のことが思い浮かぶ。

こんなに平坦で広大で、永遠に果てが無いように見える場所に食い込んでどうにかなると思っていたのか。大昔からの人々が住んでいるのだ。

無謀にも流れ込んだ人々は、敗戦を迎えて混乱する。どっちにいっても同じように見える土地。小さな島国に戻れたこと自体が奇跡としか思えない。

厳しさの大地。厳しさの人々。大陸というものはこんなにも凍てつくのだということを初めて味わった。

昔は苦手だった大陸が、すこしづつ近づいてきた気がする。それは人類の、いや、そうでなければ自分らのルーツを辿る行程の一歩なのかもしれない。
 
バイチューという誠に強い酒の旨さが、その気持ちを倍加させる。

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by k_hankichi | 2016-01-26 01:08 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)
『ゴイェスカス』・・・雲間から射し込む明るい光
哀しみばかりではない。いや、これは雲間から射し込む明るい光が主題なのではないか、と思った。エンリケ・グラナドスの『ゴイェスカス』(ゴヤ風の音楽)のことである。

ルイス・フェルナンド・ペレスという奏者によるピアノ組曲版だ。ジャケット写真は、単純だけれどもいかにもスペイン的な色彩で構成される。壮年の精悍な男がこちらに微笑んでいる。

僕が初めてこの曲を聴いたのは、チェロによる独奏で、それは組曲のなかの間奏曲だった。得も言えないほどのうちひしがれたような哀しみと遣る瀬なさがそこにあった。
http://hankichi.exblog.jp/20014865/

だから『ゴイェスカス』と言えば哀愁だ、と心に刷り込まれていた。

しかし組曲全体を聴いてみると、それとはまったく違う。「恋する若人たち」という副題までつけられているそうで、びっくりしたと共に成る程と合点した。

ところでグラナドス。Wikipediaによると、彼はこの曲のオペラ版の初演をニューヨークのメトロポリタン歌劇場で行ったそう。しかしその帰途、大西洋航路で乗っていた船がドイツ軍潜水艦により撃沈され、妻や大勢の乗客とともにこの世を去ったという。

こちらは本当の哀愁だった。

■曲目1(すべてグラナドス)
1. 詩的なワルツ集
2. 『ゴイェスカス(第1部)』「愛の言葉」
3. 同「窓辺の語らい」
4. 同「ともしびのファンダンゴ」
5. 同「嘆き、またはマハとナイチンゲール」
6. 歌劇「ゴイェスカス」間奏曲 (グラナドス編)
7. 『ゴイェスカス(第2部)』「愛と死(バラード)」
8. 同「エピローグ、幽霊のセレナード」
■演奏:ルイス・フェルナンド・ペレス (ピアノ)
■収録:2011年5月23~25日 アルカラ大学内アウラ・デ・ムジカ (アルカラ・デ・エナレス)
■音盤:MIRARE MIR138
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■ペレス① →
https://youtu.be/YwmLBQnGNRg

■ペレス② →https://youtu.be/IiRcF-Y-mjU

グラナドス : ゴイェスカス (恋をするマホたち) (全6曲) 他 (Granados : Goyescas , Valses poeticos / Luis Fernando Perez (piano)) [輸入盤・日本語解説書付]

ルイス・フェルナンド・ペレス / MIRARE / King International

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by k_hankichi | 2016-01-25 07:07 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
成瀬映画の原節子
久しぶりに池袋の新文芸座に足を運ぶ。追悼・原節子特集で、成瀬巳喜男監督による『めし』(1951年)と『山の音』(1954年)の二本立てだった。東宝映画製作。

『めし』は25回(1951年)キネマ旬報ベスト・テン 第2位。原作は、あの超名作『浮雲』を描いた林芙美子の未完の小説、それも絶筆となったものだ。戦後それほど経ていないこの時期に、夫婦の倦怠期を描く成瀬の時代感覚に驚く。

そして原節子。彼女が演じる岡本三千代は、証券会社に勤める夫・岡本初之輔(上原謙)とともに東京から大阪に移り住んでいる。夫と妻の会話は乏しい。「めし」ぐらいだ。妻はそういった毎日の繰り返しにほとほと飽いてしまっている。夫のことを哀しげに見つめる目線は、『晩春』での能楽堂で父の相手を見遣るものに近い。

とうとう彼女は夫に愛想を尽かして、実家である矢向(横浜市鶴見区)の駅前の洋品店に戻ってしまう。そこは彼女が安穏と毎日を過ごせる場。母親(杉村春子)は長女の自分勝手な里帰りを許容してしまっている。夫は彼女を迎えに来てくれるのか。

林・成瀬の浮雲ワールドとは異なる(と思われる)結末には驚くが、しかし原節子が向かってくれた方向に、僕はほっと吐息をついた。

『山の音』は、言わずと知れた川端康成の小説が原作。脚本は『浮雲』の脚本も手掛けた水木洋子。この作品も『めし』と同じく夫婦の倦怠期が主題。

尾形菊子(原節子演じる)は、夫修一(上原謙)の浮気に気付いているが、健気に留守宅を守っている。義理の父母は、菊子を良いようにつかい、それでも彼女はかいがいしく尽くす。子供を授かることだけを暗黙の裡に期待される彼女。そんな彼女が最後に起こした行動はなにか。

成瀬は男女の心の綾、そして微妙なる擦れ違いを描かせたら天才なのだ。ようやくそのことに気付いた。

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by k_hankichi | 2016-01-24 00:22 | 映画 | Trackback | Comments(3)
『寂(さみ)しさの力』に、さみしさを想い出す
中森明夫の『寂(さみ)しさの力』(新潮新書)を読了。さみしかった。そして著者は僕と同じ派なのだと確信した。

曰く次のよう。

“孤独とさみしさは違う。私はそう考えるようになりました。孤独だけれどさみしくない人もいれば、大勢の人に囲まれていてもさみしくてたまらない人だっている。実際、私は一人でいる時より、にぎやかなパーティー会場にいる時のほうが、ずっとさみしくなります。”(「序章 人はなぜ泣きながら生まれるのか?」から)

作家でありアイドル評論家でもあり、「おたく」という語の育ての親でもある著者は、さみしさを抱えているほどアイドルは人気が出るとも言及する。ああ、なるほど、と思うアイドルの名前が次々とでてくる。

人のことばかり言うのではなく、自分のさみしさ(孤独ではない)についても織り混ぜる。見下さず見上げる境地がいい。

モンテーニュも、『エセー』を書いたときそうだったと彼は想像する。そのモンテーニュの影響を受けた一人の知識人まで紹介されている。彼の回想録『昨日の世界』までが引用される。

シュテファン・ツヴァイク・・・。

いきなり僕は我に返る。大学一年生の頃に自分が居る。

ドイツ語の授業で、若い先生の気を惹こうと「好きな本はツヴァイクの『昨日の世界』です」と答案の横に書いた。

なぜ自分は文系ではない途にいるのか・・・。悔いていた。その気持ちが甦る。

異端児を夢見ながら、そうなれなかったあのときも、さみしかった。

今もさみしい。

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寂しさの力 (新潮新書)

中森 明夫 / 新潮社

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by k_hankichi | 2016-01-23 07:50 | | Trackback | Comments(2)
工藝展のこと・・・「工藝をわれらに二〇一六」
友人が関係している工藝展のカタログを頂いた。題して「工藝をわれらに二〇一六」だ。
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000468.000005794.html

工藝というものの範疇をいまだ知りえない僕だけれども、それが美しいのか否かという程度のことはわかる。この冊子に描かれているガラスや錫や漆器や陶芸からは、そこにそれが在るということを知っただけで、「切り取られた生活の鼓動」のような感がした。

カタログの前半は、室内生活の中での静物で、それはアグファカラーによって本の中に投影されている。これは殆ど小津安二郎の映画のなかのスチール写真のようで、いや、これはあのとき撮影したのでしょう、監督、と声に出しそうになった。

友人はカタログのなかで、モリス、宗悦、そして現代に関するエッセイをしたためている。そのなかに、次のような一節があった。

“柳宗悦の文章は熱い。その熱さは、ウィリアム・モリスの生涯の多岐に渡る活動への情熱に似ている。(中略)柳宗悦にとって「工藝」を考えることは、人々の暮らしを通じて、その未来に向かっての生き方を考えることに他ならなかったのである。”

“「生活の藝術化」、「美しい生活文化」という言葉を、そのようなモリスや宗悦の問いかけの中に置いた時、それは単なる理念ではなく、美しいものたちとの暮らしを通して我々が本当に生きるための手触りを取り戻すための切実で具体的な提案ではないか、と思えてくる。”

実際の展覧会を訪れて、これらの作品を、ぜひとも眺めてみたくなった。じっくりと、時間をかけて。
 
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by k_hankichi | 2016-01-22 06:48 | 美術 | Trackback | Comments(3)