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年の瀬恒例の、今年のベストをまとめました。まとめていたら、ちょっと長くなってしまいました。ご容赦ください。

■音楽
1. シューベルト ピアノソナタ第21番変ロ長調D960
・・・今年の春頃は、この曲をとにかく毎日聴いていた。さまざまなピアニストによる。テレビドラマ『問題のあるレストラン』のなかの或るシーンがとても心に残っているからだ。とにかく素晴らしいソナタだと思った。
http://hankichi.exblog.jp/23581770
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http://hankichi.exblog.jp/23825799

2. バッハ 無伴奏チェロ組曲 モーリス・ジャンドロン(1964年)
・・・無伴奏のチェロって、こんなに爽やかなのか。小難しく構える必要など、どこにも無かったのだ。
http://hankichi.exblog.jp/24910105

3. バッハ『マタイ受難曲』 レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルハーモニック(1962年)
・・・これを年末に出逢えたことはことは幸運で、日本でこれを初めて発売してくれたことにも感謝。自分には苦手だったバーンスタインが近くに寄ってきた。
http://hankichi.exblog.jp/25117194

次点. ベートーヴェン 交響曲全集 アンドレ・クリュイタンス指揮、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1957~60年)
・・・クリュイタンスを馬鹿にしていた僕は、自分をとことん恥じた。
http://hankichi.exblog.jp/24551248
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次々点. ブラームス『ドイツ・レクイエム』 ロランス・エキルベイ指揮、アクサンチュス合唱団(2003年)
・・・フォーレのレクイエムのように美しい演奏だ。
http://hankichi.exblog.jp/24418453

■本
1. 『木挽町月光夜咄(こびきちょうげっこうよばなし)』 吉田篤弘、ちくま文庫
・・・ここ数年に読んだ中で最高のエッセイで自伝的小説でもあると思う。登場人物は僕にもとても似ている。吉田さん観が完全に変わりました。
http://hankichi.exblog.jp/24996389

2. 『めぐりあう者ども』 菊池英也、幻戯書房
・・・自分も狼になるのではないか、と思えるほどの新しい感覚に包まれる小説だった。
http://hankichi.exblog.jp/24811552/

3. 『ことば汁』 小池昌代、中公文庫
・・・どうも今年は変容譚の年だったかもしれない。魑魅魍魎な秀作。
http://hankichi.exblog.jp/23965782

次点. 『忘れられた巨人』 カズオ・イシグロ、早川書房(原題:The Buried Giant)
・・・「記憶」を失ったまま日々の出来事。それを取り戻しに行くとそれは自分だった、というような感覚が凄い。
http://hankichi.exblog.jp/24452418

次々点. 『浮雲』 林芙実子、新潮文庫
・・・映画を支えたこの底力は凄いなあ。男と女の生きざまは、心に深く沈降する。
http://hankichi.exblog.jp/24811536

■映画
1. 『浮雲』(1955年) 成瀬巳喜男監督
・・・小津安二郎もこういう映画を撮りたいとして『東京暮色』を作ったというが、敵うものではなかった。これからも何度も観ることになるだろう。
http://hankichi.exblog.jp/24042308

2. 『薄氷の殺人』(2014年) ディアオ・イーナン監督、原題『白日焰火』(白昼の花火)
・・・2014年のベルリン国際映画祭・金熊賞。この恐ろしいほどの底力を深く記憶している。
http://hankichi.exblog.jp/23318395

3. 『セッション』(2014年) ダミアン・チャゼル監督
・・・『ラウンド・ミッドナイト』がジャズそのものを楽しむとしたら、こちらは男と男の闘いだ。
http://hankichi.exblog.jp/23603975

次点. 『みんなのアムステルダム国立美術館へ』(2014年) ウケ・ホーヘンダイク監督
・・・ドキュメンタリーなのだけれど、人間模様として本当に面白い作品。
http://hankichi.exblog.jp/23373370

次々点. 『女神は二度微笑む』(2012年) スジョイ・ゴーシュ監督
・・・インド映画観を根底から覆す素晴らしいミステリー。
http://hankichi.exblog.jp/24114485

■美術
1. 『ヘレン・シャルフベック展』
http://hankichi.exblog.jp/24290327

1. ホイッスラー展
http://hankichi.exblog.jp/23416330

3. レオナ―ル・フジタの東京コレクション
http://hankichi.exblog.jp/24914625

■酒
1. 旨いシェリー酒との出会い
・・・あまりブログには書かなかったけれど、今年はずいぶんとシェリー酒を飲んだ。その開眼はここにある。そのほかにも数々あるのですが・・・。来年は、もうすこしお酒のことも書きたいと思います。
http://hankichi.exblog.jp/23681928

■テレビ番組
1. 『問題のあるレストラン』 フジテレビ
・・・前述の、シューベルトのピアノソナタ第21番の限りなく透明なシーンに昇華される。
http://hankichi.exblog.jp/23544513

2. 『流星ワゴン』 TBS
・・・香川照之のすばらしい演技に乾杯!
http://hankichi.exblog.jp/23418477

3. 『表参道高校合唱部!』 TBS
・・・高校生たちの合唱というものの美しさよ。
http://hankichi.exblog.jp/24701242

次点. auスマホのCMにおける乙姫役の菜々緒
・・・このおっかない形相の女優には身も縮む。
http://hankichi.exblog.jp/24637160

次々点. 『あさが来た』 NHK
・・・まだ終わっていないのですが、毎日、朝が待ち遠しいです。年末年始に放映をどうしてしないのか、とNHKに抗議したいくらいです。

来年も、どうぞよろしくお願いします。
  
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by k_hankichi | 2015-12-31 00:36 | | Trackback | Comments(5)
友人から『ロゴスの市』(乙川優三郎、徳間書店)がまさに我々の世界のようだと教えられて、すかさず読んだ。胸の奥をギュッと鷲掴みにされるような、そして気持ちが思わず昂る小説だった。

昭和55年、20歳の学生たちは、三鷹にある大学で人文科学(語学科)の研鑽に励んでいる。ペンクラブに入っている成川弘之は、翻訳家を目指している。戒能悠子は、通訳者(それも同時通訳)を目指している。彼は彼女に一目惚れし、語学表現、語学能力を互いに刺激しあう関係になる。

夏合宿、あまたある作家たちからの刺激、どぎまぎしながらのレストランでの食事。触れたいけれども触れられない。そのもどかしさが、僕自身にもわかる。

彼らの関係も一つ進む。ときおり邂逅し、静かな、そして深く篤い関係を持つ。しかしそこから更に進むことはない。それでよいのだ、という静かな諦観。

彼らの関係の始まりと終わりには、飛行機事故がある。文学の世界とはまるで違う、何とも現代的な契機だ。しかしこれは逆説的に言うとすれば、人と人の関係というものは、そういうものでも無い限り何年も何十年も変わることはないのだ、ということなのかもしれない。
 
静かさの中にある情熱に包まれた作品だった。

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ロゴスの市 (文芸書)

乙川 優三郎 / 徳間書店

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by k_hankichi | 2015-12-30 14:06 | | Trackback | Comments(4)
これをどう表現したら良いのだろうと思った。耳を傾けているだけで、どきどきとするバッハのマタイ受難曲の演奏だった。買うときにあれほど躊躇った僕は正に無知だった。

■演奏:レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルハーモニック、カレッジエート・コラール、トランスフィギュレーション教会少年合唱団
■収録:1962.4.23-24、マンハッタンセンター、ニューヨーク
■音盤:ソニーミュージック SICC1919-20(日本初発売、初CD化)

冒頭からしてオーケストラの響きが素晴らしい。抑制を効かせながら、しかし隠されたエネルギーを生き生きと湛えている。

イエス役のウィリアム・ウィルダーマンの声質がとりわけ好きだ。そしてオーボエのハロルド・ゴンバーグ。フィルハーモニックの主席奏者だそうだ。これほどまでにオーボエが美しいと思ったことはなかった。

バーンスタインはマタイを抜粋版かつ英語歌唱で演奏した。ロマン派好きなアメリカ人たちにバッハの薫陶を何としてでも沁み渡らせようとした想いがここにある。

最終曲の二重合唱「われら涙流しつつひざまずき」の劇的さよ。

彼の目的は十二分に果たされた。バッハはどこまでもバッハなのだ。

さて、この音盤のもうひとつの楽しみ。それは指揮者による16分にも渡る解説の語りが収録されていることだ。

まさに黄金期の彼による渾身のバッハだった。

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バッハ:マタイ受難曲 BWV 244 (抜粋)(英語歌唱)/マタイ受難曲について

レナード・バーンスタイン / SMJ

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by k_hankichi | 2015-12-29 07:59 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)

銀座の裏と表

交通会館のピロティで、いつものようにスペインの海産物屋さん(Marcomar Japón)で大量にボラのカラスミを買った。3丁目、4丁目、5丁目、6丁目と歩いていく。あれ、と思うほど、小脇に入る路地が多い。その路地を入ってみたりする。

裏通りになればなるほど、味わいがある。いったいどんな人たちがそこに居るのか。薄暗い通路の奥を外から覗き込みながら、空想を掻き立てる。

思いもかけない空間が拡がっている。取り壊された建物に隣接するビルの壁が見事だ。塗りこめられた模様を眺ているだけで、そこにたくさんの生計がかかわっていることを知る。

裏通りは奥が深い。人々の生活が喧騒に隠れて静かに広がっている。

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by k_hankichi | 2015-12-28 00:12 | 街角・風物 | Trackback | Comments(7)
昨日の夕方の家人との会話から。

「きょう、東京に出かけた際に、映画『FOUJITA』を観たよ。」
「あれ?あなた、こないだ観たじゃないの?」
「え?観てないよ。観たのは、テレビ番組の藤田の戦争画のドキュメンタリーじゃないか。」
「え~、映画観たでしょ。」
「観てない。でも、番組で流されていたシーンが、沢山映画で出ていたなあ。あのテレビでは、随分紹介してくれていたんだよなあ。小栗監督が書いた本も読んだこともあるかな。」
「テレビ番組では、そんなに映画のシーンは流されてなかったわよ。」

ずいぶんなことを言われるものだと思いながら、でも確かに何か腑に落ちないなあと感じる。

二階に上がって、自分の記録を見返してみたら、あれれ、観ていた。それも一月前にだ。愕然となった。もう呆けが始まってしまったのかもしれない。記憶障害なのか。癲癇老人か。

映画の最後で、キツネが、藤田が疎開していた村の道の水たまりををピョーンと飛び跳ねて去っていくシーンが思い出された。その布石は、そこで世話になっていた家主の息子の寛治郎が戦争に召集される前の晩にフジタらと交わした次のような会話に紐づいている。

寛治郎 「キツネは化けたり、化かされたりですから、面白い話がいっぱいあるんです」
君代   「どんな」
寛治郎 「夜中になると戸を叩いて呼びに来る者がいる。名前まで呼ぶものだから、出てみると、誰もいない。そんなことが何日も続くのでキツネの仕業だろうか、という話になった。だったら、キツネは『時間』というものを知らないから、聞いてみたらいい、それで答えられなかったら、キツネだということになる」
フジタ  「なるほど」
寛治郎 「で、今、なん時だ?と聞いたんです」
君代   「おもしろい」
フジタ  「答えは?」
寛治郎 「一瞬、間があって、時は時よ、と帰って来た」

そしてこの話は次のように締めくくられる。

寛治郎 「作物を育てる暮らしは、今日が昨日と同じように安寧であること、が一番です。文明開化、とは少し違っていたかもしれません。(中略)話が人から人へと伝わっていく間に、変わってしまう。話をするそれぞれの人の気持ちが、話を変えていくのです。そしていつの間にか主語が分からなくなって、みんなの話になっていく。」

フジタはパリで名声を上げ、帰国したあとは日本のために尽くすべく戦争画で世の中に感銘を与えた。しかしこのことも、実は、ただ単に、人から人へと伝わっていった思想や思考の流れの上に乗っかっていただけのことなのかもしれない。

それは、映画の最後の、夢とも現とも見分けのつかぬような、件のキツネが飛び跳ねる不可解なラストシーンにつながっていく。

田園のあぜ道を馬を曳きながら歩いているフジタ、そのあとに歌川広重の『王子装束えの木大晦日狐火』の絵のなかでたくさんのキツネが集まって火を灯しているシーンになる。その金色のキツネが、こんどは疎開していた村の道をピョーンと飛び跳ねて消えていく。『サイパン島同胞臣節を全うす』の画が、魂を抜かれたかのように川のなかに沈んでいる映像に変わる。映画はそこで終わる。

僕の内部に出てきたキツネは、これを分からせたかったのか。

日本の自然と添い遂げるような原点への心の回帰。フジタも、本当は、作物を育てるがごとく、今日が昨日と同じように安寧な心のなかから絵画を生み出していきたかったのだ。

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by k_hankichi | 2015-12-27 12:01 | 映画 | Trackback | Comments(4)
セルゲイ・ハチャトリアンによるバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータを「魂の共鳴と祈り」だとすれば、これは「痛みと希望の狭間」だった。ズザーネ・ラウテンバッハーの演奏だ。

音色はドイツのシュヴァルツヴァルトの枯れた古木だ。太すぎてはいないが折れそうな細さでもない。かすれ気味で、耳で解るほどに細かくうち震えている。

少しずつ噛み締めながら、絞り出すように解き放たれる旋律は、ぎこちなく感じられるほどだ。

しかしすぐに分かる。それが、自らの深い思索のもと、苦悩にちかいものに触れ、ジェイコブの梯子を見遣る希望との狭間から生み出されていることを。

この演奏は、何かをしながら聴いてはいけないと分かり、読みかけの本も閉じて只々、静かに聴き続けた。息も潜めながら。

ラウテンバッハー(Susanne Lautenbacher)は1932年4月19日、アウクスブルク生まれ。ヘンリク・シェリングの薫陶を受け、ミュンヘン国際音楽コンクールのヴァイオリン部門に入賞。1950年代後半から1990年代初頭にかけて、数々のレーベルに協奏曲や室内楽曲の膨大な録音を残しているそう。1965年からシュトゥットガルト音楽院の教授を担当。(以上、Wikipediaから→https://en.wikipedia.org/wiki/Susanne_Lautenbacher

■収録:1973/1974年
■音盤:Membran, VOX Recordings, 231122

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Bach: Sonatas and Partitas for Solo Violin

Susanne Lautenbacher / Membran

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by k_hankichi | 2015-12-26 09:06 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
録画してあったBS1スペシャル「もうひとつのショパンコンクール~ピアノ調律師たちの闘い~」を観た(12月23日、再放送は1月3日)。これまで知ることのなかった世界でとても面白かった。 
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/1623425/index.html

このコンクールでは、演奏者は自分でピアノを選ぶことができる。対象はスタインウエイ(Steinway & Sons, アメリカ・ドイツ)、ファツィオリ(FAZIOLI, イタリア)、ヤマハ、カワイ。ピアニストだけではなく、それを支えるピアノメーカーと調律師たちも、熾烈な競争を繰り広げている。

ファツィオリの紹介がされる。イタリア北部のサチーレという小さな町に34年前に創業した。職人は40人。年間120台しか製造しない。しかし音についての趣向を極めつくそうとしている。木材の一部には、ストラディバリのヴァイオリンに使われた森から採られているそう。

この会社の調律師を務めているのが越智晃という日本人(スタインウェイから転職した)。百万人に一人という耳の良さを持っているという彼が狙うのはどんな音なのか。

ショパンに合った柔らかさと艶を設計したのだけれど、それは受け入れられない。鍵盤のメカ機構を、チャイコフスキーコンクールで好評を博した太くてはっきり響くものと、総入れ替えする。然してこれを選んでくれるピアニストはいるのか?

対してカワイのピアノの評判が描かれる。ヨーロッパ、そしてポーランドでもとても好まれているという。低音が効いて、まろやかな音色だそうだ。カワイの戦略はピアニストとのダイレクトなコミュニケーション。日本の伝統商法は、勝利を収めるか。

そして老舗のスタインウェイ。また日本での帝王ヤマハ。彼らは、競合相手を傍観したままなのか。世界と極東の覇者はどのように対抗するのか。

音楽と並走する大きなドラマだった。

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From: https://it.wikipedia.org/wiki/Fazioli#/media/File:Fazioli-moscow.JPG
 
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by k_hankichi | 2015-12-25 19:32 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
みちのくに向かう途上で短篇集『水晶萬年筆』(吉田篤弘、中公文庫)を読んだ。表題作が良かった。

「夥しい」という形容詞のなかにある「夥(オビタダ)」が本名のオビタダ君が或る町に住むことになり、毎夕銭湯に行ったり、おでん屋に行ったりしながら、日々を過ごす話だ。

おでん屋の名は「つみれ」といって、その店名と同じ名の若い女が営んでいる。

しだいに会話をするようになってゆくうちに、女の父親が描いたという絵を一緒に見に行くことになる。

小説の結末は、自分の知らない相手の奥を知りたいという惹き合う気持ちを、絵を通して暗喩するもので、僕は自分の空想の世界に入り込んでいった。ちょうどバッハの『クリスマス・オラトリオ』の二つの女声のアリアを聴いていたから、さらに夢のなかにいるように幻想的になった。
 
このほかにも五つ短篇があったが読み通せたのは『雨を聴いた家』だけだ。あとは始めの数行で頭に入ってこなくなった。ロクロク読んでいないから若しかすると佳作だったかもしれない。

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by k_hankichi | 2015-12-24 07:40 | | Trackback | Comments(4)
この間読んだ『風邪の効用』(野口春哉)のなかに、身体に歪み(偏り)ができると人は病気になり、「風邪」をひくということは、その状態を整えるための一つの無意識の治癒行為で、それによって歪み(偏り)が整っていくのだ、というようなことが書かれてあったことを思い出した。

寝相が悪い人というのは、病気や風邪をひきそうになる際に身体がバランスを取り戻そうとしているその現象が発露しているのだそう。逆に、寝相が悪くて布団がかかっていないから風邪をひくわけではない、ということだったと思う。

最近、夜ごとにふと気が付くと布団がベッドから半分以上ずり落ちそうになっていて、それを直している。それも一晩に二度三度だ。

毛布、その上に羽毛肌掛け、その上に毛布、最上層に綿布団を掛けているから、その位置関係が良くないためなのかと、掛ける順番を入れ替えてみたりしても、変わらなかったが、ああ、これは身体現象の発露だったのだ、と本のことを思いだして合点がいった。

自らのゆがみの調整行為でもって寝相が悪くなる。

うんうん、これからは毎晩、思いっきり寝相悪く眠ることとしよう。

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風邪の効用 (ちくま文庫)

野口 晴哉 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2015-12-23 09:09 | 一般 | Trackback | Comments(4)
今朝は先週仕入れたサンサーンスのミサ曲・作品4で始めた。

ミッシェル・コルボ指揮、マリー・クレール・アランのオルガン、ローザンヌ声楽アンサンブルが慎ましく冴える。

合唱とオルガンの掛け合いは美しく、教会オルガニストだった作曲家の心意気を感じる。

どちらの観点からも楽しめる佳曲だった。

■曲目
・グノー:コラール・ミサ曲(荘厳ミサ曲第4番)
・サン=サーンス:ミサ曲 作品4
■収録:1988年4月、ローザンヌ
■音盤:ワーナーミュージック(エラート) WPCS-11494

■Messe op.4 for two organ, soloists, chorus and symphonic orchestra→
https://youtu.be/lNqicSIP5wE



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グノー:ミサ曲

コルボ(ミシェル) / ワーナーミュージック・ジャパン

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by k_hankichi | 2015-12-22 08:03 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち