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現代音楽のバッハ・・・レーラ・アウエルバッハ

現代音楽のバッハともいえるかもしれない。レーラ・アウエルバッハ(http://www.leraauerbach.com/)による「24の前奏曲」作品41、「コラール、フーガ、後奏曲」作品31。

友人から「椅子から転げ落ちそうになった」、と連絡を受けた曲は、いま行われている浜松国際ピアノコンクールで、或るピアニストが選んだもの。こういうことでもなければ、現代音楽の音盤を買い求めることはなかっただろう。

さてその「24の前奏曲」。ドビュッシーの「沈める寺」かと錯覚するようなハ長調のモデラートから始まる第1曲が静かに閉じたかと思うと、第2曲、イ短調のPrestoに変わって度胆を抜く。長調、短調が次々に繰り返されてゆく構成だ。

第4曲:ホ短調・Appasionayo-Nostalgioは、過ぎ去った日々の甘い幸せと困苦を思い出す。
第9曲:ホ長調。バッハのゴルドベルク変奏曲の第21変奏のような味わい。
第16曲:さすがロ短調だ。作曲家のこの調性への思い入れが深まる。Allegro ma non troppo, tragico。
第20曲:ハ短調で再びドビュッシーの響きが帰ってくる。
第24曲:これが件のコンクールで弾かれた曲。ニ短調のGrandiosoだ。呪術的なる怒涛。繊細なる不安の打ち震えが辿る先はどこなのか。

現在の音楽界での評価はわからないのだけれど、この響きは心に訴えてくるものがあった。Wikipediaによるとレーラ・アウエルバッハは、旧ソ連出身の42歳。まさに脂がのっている頃合いの音楽家だ。

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■Youtubeから全曲 →https://www.youtube.com/watch?v=G58ELWYW5-s

■24の前奏曲の終曲、ニ短調・Grandioso。 →https://www.youtube.com/watch?v=93AdmTELoco


レーラ・アウエルバッハ:ピアノ作品集 [Import]

Bis

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by k_hankichi | 2015-11-30 06:06 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(6)

唸りのような感嘆の溜息が出るエッセイ・・・ 『木挽町月光夜咄』

驚いた。読み終えたあと、唸りのような感嘆の深い溜息が出て、手にした本の背表紙などを今更ながらにしげしげと眺め回してしまった。

『木挽町月光夜咄(こびきちょうげっこうよばなし)』(吉田篤弘、ちくま文庫)は、今年読んだなかで最高、というか、ここ数年に読んだ中で最高のエッセイだった。

小説の『つむじ風食堂の夜』、『百鼠』の静かな空気の流れは独特なのだけれど、実は僕は何かしら物足りないところを感じていた。それがどうだ。エッセイは百二十点の出来なのだ。

まず第一篇が「左利き」で始まる。なにも僕が左利きだから凄いと思ったのではない。しかし左利きが自分自身のことをどう解釈しているのかということが、あまりにも僕自身のものと同じで、そうかと思うと話の内容が一気に昔の記憶に飛び、そこの世界に行ったままなのかと思うと再び現世に舞い戻る、その具合が絶妙なのだ。

短篇の連なりかと思うとそれは違って、銀座の木挽町(いまの歌舞伎座のあたり)で鮨屋を営んでいた吉田音吉という、著者の曾祖父のことを辿っていく徒然の日々。ある種小説仕立てになっている。とはいえ、何らかの結論まで導こうとした作為があるわけではなく、あっちにいったりこっちに寄り道したり、きっかけが本筋になったりして、その風来坊感が心地よい。

もちろん結末は「木挽町へ」という一篇で締めくくられるのだけれど、ぶらり街角一人旅のような行脚の結末に相応しい爽快さだった。

初出は2010年から2011年にかけて筑摩書房のインターネット版雑誌『Webちくま』に連載されたものだそう。だから東日本大震災に遭遇した時期の事柄も織り込まれていて、それはまた僕自身のあの頃の記憶を呼び起こす作用ももたらす。

とても触発的な、英語で云えばspontaneousな感覚に包まれる作品だ。

追伸:この書は単行本と文庫版があるが、後者のほうがよく、それは「遠くの自分」や「月夜の晩の話のつづき」という著者のあとがきや、坪内祐三による解説(吉田篤弘と同じ赤堤小学校を出ているそう)も収録されているからだ。



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木挽町月光夜咄 (ちくま文庫)

吉田 篤弘 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2015-11-29 00:23 | | Trackback | Comments(2)

『じっとしている唄』(小栗康平)のこころ

小栗康平のエッセイと手記が入った本を読んだ。『じっとしている唄』(白水社)。前半は毎日の徒然に即したエッセイ。終りのほうに映画にまつわる思考の手記がおさめられている。

その「映画の思考」の章のなかの記載が良かった。僕の友人が少し前、藤田の絵について言っていたことと同じような観方をしていることにも思わず頷いてしまった。

“フジタの出世作<ジュイ布のある裸婦>はパリ近代美術館に展示されていた。同時代の作家たちの画とフジタの画がはっきりと違って見えた。なんというか、周囲のそれよりも静かなのだ。もちろん静かさの感覚はそれぞれの受け止めの違いでもあるだろうけれど、日本画的とも見てとれる、絵画技法の違い、もあったのかもしれない。ヨーロッパの油画の伝統の中にあって、フジタはいかにも日本、であると思えた。”
(「静けさから」より)
“近代の個人は砂粒のようにばらばらである。ばらばらに孤独な個人である。わたくしたちは一人ひとりで「時間」を管理する「自由」を持つようにはなったけれど、その時間は個々人が孤独のうちに「消費」するものでしかなくなっている。哲学者の内山節が看破して書かれているところだ。映画の時間がそうしたものといっしょでいいはずはない。(中略)「もの」「人」は「場」と共にしかない。そう考えると「在る」とはみな個別にある。普遍的に「在る」と思うのは観念であって、実相ではない。であれば、映画の撮るという行為は、そもそもがローカルなものに向かい合うことではないか、と考えられる。(中略)受動、受容は静かな持続でもある。それは祈りにも近いものかもしれない。そんなふうに考えてみると、映画表現の可能性はまだまだ広い。”
(「じっとしている唄」より)
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じっとしている唄

小栗 康平 / 白水社

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by k_hankichi | 2015-11-28 06:45 | | Trackback | Comments(2)

祈りが届くことを祈る日

鎌倉や逗子というと、自分自身の自宅からは遠かったけれども学生時代からの思い出が深く、大切にしていたのは、それなかりではなくて、そこに原節子が暮らしていることをずっと知っていたからだった。

そして、いつか道で擦れ違うこともあるのではないか、という仄かな期待を以て、日々を過ごしていた。

そんななか、今日が来た。

今日といえども、それは9月5日のことであり、今年のその日に僕が何をしていたのだろうかと思い返しても思い出せないほどで、まだ夏の空気の香りが満逼している日のことだったろうということだけは分かった。

原節子と、路で擦れ違うことなど、一つの可能性としても無くなってしまったということが分かったいま。

あの素晴らしき映像と息吹には、これまでと同様に、映画のなかでしか逢えないのだということが、決定してしまったいま。

憧れがとうとうに実現できなくなったということが分かったその落胆と哀しみ。

天国で、小津安二郎監督や笠さんと、すばらしき日々を過ごされるだろう、これからの日々のことを祝福しながら、お悔やみを申し上げます。

これまでの幸せをありがとう。

そして、これからも、また、映像のなかで遭えますことを、楽しみにしております。

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by k_hankichi | 2015-11-27 00:09 | 映画 | Trackback | Comments(4)

更け行く夜の愉しみ・・・浜松国際ピアノコンクールの配信

友人から、浜松国際ピアノコンクールが始まっているという知らせが入った。
ホームページ →http://www.hipic.jp/

なになに! ちょうど春に浜松に立ち寄った際に聴いた、コンクールに臨戦するためのアカデミーを聴講したことを思い出した。あちらは教育システムの一貫のなかのイベントだった。ココ→www.actcity.jp/hacam/PianoAcademy

一方、今週始まったこちらのコンクール、欧米の名だたるコンクールにも入賞者を輩出しているきわめて高レベルのコンペティション。本来であればその場に足を運びたい。しかし仕事もあるなかにそんなことはとてもできない。

そんな僕らにとって救いがある。ビデオ配信だ。なんとライヴ配信だけでなく、オンデマンドも配信してくれている。音だけの場合はHi-Resで聴けるという。これは幸福だった。

映像・Hi-Res音源配信 →http://www.hipic.jp/video/

早速、友人おすすめのオーストリア生まれ22歳のフィリップ ショイヒャー(Philipp SCHEUCHER)
による以下の曲を聴いていく。3日目の3人目だ。

・L. アウエルバッハ 24の前奏曲 Op. 41 より 第24番 ニ短調
・L. ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 Op.31-2 「テンペスト」

椅子から転げ落ちそうになった、と連絡を受けたアウエルバッハの前奏曲は、まさに文字通りそれで驚き、ベートーヴェンのテンペストはこれまた、これまで聴いたことのなきアクセントとテンポ。

いやはや、世の中には才知ある人がまだまだ居るのだなあ。

更け行く晩秋は愉悦に変わっていく。

→写真は春のアカデミーのパンフレット。
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by k_hankichi | 2015-11-26 00:13 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)

映画『FOUJITA』が異色であるわけ

映画を観た後、雑誌『シナリオ』(2015.12月号)で監督・小栗康平のインタビュー記事を読んでいて、『FOUJITA』がどうしてあのような客観的な仕立てなのかが、ようやく腑に落ちた。そして監督の慧眼に感嘆した。

I(インタビュアー):その中にあって、フジタの心情はまったく語られませんね。主人公が何を考えているのか容易にはわからない。
O(小栗):映画がそれを目的としてないんですね。(中略)この映画はそういうことをしてない。まずは日仏の二〇年代、四〇年代の文化と時代の違いをくっきりと並置することがひとつ。それから歴史的な人物ですからいろんなエピソードがある。それをいくら整理したところで、もう一つの物語を作ることでしかないので、それはしない。(中略)人が持っている佇まいや姿を自然のなかにというか、広いところに開いてあげる、そういう言葉にしきれない、映ることの強さですね、そっちを大事にしたいと思うのです。(中略)僕は心理なんて描いていないといいたいくらい。動かない<私>というものがあって、その私の中で揺れるものを心理というとすれば、<私>はそのようには確固としていない、そう思います。(中略)あまりにもわかりやすい物語、わかりやすい人物像にすべてを落とし込んで映画を作ること、あるいは理解しようとすることについての異議はありますね。それよりはやっぱり映るものの強さを信じようとは思います。

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by k_hankichi | 2015-11-25 00:24 | 映画 | Trackback | Comments(2)

『困難な成熟』を読んで未成熟度を知る

内田樹の『困難な成熟』(夜間飛行刊)を読了。夜間飛行という会社が運営しているメールマガジンに寄稿したものがもとになっている書だ。

内田さんの著作を読んでいるとドッグイヤー(ページの角折り)だらけになってしまうのだが、この本もそうなった。

「働くということ」という章には、レヴィナスによる次のような事柄が紐解かれている。

(1)他者がいる。
(2)その他者が何かを欠如させ、それが満たされることを求めている。
(3)「あなたの欠如を満たすもの、それは私である」という名乗りがされる。

これだけ条件が整わないと「可能」文は語れないのです。
この三つは、それによって「人間の社会」が始まる基本条件のようなものです。たぶん、これが人間が人間であるための基本条件なのです。哲学的な言葉づかいで言えば、それは「飢えているもの、乏しきものとしての他者の切迫」、「その飢えを満たし、贈与するものとしての『私』の立上げ」という表現に置き換えることもできます。

養老孟司の思想と通じるものがある。

僕自身が成熟するまでには、まだまだ時間がかかると改めて悟るのだけれど、いまの自分の道を進めていってよいのだ、とほっと安心する何かがある。

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困難な成熟

内田樹 / 夜間飛行

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by k_hankichi | 2015-11-24 00:20 | | Trackback | Comments(2)

新宿の昔のデータべ―ス

新宿続きで申し訳ないが、この地の歴史を写真で繰って眺めることができるサイトがある。新宿区立新宿歴史博物館のデータベースだ。地域・年代の括りと、テーマでの括りとで写真を見ていくことができる。

ココ →http://www.regasu-shinjuku.or.jp/photodb/index.html

写真集を眺めていると、自分の昔と出会っている気持になる。あの頃あの日あの時の事柄が、糸を辿るように手繰り寄せられる気がする。

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by k_hankichi | 2015-11-23 09:30 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

新宿駅東口で本来の青梅街道をようやく知る

新宿駅の東口と西口を行き来するには、南口の陸橋を歩くか、地下鉄丸の内線に沿っての地下道を歩くか、あるいは、東口のアルタ前と西口のしょんべん横丁前をJRの線路の下を潜って繋ぐ小道で行くかである。

その道の前を横切る際に、ふと見上げると、道路標があり、そこには、「旧青梅街道」と書いてあった。ん?なになに?と思って、辺りをさらに見回してみると、通路の入り口に何やら掲示してある。

よく見ると昭和30年ごろの新宿駅東口の写真だ。ものすごく立派な作りで、なんだか感銘する。僕の記憶の東口は新宿マイシティだ(元はステーションビルと呼ばれていて、そして現在はルミネエストと改名されている)。

説明によれば、正真正銘の青梅街道は、曾ては少し小便くさい匂いがした、あの線路下の小道なのだというのだ。

そうなのか。道には歴史があるなあ。

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by k_hankichi | 2015-11-22 16:47 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

『FOUJITA』を観る

新宿で映画『FOUJITA』を観た。事前にシナリオを読んでいたのだけれど、小栗監督が藤田嗣治に馳せた心象風景に隅々まで満ち溢れた作品だった。

外国からパリに出てきた者たちは、ふつうはエトランジェとして扱われる。しかしFOUJITAはそのようななか、自分を卑下した存在に落としてもその国に溶け込もうとする。まさに身と心を削るかのようなFOUJITAの佇まいには共感する。僕自身の過去の軌跡が、まさに重なって、FOUJITAの心が身に迫る。

フランスから日本に戻ってきたあとのFOUJITAは戦争画に専念するが、その鬼気迫る芸術が高みに至るところで、彼の心には枯れた風が吹き始める。

亡くなる直前に描いたフランス・ランスの礼拝堂の壁画のなかに、FOUJITAの自画像が描かれているのだけれど、それが映画の最後のエンドロールで流れて初めて、FOUJITAが世界で起きていた事柄に対して、ただただ傍観者的な位置からそれを眺めざるを得なかったということを知った。

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by k_hankichi | 2015-11-21 18:37 | 映画 | Trackback | Comments(4)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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