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<   2015年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧
西洋の島国のこと
カズオ・イシグロの小説を読んだあと、英国の歴史のことを考えていた。極東の島国と違って、あの国は、さまざまな民族によっての支配と、その交代を繰り返していたことを知る。連合王国、という名のついたそれは、それらの淘汰の果ての全体最適なのだということが、ようやく分かった。

極東の私にも、そういうことを、知らしめてくれたということ。僕にって、そういう意味でも、イシグロの存在は大きい。

いつか、その地に足を踏み入れたい。そして、ヒースの生え茂る丘の上に、身を横たえてみたい。
  
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by k_hankichi | 2015-07-31 06:12 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)
高橋悠治によるバッハの六つのパルティータ
高橋悠治の語りを聞いているうちに、この人の熱い、そしてしかし透明なる視線ではるか遠くまで見通しているその姿勢に気づいた。

バッハについては、ゴルトベルク変奏曲以外にも演奏を残しているということを知って、その演奏を聴いていると、われわれ東洋人であろうとも世界の彼方、あるいは涯てのところまで、想いを馳せることができるのではないのか、ということに気づく。

高橋さんの言魂、そして音魂に、もっともっと触れていきたい、と思った。

■Yuji Takahashi plays Bach Six Partitas →https://youtu.be/3YAADaPZEJI

  

バッハ:パルティータ集(紙ジャケット仕様)

高橋悠治 / 日本コロムビア

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by k_hankichi | 2015-07-30 07:00 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
高橋悠治の真摯な語り
高橋悠治といえば、僕にとっては、バッハのゴルトベルク変奏曲の名演だ。それ以外は、武満徹の曲のさまざまな演奏、そして素晴らしき音楽評論。

そんな彼が、音楽の世界を超えて、世界観や政治について、いくつか語っているということを知った。これを見聞きするだけで、5年ほど前の語りが、すぐさま今の世界にも通じていることが分かる。

今年の国会議論の、あまりにも乏しい論議を超えられる原動力はなにか?

個々の思考と行動を深めることなのだと思った。

■高橋悠治、状況を語る →https://youtu.be/vLDMc6DFf5Q

  
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by k_hankichi | 2015-07-29 06:40 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)
『忘れられた巨人』・・・争いを過ぎての愛の旅路
カズオ・イシグロの小説『忘れられた巨人』(早川書房、原題:The Buried Giant)を読了。ブリテン人の村の中で、人々は「記憶」を失ったまま日々を暮らしている。すこし前の出来事であろうとも憶えてない。それは「霧」のせいだと言われているが、その根源は何なのかを皆は知らない。日々の暮らしのなかには事件も起きるが、いったん収まると人々の関心事はすぐに別の事象に移り変わっていく。

そんななかにひっそりと暮らす老夫婦、アクセルとベアトリス。彼らには遠いところに息子が居る。その息子のことを想いだしはすれども、敢えてそこを訪ねようとしていなかった。

或る日、ようやく息子のもとへと旅にでる決心をする。その旅と共にすることになる勇敢なる武者ウィスタンと、少年エドウィン。旅の道すがら、さまざまな人たちと出会う。サクソン人の暮らす村、城郭のような寺院、そして荒野を超え山の奥深くまで訪ねていく。

忘れていた微かなる記憶が、そのたびにふうっと湧いてきて、そしてまたそれは薄れていく。その昔にあった歴史とはどういうものなのか。

息子のもとへの道は、過ぎ去りし昔を辿る旅であり、そしてついにその場所に至る。そのとき、彼らの記憶を妨げていた「霧」はどうなっていったのか。巨人とはいったい何だったのか。

争いを過ぎての愛の旅路。そしてその旅路のあとには、何があるのか。読者は、その先に何が起きるのかということを静かに悟る。

この作品が描こうとするもの。それは、イギリスの生い立ちや遥かなる昔への、静かで太くたくましい追想であり、そして、人間、いや、人類というものが抱えている正と負の十字架についてなのだと思った。

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忘れられた巨人

カズオ イシグロ / 早川書房

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by k_hankichi | 2015-07-28 00:11 | | Trackback | Comments(2)
クリスマス・オラトリオの癒しのアリア
クリスマス・オラトリオをまだ聴いている。流れたゆたうその旋律のなかで、特に好きなのは第39曲のソプラノアリア。これは、山びこ(こだま)とのやり取りになっていて、その透徹なる響きが心を癒す。

第4部:「新年、キリスト割礼の祝日のためのカンタータ」のなかの一曲で、ヘラクレス・カンタータ(BWV213)の第5曲が原曲となっている。原曲は、若き主人公[ヘラクレス]が"Treues Echo dieser Orten," [この辺りの忠実なるこだまよ]と善の道を知るべく問いかける、というもの。それをソプラノでのやりとりに替えている。

第39曲
Flößt, mein Heiland, flößt dein Namen
auch den allerkleinsten Samen
jenes strengen Schrekkens ein?
Nein, du sagst ja selber nein!
(Echo) Nein!
Sollt ich nun das Sterben scheuen?
Nein, dein süßes Wort ist da!
Oder sollt ich mich erfreuen?
Ja, du Heiland sprichst selbst ja!
(Echo) Ja!

私の救い主よ、あなたの御名前は
この上なく小さき種子にさえも、
かの厳しき恐れを吹き込むのか?
否、あなた自ら「否」とお告げください。
(こだま)否!
今私は死をいとうべきか?
否、とあなたの甘い御言葉がそこにある!
では私は死を喜び迎えるべきか?
そう、救い主であるあなた自ら
 「そう」とお告げください。
(こだま)そう!

■J. S. Bach: Weihnachts-Oratorium, Flößt, mein Heiland, flößt dein Namen 
WDR Funkhausorchester and WDR Rundfunkchor Köln, recorded Dec 2012 in St. Mariä Himmelfahrt, Cologne. Conductor: Niklas Willén, soprano: Jeanette Köhn
https://youtu.be/AT7PA-HAJWY

■同、グンドラ・ヤノヴィッツらによる。
Gundula Janowitz(so), Munich Bach-Orchestra, Karl Richter(conductor), 1965
https://youtu.be/IdM-p8TvL_I

 
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by k_hankichi | 2015-07-27 00:32 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
すぐには憤りは治められない映画『人生スイッチ』
いろいろと憤りが堪った一週間だった。土曜日の昼にその気持ちを治めるべく向かった映画は、予告編が良かった『人生スイッチ』(原題:Relatos Salvajes/英題:Wild Tales)。→
http://jinseiswitch.gaga.ne.jp/

アルゼンチン映画は信頼できる、とばかり意気揚々と臨んだのだけれど、『瞳の奥の秘密』(→http://hankichi.exblog.jp/15229183/)と比べれば、1/100程度の出来で、これは、『8時だョ!全員集合』程度の作品だった。米国アカデミー賞の外国映画賞のノミネートがされたものなのだそうだけれど、そういうレベルとはちょっと違う。

あまりの強迫性に、観終えてしばらくしてからでないと、伝えようとしていることが分からない。

ストーリーを追いながら、自分や他者の邪悪さ(仕事や生活の中での)をああだこうだと想いだしてしまい、それらはあとからあとから湧き出てくる。忌々しい不要な思い出が頭の中を交錯して、そういったウザウザしたものが無くなったころに、ようやく映画が表わそうとしたことが何なのか、が少しづつわかってきた。

いちど生じてしまった人間の怒りや憤怒というものは、どこまでも際限がないということ。結局は自分の判断基準でしか思考できない、というおっそろしく甲斐性がない事柄。人は結局はどこまでも自己中心なのだ、ということ。

ちょっと悲しすぎて、茫然とした。

■『人生スイッチ』
監督、脚本:ダミアン・ジフロン
製作:ペドロ・アルモドバル、アグスティン・アルモドバル
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
キャスト:
リカルド・ダリン・・・シモン
リタ・コルテセ・・・料理人
ダリオ・グランディネッティ・・・サルガード
フリエタ・ジルベルベルグ・・・ウェイトレス
レオナルド・スバラーリャ・・・ディエゴ
オスカル・マルチネス・・・モーリシオ
エリカ・リバス・・・ロミーナ
製作年:2014年
製作国:アルゼンチン・スペイン合作
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■映画トレイラー →https://youtu.be/r8Lm8y0Ii7o
■国際版トレイラー →https://youtu.be/09ZxcT21y60

 
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by k_hankichi | 2015-07-26 07:29 | 映画 | Trackback | Comments(2)
リズム&ブックスから八幡湯
今日の夕方は、代々木八幡界隈を逍遥する。

古書店・リズム&ブックスは、ロック音楽が複雑に流れる。自分が、東京の市街からほど近い居るような感覚ではなく、多摩の片田舎にいるような感覚に捉われる。

ひととおり物色し終えて、三島由紀夫や小津安二郎の書籍を買い求める。店の外に出ればそこは灼熱地獄。噴き出る汗を鎮めるべく八幡湯へ。そこは地元の人たちの憩いの場。肩を並べての癒しがそこにあった。

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by k_hankichi | 2015-07-25 20:28 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)
僕も漂いたい・・・『南海漂泊 土方久功伝』(岡谷公二)
『ゆかいなさんぽ』(福音館書店)の絵本の作者、土方久功(ひじかたひさかつ)が、はるか南方の島に長年に渡って滞在した著名な彫刻家だ、ということをブログ知人から教わって、伝記を取り寄せて読んでみた。『南海漂泊 土方久功伝』(岡谷公二、河出書房新社)。

彼の生きざまに驚いた。昭和初期から戦中の15年間、単身でミクロネシアの孤島、サテワヌ島やパラオ諸島、そしてボルネオに生活し、現地の人々とともに土俗、文化、歴史、歌に親しんだ。この間、作家の中島敦は彼の元に滞在し、このときの経験をもとに、のちに数々の小説を生んだという。土方は、帰国後は、南洋の暮らしの反動なのか体を壊し、ようやく養生した戦後になってはじめて、南洋にいたときの記憶を頼りに、木版レリーフの彫刻にいそしんだ。

高村光太郎は、彼の彫刻を評して、次のように新聞に掲載したという。

“何の遠慮もなしに氏の幻想なり南方の詩が、ある現代感覚のデフォルメを経て気持ち良く表現されており、はなはだいさぎよい。この原始感プラス現代感の美はちょっと類がない。テクニックの方からいうと、浮彫木彫の常識を破って映像を平たく、平たくと逆に彫ってあるのは興味があり、この手法にも成功している。一般木彫家の一見に値する。南洋土人の骨格なり容ぼうに深在する美しさがここにある。女性や少女ははなはだチャーミングであり、青年の蛮人的骨格にも看破し得ない面白さとまじめさとがある。とにかく見る者の心を明るくする展覧会だ。”(朝日新聞・朝刊学芸欄、昭和28年1月21日付)

ゴーギャンのような、こんな生き方が日本人にもあったのだ。

いま、この時代・・・。倫理と節操の欠けた、世知辛い世の中のことを忘れて、南の孤島に漂いたくなった。

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南海漂泊―土方久功伝

岡谷 公二 / 河出書房新社

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by k_hankichi | 2015-07-24 06:45 | | Trackback | Comments(4)
猛暑日に聴くクリスマスオラトリオ
昨日の朝のこと。友人から言われていたことを思い出した。「熱帯夜には君、リヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼンが似合うのだ」。

聴きたくて堪らなくなった。しかし手持ちがない。CDショップに駆け込み買い求めたいがそんな時間はない。

まてよ、この勢いは朝の夢に似ている。例の頭に血が上っての欲望ではありやしまいか。

心を少し落ち着けて、自分のウォークマンをじっくりと繰った。

「クリスマス・オラトリオ」、J.S.バッハ。

ああ、買ったままで年末に聴こうとしていたもの・・・。ままよ、と聴き始めた。

こ、これは意外に合う!

猛暑日の電車の中の空気が(というか僕の頭のなかだけだが)、冷えてゆき、きゅーんと断熱冷却されていく。

満員電車の吊革につかまり立つ人々が、教会へ頸をうなだれ歩む人々に見える。

窓の外にゆらめく陽炎が、冬の暖炉の焔のゆらめきに見える。

「夏の、はこね路」と書いてある吊革広告が、「冬の、バルト海」に見える。

朝靄が黄色く掠れる灼熱の夏。クリスマス・オラトリオは身に沁みる。

今朝は雨。蒸し暑いなかに聴く「クリスマス・オラトリオ」もまた格別なり。

■曲目
J.S.Bach:クリスマス・オラトリオ BWV248
同:カンタータ「グロリア・インエクセルシス・デオ」BWV191
■演奏:コンセントゥス・ヴォカリス・ウィーン、ヴィルトゥオシ・サクソニー、ルートウィヒ・ギュトラー(指揮)、クリスティアーニ・エルゼ(so)、アネット・マルカート(al)、ハンス・ピーター・ブロッホヴィッツ(te)、オリバー・ヴィドマー(ba)

■収録:1995.1月、聖ルカ教会、ドレスデン
■音盤:ベルリン・クラシックス 0011352BC
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by k_hankichi | 2015-07-23 06:40 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
頭に血が上ると欲に負ける夢
今朝の夢は、自分の懐具合との相談をしたものの、頭に血が上って欲望に負けてしまったというもの。

海外で医師をしている友人が久しぶりに帰国して歓談。彼は最近、日本での移動用にホンダのノスタルジック希少車を手に入れたという。チョコレート色の塗装が輝く初代シビックだ。CVCCエンジンが搭載された軽やかな車体で、クリーム色のシートも美しい。

「君が欲しいというのならば、xxxxxxx円で譲ってあげてもよいよ。」
「いやー、二台目の車なんていまは不要だし、カッコいいけど、遠慮しとくよ。」
「そうかい、でもこの塗装色のシビックはレアものだぜ、乗り心地もリッチな感じなんだ。」
「そうか、でもいいや。」
「気になったらいつでも連絡してくれよ。安くしとくぜ。」

そう言い残して、彼は夕暮れの道に消えた。夜が更けていった。

「あの車、格好良いな。」
「ピカピカしたチョコレート色が堪らないなあ」
「レアものということ、値も上がるかもしれないよな。」

欲望が渦ののように頭の中を駆け巡った。朝になるのが待ち遠しかった。

僕は、明るくなるや居てもたってもいられなくなり、空港から飛び立とうとしていた友人を捕まえた。xxxxxxx円を渡した。

「車の鍵は、○○という男に言ってくれ。名義変更の書類なども彼がやってくれる。」

そして彼は去っていった。

昼下がり。

自分のものになった車を前にして、茫然としていた。なんとも、みすぼらしいボロ車が目の前にある。どうして初代シビックにノスタルジーを覚えたのか。魔法にかけられたかのような面持ち。

どう見ても無駄以外の何物でもない。どうみても、欲望を掻き立てられることはない。

頭に血が上った、血迷ったことがもはや信じられない。いったいどういう論理でそうなったんだ。

わかっている。論理ではない。空想が妄想に変わっただけなんだ。

なんじ、惑わされるべからず。

キリストが言ったか言わなかったか、わからないけれども、自分の不甲斐なさになんともガックリした。

これが現実にならなければよい。そう願う朝だった。
 
 
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by k_hankichi | 2015-07-22 06:46 | 夢物語 | Trackback | Comments(2)