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年の瀬になりました。いつものとおり今年のベストをまとめたく思います。

■音楽
1.セルゲイ・ハチャトリアンによるバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティ―タ BWV1001~6
http://hankichi.exblog.jp/22950082/
http://hankichi.exblog.jp/22980096/
音盤:Naive V5181
こわれそうなほどに脆い心をもって、触れるか触れないか分からないほどにそっと包み込んでいく、福永武彦の小説に流れているような愛と哀しさと労りのような比類できない種類のバッハ。思い出してみると、昨年のベストも同じ曲で、カール・ズスケによるものだった。

2. スティーヴン・コヴァセヴィッチによるバッハのパルティータ第4番ニ長調BWV828とベートーヴェンのディアベリ変奏曲
http://hankichi.exblog.jp/23053344/
http://hankichi.exblog.jp/23209578/
音盤:Onyx Classics ONYX-4035
アルゲリッチの三人目の夫がスティーヴン・ビショップだったとは(のちに改名してコヴァセヴィッチ)知らずに、しかしこんなに優しいバッハを弾ける人は初めてで、だからアルゲリッチの心に合点がいった。

3. ムラヴィンスキーによるチャイコフスキー『くるみ割り人形』
http://hankichi.exblog.jp/23004471/
http://hankichi.exblog.jp/22898620/
音盤:Altus ALT286、BMGビクター BVCX-4005、Altus ALT054
「永遠のドーシラ、ソファー、ミレドー」である。

次点.コンチェルト・イタリアーノによるペルゴレージのスターバト・マーテル
http://hankichi.exblog.jp/23258202/
音盤:Naive NC40024
冬の日が暮れゆくときに似合うペルゴレージ。そこはかとなくか弱く、素朴で、しかし芯のあるその美しさといったらない。

次々点.カティア・ブニアティシヴィリによる『Motherland』
http://hankichi.exblog.jp/23239283/
音盤:ソニー・ミュージック SICC-30172
角砂糖を少しだけかじったときに、小さい頃の幸せや、少しせつないほどの憧れの気持ちを思い出すような演奏集。

■小説
1.『低地』(ジュンパ・ラヒリ、新潮社クレストブックス)
http://hankichi.exblog.jp/22640284/
カルカッタとアメリカ・ロードアイランドにまたがる大きな物語。

2.『黒百合』(多島斗志之、東京創元社)
http://hankichi.exblog.jp/22751426/
先輩から紹介された本。六甲山のきらきらした存在がノスタルジーと重なり記憶に残る。

3.『彼が通る不思議なコースを私も』(白石一文、集英社)
http://hankichi.exblog.jp/21910018/
読後にフォーレのチェロ曲「夢のあとに」が静かに響いてくるような作品。

次点(小説ではないけれども).『わたくしは日本国憲法です。』(鈴木篤、朗文堂)と、『憲法主義 条文には書かれていない本質』(内山奈月、南野森、PHP研究所)
http://hankichi.exblog.jp/22531167/
http://hankichi.exblog.jp/22408244/
改めて、このことの大切さを深く認識した。

■映画
1.『おやすみなさいを言いたくて』
http://hankichi.exblog.jp/23204429/
妻と母ということをこなしながら、社会のなかに生きる女として「自らの使命と宿命」に改めて気づくその眼差しが美しい。

2.『タイピスト』
http://hankichi.exblog.jp/22544993/
彼女の、上目づかいのまなざしのことが、いつまでも脳裏に残る。それは、オードリー・ヘップバーンが持っている、あのまなざしと同じで、何十年もの長き間、男たちが魅了された系譜を引いていることは間違いがない。

3.『リスボンに誘われて』
http://hankichi.exblog.jp/22841586/
悩みある男のロマン。自分が思い描いた理想の自分。それを為しえないまま今に至っているその不甲斐なさが、ある日あるとき或る切っ掛けで打ち破られる、その爽快さ。

次点.『それでも夜は明ける』
http://hankichi.exblog.jp/21866019/
どの身分に自分は所属しているのか、ということに気持ちをとがらせる必要のない社会、それがいつの日か来ることを祈る。そういう純粋な気持ちが、この映画を作っている。

■美術
1.『ミレー展』三菱一号館美術館
http://hankichi.exblog.jp/23103027/

2.『ボストン美術館・華麗なるジャポニズム展』世田谷美術館
http://hankichi.exblog.jp/22507301/

3.『ラファエル前派展』森アーツセンター・ギャラリー
http://hankichi.exblog.jp/21912250/

■酒
1.ロンドンドライジン・シップスミス
http://hankichi.exblog.jp/21875699/

2.シェリー酒のマンサニーリャ・ラ・ギータ(Manzanilla la Guita)
http://hankichi.exblog.jp/22949923/

2.宮城の純米吟醸「乾坤一 冬華」
http://hankichi.exblog.jp/22622615/

■テレビ番組
今年はドラマ不作の年とみた。このため、その他のカテゴリーも入れてのベストとする。
1.NHK『世界入りにくい居酒屋』
http://hankichi.exblog.jp/22751833/
http://hankichi.exblog.jp/22892855/
海外版の吉田類なのかと思って観れば、それは全く違う趣向で、それぞれの土地の酔っ払いのさまが描かれていてとても楽しく、かならず訪れてみたくなる。

2.TBS/WOWOW『MOZU』
http://hankichi.exblog.jp/21982627/
http://hankichi.exblog.jp/22831248/
真木よう子と蒼井優の演技は、やはり素晴らしい。

3.『野王』
http://hankichi.exblog.jp/22454000/
クォン・サンウとスエの愛憎の濃さは観ていて疲れるけれど、たとえ尻切れトンボであろうとも、しっかりと描ききる執念には驚いた。

来年も、どうぞよろしくお願いします。
  
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by k_hankichi | 2014-12-31 00:40 | | Trackback | Comments(4)
アルトのサラ・ミンガルトは、ジュリエッタ・シミオナートにレッスンを受けて育ったという、そのシミオナートの歌声を僕は知らなかった。ブログ友人に触発されて、『カルメンの白いスカーフ 歌姫シミオナートとの40年』(武谷なおみ、白水社)を読んでみて、ますますその機会を持てなかったことが惜しく思えた。

“もうひとつ、シミオナートについて講演を重ねる過程で気づいたことがある。それは聴く側の反応だ。彼女の舞台にじっさいに接した日本人はもう五十歳をこえる年代だが、会が終わると男性でさえ目をうるませて寄ってこられる。シミオナートさんがお元気で嬉しいといいながら記憶の糸をたぐりよせ、彼らは必ず「あの日」の自分と出会う。瞬時に消え去るはずの「声」がそれぞれの過去をよみがえらせ、アルバムの写真以上に人の心を揺さぶるとは。・・・(中略)・・・ひばりの歌に酔った人々が敗戦から高度成長期を駆けぬけて、おそらく無意識に日本の昭和史に通じたように、シミオナートの声のコレクションをしながら多くの人が、それぞれのイタリアを所有したのだ。”(「母の日」にミラノで捧げた講演会、から)

僕にとって、そういう感興を湧き立たせてくれる歌い手とは誰なのだろう。選ぶとすれば八神純子とテレサ・テン、絢香かなぁ・・・。しかし、それではどうもひばりやシミオナートとはスケールが違うような気がする。共に時代を生きた歌手が僕には居ないとすれば、なんだかずいぶん勿体ない。

ちょっと惜しい気持ちとともに年の瀬を過ごす今年である。

■ジュリエッタ・シミオナート インタビュー 1998 →http://youtu.be/hkRCimuaglU

  

カルメンの白いスカーフ

武谷 なおみ / 白水社

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by k_hankichi | 2014-12-30 00:04 | | Trackback | Comments(3)
堀江敏幸の『象が踏んでも 回送電車Ⅳ』(中公文庫)を読了。そこかしこに、しみじみとした記載ある。

次の言葉には、心を打たれた。

「しかしラヒリにもないのは、会おうと思えば会えるような近しい人とあえて会わないでいる、という距離の取り方だ。この微妙な距離の姿に注意を促しているのが、『文学が好き』(旬報社)の荒川洋治である。世界的な雪の研究者、中谷宇吉郎の、若い日の文章を引きながら氏は言う。会っていなければ、相手は「死んでいる」ようなものだが、死んだ人には会うことはできない。
“だとすると、「会わない」状態のなかで、耐えていることは、相手もこちらもが、いのちをもつ、つまり生きていることのしるしなのだ。生きているしるしが、「会う」ことよりも、「会わない」ことのほうにあるのだ。それは大きな世界だ。”
大切なのは、「会わない」ことの濃度である。いかにあたたかく、またいかに淡々と「会わない」時間を受け入れるか。生を意味づけるこの豊穣な否定の世界に、私はいま思いを凝らす。」

豊穣な否定の世界、ということの意味は重い。しかし会いたい場合もあるよな、と複雑な気持ちにもなった。人は自己のなかに世界をもっているけれど、それだけではなくて外との触れ合いを通じて、啓発や気づきがたくさんある。
 
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by k_hankichi | 2014-12-29 11:05 | | Trackback | Comments(2)
「風邪をひくやつは仕事での緊張が足りないからだ」、と会社の上司からよく言われていた。そうはいっても、この寒さ。みちのくとの往復もあり、とうとう風邪を引いた。冬休みに入っていたので良かったのだけれど、喉がひいひいと唸り、ガラガラとする。あまりに咳がひどいので、息を吸ったまま倒れそうになる。

そんな明け方の夢は、案の定、エニグマ的なもの。

履こうとする靴がなくて、下駄箱という下駄箱を探し回る話。
仕事に遅れてしまう話。
退職されている元上司からいろいろ諭される話。
自分のオフィスに入ることが憚られる話。

夢のなかで一つ一つ反論したり抗弁しようとするが、風邪で喉がしわがれていることもあり、しどろもどろになる。こまったものだ。

「そんなに咳がひどくて朝飯は食べられないんじゃないの?」

問われてちょっと困る。声が出ないし、喉は痛むものの食い意地は無くなっていないからだ。

ごはんと納豆
豚汁
リンゴ4切れ
クリスマスケーキの残り1切れ

もごもごしながら、目の前のものをペロリと食べた。ほうれん草と人参、椎茸、ベーコンの炒めものは食べず。喉のイガイガが怖いのだ。飯を食らうという一仕事を終えて二階に上がる僕の後ろで、声がしていた。

「それだけ食べられれば大丈夫そうね。」
  
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by k_hankichi | 2014-12-28 08:40 | 一般 | Trackback | Comments(4)
堀江敏幸の『象が踏んでも 回送電車Ⅳ』(中公文庫)を読んでいる。次の言葉に、じんときた。

“心の底から愛し、深く尊敬していたひとの口から出てきた、美しくはあってもすぐに消えてしまうような台詞より、意図した饒舌とも念入りな沈黙とも縁のない、ふだんどおりのやりとりからこぼれ出て、いつのまにか身体いっぱいに広がっていた一語のほうが、ずっとありがたい、ということである。
(中略)
掛ける言葉、賭けられる言葉は無限にあるのに、救われたという感触をもたらすまで育っていくい言葉は、じつに限られている。残りは忘却のなかで、みごとに処理されてしまう。おびただしい情報を扱っていながら、孤独を産め、るために一番必要な鍵がみつからないのと、それは同じ道理である。しかし、与えられた言葉は、情報は、処理するものではない。日々育てていくものだ。ホーフマンスタールがうたっているとおり、「釣針のように呑みこんで、泳ぎつづけて、いまだにそれに気づかない」言葉が、情報がある。うまく育たないことの多い、だからこそ貴重な未来の相棒を迎えるために、痛みをこらえて、その釣り針を心に残したままにしておきたい。”(「釣り針のような言葉」より)

年末年始のあいさつ文のいろいろを考えながらも、さて、僕にとってのそういう言葉って何だろう。いまこれから発しようとする言葉にはどれだけの意味があるのだろう。いまのこの姿は、表層的な状態のなかに、ただ単にたゆたうように遊んでいるだけなのかもしれない。そう思って、ちょっと淋しくなった。
  

象が踏んでも - 回送電車IV (中公文庫)

堀江 敏幸 / 中央公論新社

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by k_hankichi | 2014-12-27 08:43 | | Trackback | Comments(2)
寒き冬の日。穏やかなる昼の日差しに暖まっていたかと思えばあっという間に夕方になり、一面が陰り始めて夕暮れを迎える。

そんなひと時に、今日は先週買い求めた古楽器オーケストラによるペルゴレージのスターバト・マーテルを聴く。この演奏は、これまで聴いてきたペルゴレージの名演に引けを取らぬもので、カップリングになっているスカルラッティのスターバト・マーテルも、これまた素晴らしかった。

アルトのサラ・ミンガルトのたっぷりと芳醇なる響きは、身体が包み込まれていくような感じになる。神を祈る気持は静かでゆっくりとしている。真摯さと控え目な心に、思わず僕もゆっくりと呼吸をはじめ、そして暖められてゆく。→http://naive.fr/artiste/sara-mingardo
 
ソプラノのジェンマ・ベルタニョッリは、とても気品がある声でしかも清楚である。喩えは適切ではないかもしれないが、僕はこの声色に、日本テレビの70年代ドラマ『時間ですよ』に出ていたころの松原智恵子を思いだした。→http://www.sandraperrone.de/singers/gemma-bertagnolli-soprano

■曲目
・ペルゴレージ:スターバト・マーテル
・A.スカルラッティ:スターバト・マーテル
■演奏
ジェンマ・ベルタニョッリ - Gemma Bertagnolli (ソプラノ)
サラ・ミンガルド - Sara Mingardo (アルト)
コンチェルト・イタリアーノ - Concerto Italiano
リナルド・アレッサンドリーニ - Rinaldo Alessandrini (指揮者)
■録音:1998年
■音盤:Naive NC40024

■Youtubeにあった同音盤から →http://youtu.be/vLKw6kSOqIw?list=PLsYqX6MZ5m3w5XG1O82zBh_0l--R3UlgM

ペルゴレージ : スターバト・マーテル | A.スカルラッティ : スターバト・マーテル (Pergolesi, Scarlatti : Stabat Mater / Rinaldo Alessand

ジェンマ・ベルタニョッリ / Naive

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by k_hankichi | 2014-12-26 17:16 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(7)
友人からクリスマスプレゼントに貰った菅野光亮の「ピアノと管弦楽のための組曲『宿命』」(松本清張原作・野村芳太郎監督による映画『砂の器』のテーマ曲)を、寝床で横になって聴きながら小説を読んでいたら、そのストーリーと結末がまさにこの音楽にぴったりで、感慨に浸った。

小説『無垢の領域』(桜木紫乃、新潮社)のことだ。ブログ知人が紹介していて(http://grimm.exblog.jp/23859376/)買い求めたものだった。

小説のほうは、書道家の秋津龍生(りゅうせい)と、林原純香という25歳の女性が核になる。龍生は彼女の書の能力に驚嘆し、嫉妬と羨望と自らの出世欲が織り交ざって、踏み出してはならないところに達してしまう。

ストーリーには龍生の妻・怜子と純香の兄・信輝が交錯する。彼らは、互いに惹かれあってしまい、衝動と躊躇いの合間で心が揺れ動く。

そして「画竜点睛」という書が結末を導く。そこに至る過程には、龍生の母・鶴雅が関係する。彼女は息子を慕い想うあまり、この数年間周囲を欺き病を演じていた。

『砂の器』では、作曲家・和賀英良が発表する「ピアノと管弦楽のための組曲『宿命』」のシーンで、過去が暴かれていくが、この小説でも、「画竜点睛」の書の授賞式で、おなじように、すべての過去が繋がり一つになり、泡と来していく。まさにこの中国故事のように。

ここでは純香だけが無垢なのではない。龍生も、怜子も信輝もそうであり、老いた母・鶴雅にしても実はそうなのだ。五十歩百歩。そのことにも気付く。

画竜点睛:
出典は中国:唐時代の『歴代名画記』。梁(中国南朝)の絵師『張僧縣(ヨウ)』は、勅令により金陵の安楽寺の壁に四匹の竜の絵を画いた。 その絵は素晴らしい出来だが、睛(ひとみ)が画かれていない。なぜかと絵師に尋ねると、「睛を入れれば飛び去るからだ」と言う。人々はそれを信じず、二匹の竜に瞳の点を書き加えさせた。すると竜は忽ち天に昇っていった、という故事にちなむ。

無垢の領域

桜木 紫乃 / 新潮社

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組曲「宿命」

西本智実 / Billboard Records

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by k_hankichi | 2014-12-25 11:33 | | Trackback | Comments(4)
湯本香樹実の短篇集『夜の木の下で』(新潮社)のなかの最初の作品「緑の洞窟」は、家の庭にある大きなアオキの木の根本が空洞になっていて、弟と一緒にそこに隠れて寝そべっていた話だった。

小さいころの秘密基地のことを思い出した。

河野君という友人と一緒に、彼の家の庭の木の根本に小屋を建て、そこにいろいろなものを仕舞い込み、トランプやら軍人将棋をして遊んだものだった。

表に出る時には、自転車を電車に見立てて、「出発~っ!」。広い庭をぐるぐる回り、いろいろな駅(といっても庭の隅々の杭であるとか低いコンクリートブロックだ)に停車したりした。

あるとき、隣の家の裏の方に回ってゴソゴソしていたら、隣の家の親父さんから「コラーっ」と二人とも首根っこを押さえられてこっぴどく叱られたことがあった。

その家は、銭湯だったのだ。僕らは薪の木のやまをみながら、何か使えるものはないのか物色していただけだったのに、女湯を覗き見しようとした悪ガキに見えたのだろう。

でも、考えた見れば、その親父こそ、覗き見をしていたのではないのか?

湯本さんの小説を読みながら、そんなことを思い出した。こりゃ小説よりも面白い話だったなあとしみじみ。

夜の木の下で

湯本 香樹実 / 新潮社

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by k_hankichi | 2014-12-24 06:42 | | Trackback | Comments(2)

柚子湯に冬を慈しむ

久しぶりに家の一番風呂に入ったら、湯の中に柚子が三つ浮いていて、あれ?と思った。そして、ああ今日は冬至だったのだ、と漸く気づいた。

湯気に柚子の香りが乗って、風呂場のなかが得も云われぬ風情になる。掛け湯をすると、肌がすべすべとしてくる。

湯の中に身を沈めてみれば、ぷかりぷかりと柚子が身体の周りに寄ってくる。あれあれ引力があるのかしらんと思ったりして、なにか気持ちが緩んでいく。

柚子を掴んでみる。しっかりとしている。すこし掌で握ってみると、じんわりと柚子の汁が出てくるさまがわかり、肌にしんなりと沁み通ってさらにすべすべとしてくる。皮が割れないぐらいの強さで三つとも握り絞ってみる。湯殿に芳ばしい香りがさえらに満たされていく。

野球のボールの要領で湯の中で投げてみる。するとそれは思った以上に深くまで沈んでいき、そしてゆっくりと浮かんでいく。また投げてみる。三球続けて投げてみる。

どの柚子もシュート回転のようなかたちで奥底のほうにまで送られて、それがゆっくりと昇ってくる。柚子は依然として丸々としていて、しかしその中身には暖かい湯が吸い込まれていることが想像できる。

子供の頃のことが頭に浮かぶ。湯船が木で出来ていたあの家の風呂場の、薪の香りが漂うなかで、弟と遊んでいた。キューピーの指人形もあったっけ。

柚子は冬を慈しみ、星霜を重ねた日々を思い出させる。
  
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by k_hankichi | 2014-12-23 00:11 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
セルゲイ・ハチャトリアンやスティーヴン・コヴァセヴィッチの音盤と出会うこと出来、もう今年も満足だと感じていたが、思いもよらずに素晴らしい音盤に遭遇した。カティア・ブニアティシヴィリ(Khatia Buniatishvili)による『Motherland』である。

昨年の春にベルリンのイエスキリスト教会にて収録されたもの。

角砂糖を少しだけかじったときに、小さい頃の幸せや、少しせつないほどの憧れの気持ちを思い出す。そんな演奏集だ。羽毛で撫で上げられるような陶酔の予感。聴いているうちに自分の吐息が、ピアニストの吐息になって同化してゆく。

バッハのアリアから始まり、チャイコフスキーの四季から10月:秋の歌。カンチェリの『アーモンドが花咲く頃』、ブラームスの間奏曲、ドボルザークのスラブ舞曲、ラヴェルのパヴァーヌ、スクリャービン、スカルラッティ、グリーグなどのあとヘンデル、ペルトで締めくくられる。

慌ただしい年の瀬に、過ぎ去りし昔の夢のように大切な思い出に心を馳せ、静かに息をすることが出来るこの幸せに感謝する。

■曲目
・J.S.バッハ/エゴン・ペトリ編:カンタータ第208番~アリア「羊は憩いて草を食み」
・チャイコフスキー:四季 Op.37b~『10月』
・メンデルスゾーン:無言歌 嬰ヘ短調Op.67-2『失われた幻影』
・ドビュッシー:月の光
・カンチェリ:When Almonds Blossomed
・リゲティ:ムジカ・リチェルカータ第7番
・ブラームス:3つの間奏曲 Op.117~第2番変ロ短調
・リスト:子守歌 S.198
・ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集 Op.72~第2番ホ短調
・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
・ショパン:練習曲 嬰ハ短調 Op.25-7
・スクリャービン:練習曲 嬰ハ短調 Op.2-1
・D.スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380
・グリーグ:抒情小曲集 Op.57~第6番『郷愁』
・トラディショナル/ブニアティシヴィリ編:Vagiorko mai / Don't You Love Me?
・ヘンデル/ケンプ編:組曲ト短調 HWV.439~メヌエット
・ペルト:アリーナのために
■収録:2013年4月15-19日、ベルリン、イエス・キリスト教会
■音盤:ソニー・ミュージック SICC-30172

■音盤のトレイラー:Khatia Buniatishvili: Motherland →http://youtu.be/SIhYy4LhEw4


■この森の中のコンサートに、幾つか同じ曲目が入っている →http://youtu.be/eYlIk19CbBI

   

マザーランド

ブニアティシヴィリ(カティア) / SMJ

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by k_hankichi | 2014-12-22 07:37 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち