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思考の展開に酔いしれる・・・『ケンブリッジ帰りの文士』

角地幸男の『ケンブリッジ帰りの文士』(新潮社)を楽しんだ。この本の極みはやはりケンブリッジを半年で切り上げて日本に帰国した理由の解析である。次のよう。

“これは断じてナショナリズムの問題ではなく、吉田健一個人のアイデンティティに関わる危機である。目の前に立ちふさがる彼らの「文化」に敏感であればあるほど、吉田健一は自分が本来属しているはずの文化に否応なく敏感にならざるを得なかったに違いない。この時点で、若き吉田健一に失った故国があるとすれば、それは「第一の母国語」としての「英語」以外に考えられない。吉田健一は、まさにケンブリッジで故国(第一の母国語=英語)を喪失したのだった。(中略)一刻も早く日本に帰って故国(=日本語)を発見しなければという切羽詰まった焦燥感だったのではないか。”

霧が晴れるように吉田の気持ちが分かった気がした。

ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一

角地 幸男 / 新潮社

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by k_hankichi | 2014-04-30 07:45 | | Trackback | Comments(4)

ディーリアスの『夏の庭で』を聴きながら北に向かう

みちのく路。いつもは夜うらぶれて向かうところが、今日は朝からなので心は明るい。

新幹線の車中からは見る景色も何だか初めてのような気持ちで眺めることができて、「第一硝子」と書かれた板橋舟渡の煙突に小津映画を想い、さいたま副都心が近づけばああこの景色はアメリカで地方都市の環状道路に差し掛かったときの眺めだと意味なく嬉しくなる。

そんな気持ちにさせるのも、聴いている音楽がフレデリック・ディーリアスの管弦楽曲集の音盤だからかもしれない。オーボエを活用した『夏の庭で』の旋律は何をも始めることができるような朝の気持ちにぴったりで、これから向かう地で必要な活力を与えてくれる。

同じ夏をモチーフにした『夏の歌』は、長かったその季節を回想しながら、まだ暑さの余韻が地面に残る夕暮れに、自然と流れてくるそよ風にうたれながらたゆたう気分を味わせてくれる。

「楽園への道」~『村のロミオとジュリエット』は、もう何をしていても大丈夫なんだよという気持ちに溢れさせ、世知辛いこの世をつかの間でも忘れさせ癒される。

■演奏:ジョン・バルビローリ、ハレ管弦楽団
■音盤:TOCE-13575

ディーリアス:管弦楽曲集

バルビローリ(ジョン) / EMIミュージック・ジャパン

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by k_hankichi | 2014-04-29 08:40 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

至極のスイートポテト

スイートポテトなんて、どこのものでも大して違いはないさ・・・。まあでも根津まで来たのだし、くたびれ儲けも癪に障るし、だから家に土産にでも買っておこうか、と相談して買ったのが、川小商店のそれだった。「おいもやさん 興伸」。→http://www.oimoyasan.com/index.html

一夜明け、夕飯のあとにまだ小腹が空いていて、ああ、そういえば、と思いだして、口にした途端、そこは『太陽にほえろ』のGパン状態になった。

“なんじゃこりゃー!!”

これまで食べたことの無い、幸福という字がアタックNo.1のボールのように燦然と輝く味わい。そこはかとない柔らかさ。どこまでもまとわりつく歯触り(パイ生地かと思えるほどの)。

これほどまでに、控えめでしかし耽美なる甘味を味わったことはない。これを知った僕は、もう金輪際スイートポテトというお菓子を、馬鹿にすることはしまい。黙りこくって心に誓った男の信念は、とことん強い。

■図1:箱のなかの関東の一つ残し(これを食べる家人の一人のことがつくづく羨ましい)
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by k_hankichi | 2014-04-28 23:35 | 食べ物 | Trackback | Comments(0)

静かなる言葉の積層・・・『サイレント・ガーデン 滞院報告・キャロティンの祭典』(武満徹)

土曜日に下北沢で買い求めた、『サイレント・ガーデン 滞院報告・キャロティンの祭典』(武満徹、新潮社)を読了。武満が亡くなる前の半年ほどの闘病日記だ。静かなる言葉の積層だった。彼の優しさと孤高と才能、そして不安が交錯した日記に触れて、とても哀しくなった。

特に亡くなった前々日に、彼が最後に聴いた音楽が、FM放送のバッハの『マタイ受難曲』であった(それも全曲通しで)というところは、僕の中に錘のようになにかが沈んで行った。奥様の武満浅香さんは、あとがきで次のように記している。

“武満はかねてから新しい作品にとりかかる前に、『マタイ受難曲』のなかの好きなコラールや、最終曲などをピアノで弾くというのが長年の儀式のようになっていました。たまたま雪が降ったために、そして見舞客も私もいなかったために、静かな病室で独り大好きだった『マタイ』を全曲聴けたこと、私は何か大きな恩寵のようなものを思わずにはおられません。”

サイレント・ガーデン―滞院報告・キャロティンの祭典

武満 徹 / 新潮社

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by k_hankichi | 2014-04-28 01:06 | | Trackback | Comments(3)

くたびれ儲けの谷根千と『シューマン 黄昏のアリア』(ミシェル・シュネデール)

今日は谷根千の一箱古本市に出かけた。ゴールデンウイークの始めとあって、凄い人出だ。人垣を掻き分けながら、古本を見て回ったが掘り出し物はない。とぼとぼと歩くうちに、根津神社でツツジが見ごろとある。訪れてみれば、そこも人波の渦だ。確かにツツジは見事で美しいが人の数のほうが多い。気疲れしてそこをあとにし、池之端の銭湯・六龍鉱泉で体を癒す。

今日の収穫は、往復の車中で読了した『シューマン 黄昏のアリア』(ミシェル・シュネデール、筑摩書房)。カスパル・ダヴィッド・フリードリッヒの「Mondaufgang über dem Meer(Moonrise over the Sea)」が表紙のこのシューマン論は秀逸。著者は1944年生まれのフランスの経済官僚だというからこれにも驚く。アマチュアの域を通り越して、孤独を核にこういった書をつぎつぎとしたためているそう。

シューマンの音楽について、著者は次のように記す。

“苦しみは対象に、あるいはまた性に結びついている。苦しみの起源はその対象存在そのものにかかわっている。痛みには対象がない。何か失われたものがあるというのですらない。痛みとは、痛みを苦しむことなのだ。シューマンの音楽は自動詞的である場合が多い。あるいは己自身の冷たさ、みずから遠ざかってゆく動きに押さえられて凍えてしまっているというべきかもしれない。シューマンの音楽はまるで自分に戻ってくるようだ。そこには真の意味での対象と主体の分化がない。音楽は、ただ自分自身と対話を繰り返すだけなのだ。自分自身の動きが働きかける対象であり、みずから消えてゆく動きが映しだされる。”

自己との静かなる対話。それがシューマンだと、改めて深く知った。

■Caspar David Friedrich, Moonrise over the Sea
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From: http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Caspar_David_Friedrich_-_Mondaufgang_%C3%BCber_dem_Meer.jpg

■根津神社のツツジ祭り
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■六龍鉱泉
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シューマン 黄昏のアリア

ミシェル シュネデール / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2014-04-27 19:51 | | Trackback | Comments(6)

下北沢と片岡義男

久しぶりに下北沢の古書店「はんきち」ならぬ「ほん吉」を訪れた。ここは棚のなかの並びがよくて好きだ。

西脇順三郎と辻邦生のエッセイ、吉本隆明の親鸞の講演本、ミッシェル・シュネデールのシューマン論、武満徹の遺稿日記集「サイレント・ガーデン」を買う。

次いで、この地で好きな書店「B&B」に立ち寄る。いつもと雰囲気が違い、店の奥の方がカーテンで仕切られて、人々の座談の声がする。

なんと、片岡義男だ。題して『片岡義男×西田善太×川崎大助〜作家デビュー40周年〜「1981年・片岡義男と作ったブルータス」』。
http://bookandbeer.com/blog/event/20140426_a_kataoka/

チケットは完売、満席だったが、棚の本を見やりながら、しばしトークを聞くことが出来た。

春の午後に1980年代初期に一気に戻った気分。その延長で、これからその頃の友達と酒を酌み交わそう。
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by k_hankichi | 2014-04-26 16:47 | | Trackback | Comments(2)

『肉体の迷宮』(谷川渥)での戸迷い

『肉体の迷宮』(谷川渥、ちくま学芸文庫)を読んだ。きちんとは読めなかったことを白状する。

肉体と芸術、美術の関係について、あらゆる角度からひもといた書で、たぶん学問的にも凄い分析なのではないかと推察する。しかし、僕からはかけ離れたものに感じた。

何故なのか。多分僕にとって、肉体とは余りにも主体的な存在なのだと感じる。客観的に分析できないのだ。

「三島由紀夫のバロキズム」、のようなところまでは良い。しかし、「ピュグマリオン・コンプレックス」、であるとか、「聖性と腐燗-ユイスマンス小論-」、「肉体の美術史-芸術の皮膚論-」と言うような題材になってくると、本を手放したくなってくる。

芸術は近くて遠いなあ。

肉体の迷宮 (ちくま学芸文庫)

谷川 渥 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2014-04-25 06:56 | | Trackback | Comments(0)

北国の春

眩しく部屋に注ぎ込む朝日に気づいて目覚めた。時計を見ればまだ5時前だ。

難しい夢を観ていたところだったから、自分がどこに居るのかが一瞬分からなくなるが、すぐにここがみちのくなのだと気づく。

凍てつくということを悲しみと考えない人たちの冬を越して、この地にはいつの間にか静かに春が来ている。

そして自分も、『北国の春』という、ある種、淡々としかししみじみと歌いあげられるその気持ちのことがだんだんと分かるようにもなっている。

桜満開を経て春爛漫。今日もいざ、爽やかに一日を過ごそう。仕事のなかにも春がある。
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by k_hankichi | 2014-04-24 07:24 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

ドビュッシーと新垣作品(佐村河内作品)

雑誌『図書』に青柳いずみこさんが「どこまでがドビュッシー?」を連載しているが、今月号は新垣隆氏の作品(佐村河内守氏作品)について言及していて面白かった。

新垣氏は偶然性やシアトリカルな要素にも開かれたアナーキーなユーモアを伴う前衛音楽家でもあるそうで、青柳は次のように分析する。

“つまり、新垣氏は、佐村河内名義作品では聴衆を泣かせ、本人名義では人を笑わせるのである。演劇でも、泣かせるより笑わせるほうがむずかしいときくし、それを両方こなせる役者は数少ない。これはすごいことではないだろうか。・・・(中略)・・・ドビュッシーもまた、ジキルとハイドのように分裂した性格で知られた。彼は生涯に唯一のオペラ『ペレアスとメリザンド』しか完成させなかったが、その直前に『ロドリーグとシメーヌ』というワーグナー風のオペラを書いている。”

しかし次のようにも書く。

“ドビュッシーは「前衛作曲家」でありつづけようとしたために佐村河内氏のように莫大な収入を得ることはなく、逆に莫大な借金を残して死んだ。もしドビュッシーが一人二役を演じて、いっぽうは時代の先端を行く作品を書き、いっぽうでは『ロドリーグとシメーヌ』の路線を突っ走っていたら・・・などと考えるのはなかなか楽しい。”

青柳さんは音楽家として、新垣のレクイエムなどの作品をきちんと相応に高く評価しながら、その生きざまにドビュッシーが為し得なかったことを重ねてみたりしている。

しかし現代で二重作曲をしても、儲かったのはやはり作曲家ではなかったことはアイロニーに満ちているなあ。
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by k_hankichi | 2014-04-23 07:32 | | Trackback | Comments(2)

「おじさま」があった時代・・・『昭和三十年代の匂い』(岡崎武志)

『昭和三十年代の匂い』(岡崎武志、ちくま文庫)を読んでみて、何度もなーるほど、と深く頷いてしまった。

珠玉は次の一節だ。

“同じ中高年あるいは初老の男性を、若い女性が呼ぶときの「おじさま」はすでに死語だろうか。・・・(中略)・・・いま、私が念頭に置いている「おじさま」のモデルは、小津安二郎の戦後作品のいくつかに登場する、初老の紳士たちである。『晩春』の原節子、『彼岸花』の山本富士子、『秋日和』の司葉子といった未婚の娘たちは、三島雅夫や佐分利信を呼ぶとき、「おじさま」と言った。そこに甘美な空気が流れる。また、彼らはそう呼ばれる資格があった。・・・(中略)・・・平成において男は、「おやじ」にはなれても「おじさま」にはなれないのか。”

映画『秋日和』中での俳優の実年齢は、佐分利信が52歳、中村伸郎が52歳、北竜二が55歳だという。愕然とした。

僕らの世代だ。僕らにあの映画のなかのような落ち着きがあるか。大学時代のクラブの先輩Sさんか、同期のM君(学生時代から老成していた)くらいではないだろうか。

いま一度、僕らは落ち着きを取り戻さなくっちゃ、いけないのでは。そんなふうに思った朝だった。

昭和三十年代の匂い (ちくま文庫)

岡崎 武志 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2014-04-22 07:24 | | Trackback | Comments(7)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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