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「立ち上がりが早いね」とよく言われる。感心される。酒の話だ。

昨晩の会社帰りは、同僚と九時過ぎに居酒屋に立ち寄る。芋焼酎をタプンタプンのロックで二杯ほど立て続けに呑む。突き出しが出る前からである。

一緒した人は、ちゃんとチェイサーと交互に飲みながら処している。おつまみが来はじめたところで、相手は元気に語り始めている。羨ましい。

僕のほうは、まだ酔いの感覚が無いから、またもグイグイと呑む。呷るというやつだ。

都合五杯くらい飲んだところで漸く勢いが出始める。相手は訝し気にこちらを見る。

見かけの飲みっぷりと、中身のエンジンの掛かり具合が違うことに、皆は気付いてくれない。こちとら努力してるんだ。一、二杯で良い調子になれる人が羨ましい。

超高燃費の車のようである。リッター4km程度走ってくれれば良い。しかし、リッター程度の注入で、燃費は0kmになってしまう。動けぬのだ。タクシーで帰還することになる。

立ち上がりの良い男は、立ち下がりも早い。
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by k_hankichi | 2013-10-31 07:50 | | Trackback | Comments(4)

神保町の陣

先週末から今週末まで、足掛け10日あまりは、神田神保町の古本まつりである。説明を読んだら、これは一つの祭りではなく複数のイベントから成り立っている。

第54回東京名物神田古本まつり(主催:神田古書店連盟、共催:千代田区、後援:東京都)

第23回神保町ブックフェスティバル(主催:神保町ブックフェスティバル実行委員会、共催:地域の商店街、協賛:神田古書店連盟、後援:千代田区、千代田区観光協会ほか)

青空掘り出し市(これは東京名物~のイベントの下部活動だ)

どれもが楽しく、探訪しているだけでもわくわくし通しだが、先週末は青空掘り出し市が、充実していた。

プルーストの『失われた時を求めて』のカートン函入り全7巻美本が、3150円。

三島由紀夫の私生活を書いた本が、1000円。

行きたかったが行けなかったルソーの美術展の本が、450円。

などなど、表紙を見て即に買い求めていた。買いすぎて持ちきれない人たちのために、クロネコヤマトが店を開いているのも納得だ。

会社での繁忙の積み重ねの平日が終わったら、また足を運んでいるだろう。

「青空に ストレス解消 古書まつり」
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by k_hankichi | 2013-10-30 08:07 | | Trackback | Comments(4)
“キャッチコピーを書くことは難しくない。正しいものを選ぶことがいちばん難しい。”

という一文は良かった。

『今日からセンスを君の武器にしよう』(石渡晃一、クロスメディア・パブリッシング)。

商売のエッセンスの一つ。売れる切り口を生み出すクリティカルパス。享けるには、どうするかということ。認められ、受け入れられるには、どうするか。

「あなたのセンスは、あなたのまわりにいる人によって磨かれていく。」
「センスがいいなと思える人を勝手に師匠にしてしまおう。」
「コミュニケーションが上手な人は、質問の仕方が上手な人だ。」
「相手やシチュエーションに合わせて、話し方を変える必要はない。変えないことが、スタイルになる。」
「ビジネスにおいてキレイな文章はいらない。言葉は簡潔であればあるほど、美しい。」

ビジネスの世界の話の必須事だ、と自分に言い聞かせながら読む。

モノやサービスを作って商売することを生業としている訳だから、そういう会社で仕事をしている訳だから、このくらいのことは全部出来なければいけない。

ビジネスの真髄に近づこうとしているぞ。

“あなたの人生をおもしろおかしくしてくれるもの、夢を実現するためにあなたの武器になってくれるものこそが、センスの正体だ。”

読めば読むほど、ビジネススキルが足りてないと思う。否定したいが肯定しなければならんような境地。曇天の空のように、心はトカトントンだ。

今日からセンスを君の武器にしよう

石渡 晃一 / クロスメディア・パブリッシング(インプレス)

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by k_hankichi | 2013-10-29 07:35 | | Trackback | Comments(4)
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先月、映画を観たときに予告編をやっていて惹かれていたことを忘れていて、友人のメッセージでそのことを思い出した。雨もあけた日曜日、朝からそわそわして、神保町まで早めに出かけ、観ることができた。『ハンナ・アーレント』(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)。

エレベータに一緒に乗ったおばさま方は、「昨日の夕方に観ようとして来たのだけれど、満員で観られなかったのよね、今日は大丈夫かしら」と言い合っていたが、その通り人気があるようで、この日も初回から満席だった。

何をこの作品から感じたか。それは、まさに、僕らが日々公私にわたって、さまざまに対応している事柄について、本当に自分自身で思考して判断して、そして行動しているのか、ということだ。それがぐさりぐさりと刺さって来る。

悪いことをしよう、と自ら思考して人に害を与えているのではなく、周囲の言う様相に流されたり、環境のなかに沿うようにしたり、あるいは、組織の上からの指示命令にしたがう状況になり、無意識のうちに自らの思考を停止させてしまい、あるいは放棄してしまい、機械的に動いていくことが、結果としてホロコーストのような巨悪に加担することに繋がる。

狂信者や変質者ではなくとも、凡庸な一般人によって引き起こされてしまう悪。そんなことが起きても、自分は外の(皆の、上の)言うままに忠実に動いただけだと言ってしまう、その陳腐なまでの状態。それも悪であることに変わりはないのだ、ということだ。

映画の最後のほうでアーレントは、階段教室で学生たちや、アーレントの言動に反対する教授たちに向けて講演をする。深い思索に基づく信念に裏打ちされたその締めくくりの言葉(以下)に、僕の体は震えた。
「ソクラテスやプラトン以来、私たちは“思考”をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事をね。私は実際、この問題を哲学的に考えました。“思考の嵐”がもたらすのは知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。機械的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。」
■スタッフ、キャスト
原題:Hannah Arendt
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
製作:ベティーナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン
脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ、パメラ・カッツ
キャスト:バルバラ・スコバ(ハンナ・アーレント)、アクセル・ミルベルク(ハインリヒ・ブリュッヒャー)、ジャネット・マクティア(メアリー・マッカーシー)、ユリア・イェンチ(ロッテ・ケーラー)、ウルリッヒ・ノエテン(ハンス・ヨナス)
製作国、時間;ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作、2012年、114分

■予告編 →http://youtu.be/WOZ1JglJL78
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by k_hankichi | 2013-10-28 00:14 | 映画 | Trackback | Comments(5)
このところ、音楽が心身に入り込まなかった。聴く気持ちが湧かなかった。そんななか、気になってダメ元でも、と思って買っておいたメンデルスゾーンの教会合唱曲集を聴き始め、目の覚める思いに陥った。

J.S.バッハの再来なのだ。それも、そこはかとなくロマン的なアレンジを入れて聴きやすくしたもの。

僕はメンデルスゾーンといえば、ピアノ三重奏曲第一番Op.49が一番好きで、というかそれ以外はむしろ域外だった。

しかしこの教会音楽はどうしたことか。なにゆえ、あの一見迎合主義的な好青年から、こんな謙虚で美しい音楽が生まれるのだ。

静かなる天啓、とでも言おうか。これまでの認識を一気に覆された。

特に、“O Haupt Voll Blut Und Wunden”という合唱曲は至極。全てに渡って、まさにバッハのマタイ受難曲に出てくる同名のコラールへの応答歌のよう。そのバッハの主旋律が使われている。

“Wer Nur Den Lieben Gott Laast Walden”も、バッハのオルガンのコラール曲からのメロディが入っている。合唱やアリアの上手いことといったらなく、オーマイゴッド、メンデルスゾーン!!、とベタでも叫びたくなる。

そして“Christe, Du Lamme Gottes”。これは『音楽の捧げ物』から旋律が採られている。戦いや愛憎に明け暮れた日々からの開放と安堵のよう。

そういえばバッハの音楽を近代に向けて生き返らせたのは、メンデルスゾーンだった。マタイ受難曲を没後80年近く経てから再演してからだった。この歴史的事実。あの厚顔の美青年のイメージや、一般に流布した音楽によって、深く顧みられていなかったのではないのか。

メンデルスゾーンの真価は教会音楽にある、とようやっと分かったいまである。

※この素晴らしい曲集、わずか千円ちょっとで買うことができる。

■曲目
1. Psalm(詩篇) 115 Op.31
2. O Haupt Voll Blut Und Wunden
3. Christe, Du Lamme Gottes
4. Wer Nur Den Lieben Gott Laast Walden
■演奏
ブリーダー・ベルニウス指揮、ドイツ室内管弦楽団ブレーメン(1)、シュトゥットガルト室内管弦楽団(2~4)
ソプラノ:ルース・ツィーザック、ザビーネ・リッターブッシュ
テノール:クリストフ・プレガーディエン
バス:ゴットホールド・シュヴァルツ、ミヒャエル・フォレ
■収録
(1)…1996年、聖ヨハネ教会、シュヴァーゲルン
(2~4)…1998年、ペトリス&パウルス教会、ロイトリンゲンゲニンゲン
■音盤:独Carus 83204

■Youtubeから。Felix Bartholdy Mendelssohn - O Haupt voll Blut und Wunden - III. Ich will hier bei dir stehen 
http://youtu.be/JqXlxYWiGo4

Mendelssohn:Church Music Vol.6

F. Mendelssohn-Bartholdy / Carus

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by k_hankichi | 2013-10-27 11:23 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
かつて一緒に仕事をした知人と、岩井俊二監督と蒼井優の話になり、彼は監督の最高傑作は『リリィ・シュシュのすべて』だとした。ただし家族で鑑賞するのはお奨めしない、何故なら『花とアリス』とは全く対照的な陰湿なテーマだからだ、とする。

それだけれども最高だというのは、少年少女の層のそれぞれが持つ焦燥と葛藤、寂寥感を描くリアリズム、そして、息を呑むほど美しい映像にあるという。特にエンドロールが秀逸という。

今日はだから、朝から一人でDVDを借り、昼過ぎまでこれを一気に観た。

観終わって深い沈黙が訪れた。どう表現すればよいのだろうか。言葉にしようもない、果てしないさみしさがそこにあった。

音楽は、小林武史の曲と歌手・Salyu、そしてドビュッシー。ピアノ曲「月の光」、「亜麻色の髪の乙女」、「アラベスク第1番」が美しく流れる。「アラベスク第一番」は、中学校の音楽室で久野陽子役の伊藤歩が演奏する(実際の音源は、牧野由依という声優・ピアニストが弾いたものだという)。

美しい音楽が、この世にある現実或いは荒んだ世界に沁み渡った瞬間、それは一気に細かい泡のように弾け、天の果てに希求するように昇ってゆくような気がする。

■『リリィ・シュシュのすべて』のエンドロール →』http://youtu.be/LMhSwxb-1kg
・監督・脚本:岩井俊二
・出演:市原隼人、忍成修吾、蒼井優、伊藤歩、大沢たかお、稲森いずみ
・撮影:篠田昇
・製作:ロックウェル・アイズ、2001年、146分

■ついでにこちらも掲載。蒼井の映画で一番好きな『花とアリス』。息をのむバレエシーン。何度見ても言葉にならない。 →http://youtu.be/kA00CCEvhZo

リリイ・シュシュのすべて 通常版 [DVD]

ビクターエンタテインメント

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by k_hankichi | 2013-10-26 14:07 | 映画 | Trackback | Comments(2)

雨の金曜日の追憶

昔から雨の金曜日が苦手だった。学生時代のことをよく思い出す。

晴れの日は家から駅まで自転車で爽快に走るが、雨が降ればバスになる。決まってそういう日は道路は渋滞。途中には京成電鉄の踏切がある。市川真間の踏切だ。

側道から前から後ろから、車がうじゃうじゃと集まってくるわ、歩行者が無理やり横切ろうとするわで団子状態になっている。金曜日は何故かトラックやらが多いので、さらに込み入っている。

普段ならば、踏切のバーを目前に、自転車部隊の先頭を切って、バーがあがらないうちに渡ってしまう。

しかしバスはちがう。雨日さらに異なる。緩慢なバスは動きだすが、すぐにまた踏切が遮断されてしまう。

そんな車中。床はオイル掛けされており、胸焼けするような匂い。換気が悪い。それが倍加される。

座席は横座りの長椅子だ。鬱陶しい空間。雨粒が背中側の窓に打ち付けられ反響する。あそこに座っているのは、小学生のころの級友か。理解に苦しむ。そのハマトラのハイソックスはなにものだ。

駅前に近づく。映画館の目の前だ。つり革につかまるサラリーマンの目の輝きがかわる。雨に濡れた魚の目だ。座席に座る勤め人も、そわそわしている。日活の映画館なのだ。学生の僕らは素知らぬ顔を決め込む。

雨に濡れた室内に魚の目の男たちは漂い、たゆたっている。
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by k_hankichi | 2013-10-25 12:39 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)
小説『光』(三浦しをん、集英社文庫)を、一気に読み終えた。

解説のなかで、吉田篤弘は、なぜこの小説が『光』というタイトルなのか、と問うて、光とは神様のことではないかという。神様は何もかも平等に照らしだしさらけ出す。我々は光りなしでは生きてゆけない。

そして「暗い共感」から少しでも脱却する術を探り続けることを希求しているのだ、とする。

僕は、太平洋側の暖かな太陽が燦々とふり注ぐ美浜島の、「光」のように美しい世界にも影があり、誰の心のなかにも闇があると言いたかったのだろうと思った。

影や闇はその姿を隠しながら、ときには牙を剥き、人の心を荒んだものにし、自分だけの悦楽に陥りさせてしまう。そしてそんな自分のことを見つめるもう一人の自分がいる。

光は影の相補であり闇の相補である。そういうことが聞こえてくる作品だった。

光 (集英社文庫)

三浦 しをん / 集英社

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by k_hankichi | 2013-10-24 07:44 | | Trackback | Comments(2)
今日10月23日は、「電信電話の記念日」だという。1950年に当時の電気通信省が制定した。1869年に東京~横浜の電信線架設工事に着手した日。

実はこの記念日、「逓信記念日」から分かれ出ている(末尾に説明)。

おお、逓信か。と思った。小学生のころ、初めて母親に大手町の逓信博物館に弟と共に連れていってもらったことを思い出した。

この向かいのサンケイ会館で、パパとママは結婚披露宴をしたのよ、という説明など上の空で、兄弟は博物館のなかに散っていった。
郵政の歴史(飛脚から始まり切手による郵便事業に展開)や、ありとあらゆる通信機器の実際。

もちろん兄弟は、電話機や電信機器のあれこれをいじり尽くし、嬉々として館内を駆けずり回った。

間もなくくる夏休みには、電話機の分解講座があると知り、一にも二にも応募した。当選して兄弟で受講しにいった。ダイヤル式電話機だから、パルス回線で、その構造の単純だ。しかし小学生の我らには新鮮な驚き。

家に帰ってから自宅の電話機を分解して遊んで叱られたが、何でもかんでも分解せずには居られない性分は、以降もなおらない。

いまは電気器具の分解だけでなく、科学現象のひもときやら、原子分子反応メカニズムの分解、業務プロセスの分解などなど生業にしているけれど、もとを正せば、逓信博物館が一役を買っていることに間違いはない。

遥かな、機構探求の萌芽の甘い思い出だ。

※「逓信記念日」
電気通信省と郵政省の前身の逓信省が、郵政と電信電話を合わせた逓信の記念日として4月20日に制定。省庁分割で郵政省が、その日を「郵政記念日」としてぶんどってしまった。どの世の中にも本家分家騒動はあるらしい。
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by k_hankichi | 2013-10-23 07:56 | 社会 | Trackback | Comments(3)

朝からの滂沱の涙

こんな映像と音楽を朝から観てしまい、滂沱の涙に溢れた。

なにをしていても、生きることの大切さ、喜び、みなといまこの瞬間も時を共にすることの歓喜。

■滂沱の歌 →http://youtu.be/GBaHPND2QJg

※後記
調べたら、スペインのサバデイ銀行(Banco Sabadell)の創業130周年記念のサプライズイベントなのだという。歌詞はだからスペイン語だ。
■演奏:指揮~Rubén Gimeno、オケ~Valles Symphony Orchestra、合唱~Choral Belles Arts。
■収録:2012年5月19日午後6時、サバデイ、スペイン(カタルーニャ州バルセロナ県)
■オーケストラについて:http://www.osvalles.com/

以下、ホームページから。
Banco Sabadell, in the 130 th anniversary of its establishment, wanted to pay homage to our city with the "We Sabadell." This is the flashmob who have a final climax with the participation of over 40 musicians from the Orquestra Simfònica del Vallès and Chorus of 60 singers from the Amics de l'Òpera de Sabadell, Coral Belles Arts and Cor Lieder Camera.

A "human statue" dressed in jacket and with the help of a cello comes to life when a girl puts a coin in the hat before it and starts playing the first notes of Beethoven's Ninth Symphony. Gradually a low, two violas, a bassoon, various stringed instruments and wind came and adding to the action. Once formed the orchestra and from different areas and streets surround the square, appearing members of the chorus joining in the action.

The result: a miniconcert live on the street, original and unique.
   
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by k_hankichi | 2013-10-22 08:03 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(5)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち